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コラム:脱デフレでサービス業「生産性革命」に現実味=嶋津洋樹氏

[東京 1日] - 政府は、6月30日の臨時閣議で決定した経済財政運営の基本方針(骨太の方針)と改定成長戦略で、サービス業の生産性向上に取り組む方針を示している。

 7月1日、SMBC日興証券・シニア債券エコノミストの嶋津洋樹氏は、日本経済にとって長年の課題であるサービス産業の生産性向上は、デフレ脱却に伴い販売価格が上昇することで現実味を増すと分析。提供写真(2015年 ロイター)

そこでは「労働力不足の克服が今後のアベノミクスの最大課題の一つである」との認識を示したうえで、サービス業を「生産性向上の潜在可能性が高い」と位置付け、「製造業のカイゼン活動のサービス業への応用や、IT・ビッグデータ・設備の活用といった取組を推進する」としている。

日本では従来、製造業は激しい国際競争力にさらされているとの認識の下、生産性が高いと考えられる一方、サービス業などの非製造業は相対的に出遅れ感があるとされてきた。

実際、日本生産性本部の生産性統計によると、2014年の労働生産性は製造工業で前年比2.0%増と2年連続のプラスとなる一方、サービス産業は同2.1%減と3年ぶりのマイナスだ。こうした差は、少なくともその一部が消費増税の影響の大きさに起因しているとはいえ、サービス産業の生産性が低いとの認識を裏付けるには十分だろう。両者のデータが揃う2011年以降に限っても、製造工業は平均で0.2%増なのに対し、サービス産業は0.3%減だった。

2011年以降の平均値について、それぞれの生産性の内訳をみると、産出量は製造工業で0.2%減、サービス産業で0.4%増、投入量はそれぞれ0.4%減、0.7%増だった。製造工業は産出量が減少しているものの、投入量がそれ以上に減少したことで、生産性が向上。一方、サービス産業は産出量こそプラスだったが、投入量がそれ以上の伸びとなったことで生産性が落ち込んだ。

つまり、サービス産業の生産性の伸びの低さは雇用吸収力の大きさの裏返しである。サービス産業を生産性という尺度で評価すると、製造業の後塵を拝すると言わざるを得ないが、労働市場の改善という観点でみれば、製造業よりもサービス産業に分があると言えるだろう。

<インバウンド消費も追い風に>

もっとも、政府が指摘した通り、日本は現在、少子高齢化など労働力不足が問題となっている。そうしたなかで、サービス産業が今のまま拡大を続けると、労働市場の需給が一段とひっ迫し、賃金に上昇圧力がかかるだろう。そのことはデフレ脱却にとって追い風だが、賃金は通常、生産性の伸びに見合って支払われる。

もし賃金が生産性の伸びを上回って支払われ続けるとすると、その産業の競争力は低下するだろう。労働者からみれば、その産業では働きに見合わない給料をもらえることになるので、優秀な人材が集中。結果として、一国の競争力を損なうことが予想される。政府がサービス産業の生産性向上に取り組むのは、人手不足が日本経済の競争力を失わせることを警戒しているからだと言える。

ところで、生産性とは一般的に、労働者1人あたり、あるいは、労働時間1時間あたりの生産量のことを指す。数式で示せば、「生産性=生産量/労働者数(または総労働時間)」である。

つまり、労働生産性と生産性は特に断りがない限り、同じ意味である。そして、労働生産性を向上させるには、新たな機器の導入などで設備を増やすか、教育訓練などを通じて熟練度を上げ、生産効率を引き上げるかのどちらかが必要になるだろう。政府が示した取り組みのうち、「カイゼン活動」は後者、IT・ビッグデータ・設備の活用は前者の代表である。

ここで、生産性を考える場合の生産量は必ずしも物価などの影響を除いた実質値である必要はない。もちろん、国や産業の間で比較する場合、物価の影響を除いた実質的な生産量を使うことには意味がある。むしろ、物価の影響が残っていては正確に比較することは困難だろう。しかし、個別企業の経営を考える場合、他の企業にない付加価値を生み出すことで販売価格を競合他社よりも引き上げることが常套手段。それこそが「いかに効率よく稼いでいるか」を計るという生産性の概念の本質である。

特にサービス産業は読んで字のごとく、「サービス」という数値化、視覚化が困難なモノを扱っている。一般的な生産量の概念で議論することはかえって誤解を招く可能性が高い。労働者数や総労働時間などの投入量を減らすことで生産性を引き上げるという方法は、経済全体が縮小均衡に陥るリスクと隣り合わせであるうえ、サービス産業にはあまり適切ではないように思える。

それよりも、少しでも付加価値を高め、販売価格を引き上げることが重要だろう。投入量が一定だと仮定すると、物価が1%ずつ上昇する世界で2%の値上げが可能なサービスを提供することは、生産性を1%向上させたことと同義である。

もちろん、物価が1%ずつ低下する世界で値下げの必要のないサービスを提供することも生産性を1%向上させたことと同義である。しかし、物価が低下する世界で借入金をすることは難しい。アイデアは「タダ」だとはいえ、次から次へと画期的なことを思いつくことも期待しづらいだろう。

賃金が上昇しないのであれば、なおさらだ。新たなことに取り組むインセンティブは限られる。デフレ下のサービス産業は値付けの根拠が薄弱なだけに、価格の引き下げ圧力にさらされる可能性が高い。日本のサービス産業の生産性が低い理由は、産業そのもののあり方よりも、デフレという環境にあると筆者は考えている。

筆者の見立てが正しいとすると、デフレからの脱却はサービス産業の生産性に大きな変化をもたらす可能性がある。たとえば、外国人観光客によるインバウンド消費の恩恵を受ける観光業。日銀の企業向けサービス価格によると、宿泊サービスや道路旅客輸送の価格は足元で伸びが加速しつつある。法人企業動向調査によると、「宿泊業、飲食サービス業」や「運輸業、郵便業」は設備投資に積極的だ。これらの業種では、平均を上回る販売価格の上昇で生産性が向上。収益拡大を背景とした設備投資の増加がさらに生産性の向上に寄与すると考えられる。賃金の上昇は労働者の勤労意欲を刺激し、新たなアイデアを生み出す可能性もある。

筆者は政府がサービス産業の生産性向上に取り組む姿勢について、的を射たものだと考えている。しかし、そこに並ぶ政策をみると、それらが意識しているのは投入量の抑制であって、産出量の増加ではない。もちろん、長期的にみれば、少子高齢化の進行を背景に投入量の抑制は避けて通れない課題であるが、目先はデフレ脱却という観点からも付加価値の引き上げが重要だろう。それを可能にするためには、規制緩和などによる恒常的な需要喚起策や税制の整備などが求められる。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントを経て2010年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネージャーとして、日米欧の経済、金融市場の分析に携わる。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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