for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:「新興国通貨危機」は終わったのか=吉田悦章氏

[東京 10日] - 今からおよそ1年前、バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長(当時)による議会証言での量的緩和縮小を示唆する発言をきっかけに、多くの新興国通貨が大幅に売られた。

 7月10日、国際協力銀行・外国審査部参事役の吉田悦章氏は、今後の新興国通貨を見通す上では、個別国の各材料を見極める眼がより一層求められると指摘。提供写真(2014年 ロイター)

経済紙上では「新興国通貨」というくくりで危機的ムードを煽るように報道され、インド、インドネシア、ブラジル、南アフリカ、トルコの各通貨の総称として米系証券会社が名付けた「フラジャイル・ファイブ(脆弱な5通貨)」という言葉も流行った。その後、年明けには、クリミア情勢の急変を機にウクライナの通貨フリブナが切り下げとなり、その直前にはアルゼンチン・ペソも急落するなど、ここ1年ほど、新興国為替市場では不安定な状態が続いている。

この理由として、米国の量的緩和縮小を指摘する向きは少なくない。いわく「それ以前から続く米量的緩和策による過剰流動性を背景に新興国にホットマネーが流入しており、その巻き戻しが起こっている」「これからは米国を中心に先進国の景気が回復するため新興国から先進国への資金シフトが生じている」など。

しかし、筆者は現在、職務として為替市場を含む新興国経済を日常的にモニタリングしているが、量的緩和の段階的縮小(テーパリング)、あるいはその観測が新興国通貨安を導いたという構図が当てはまるのは、一定の条件が成立した一部の場面に限られると評価している。以下、このことを詳しく説明しよう。

<テーパリングの影響は4つの理由から希薄化>

米系証券会社が2013年8月にリリースした報告書の中で言及された「フラジャイル・ファイブ」の要諦は、経常赤字、物価高、低成長の国の通貨が売られやすいということだった。確かに、上述した対象5カ国の経済はそれらの条件を満たしており、実際、バーナンキ発言後に5カ国の通貨は程度の差こそあれ全て減価した。

ところが、各国通貨の推移をバーナンキ発言前も含めてやや長めに観察すると、「テーパリング観測(の高まり)により新興国通貨が売られた」との見方は、必ずしも常に当てはまるわけではない。

13年初め以降、例えば南ア・ランドは鉱山ストや景気停滞などを受け3月中に年初比10%程度安くなったが、ブラジル・レアルは逆に3月には同5%程度増価している。バーナンキ発言のあった5月22日以降しばらくの間は、これら5通貨のみならずその他を含めた新興国通貨が総じて売られており、上述の見方は当てはまる。確かに、その後も発表される米国経済統計の強弱により、FRBによるテーパリング決定のタイミングが前後するとの見方からこれらの通貨は大きく振り回されたが、主に以下の4つの理由により、テーパリング観測の影響は徐々に薄れていったと評価している。

第1に、テーパリングが市場の取引材料として陳腐化していったこと。為替市場の変動要因を、実際の資金フローなどに基づくファンダメンタルな部分と、思惑に基づく期待先行的な部分に分けると、バーナンキ発言直後は両者の要因が強く影響していたものの、タイミングはともかく「いずれテーパリングが決定される」との見方が市場に徐々に浸透する中で後者の部分は薄れていった。

実際、13年12月のFRBの決定により14年1月から月額証券購入が縮小された場面では、織り込み済みということで全般的な新興国通貨売りは生じていない。

第2に、各国が自国通貨安に対処する施策を実施したこと。フラジャイル・ファイブの5カ国はいずれも、政策金利の引き上げや為替市場介入などの措置をとった。インドに至っては、金輸入禁止などの大胆な輸入制限措置も含めて通貨防衛を図った。また、通貨安への対処が目的ではないが、インドにおいては経済学者のラグラム・ラジャン氏が、インドネシアでは当時財務相だったアグス・マルトワルドヨ氏がそれぞれ新たな中央銀行総裁として着任したことも、市場参加者からの信認回復に寄与したと考えられている。

第3に、そうした効果もあって、実際に各新興国からの資金流出は落ち着いていたこと。各国の証券投資フロー統計をみると、概ね6―8月に流出超となった国においても、9月近辺を境に流入超に復している。要するに、第1の理由の前段で述べた資金フローという実需に基づく各国通貨売りの要因は剥落しているということである。

第4に、第1として述べた点の裏返しでもあるが、テーパリングに代わり、クリミア情勢やトルコの内政、その他の国の国政選挙など、地政学リスクや各国個別の火種へと取引材料がシフトしていったことがある。例えば、インドネシアについては今なお大統領選をめぐる不透明感が悪材料視されやすい一方、人民党の予想外の単独過半数という形で決着したインドについては概ね安定した動きとなっている。

<広域な「新興国売り」リスクは小さい>

これらを総合的に考慮すると、13年初以降の新興国通貨市場は、以下の3つの局面に分けることができる。

まず、バーナンキ発言までの第1局面。これは、経常赤字国通貨を中心に軟調に推移した「ファンダメンタルズ相場」と言える。次に、バーナンキ発言により新興国通貨が売り浴びせられて以降、各国の政策対応がみられる13年末前後までの第2局面。その前半は、新興国通貨全般に売り圧力がかかった、あるいは米国経済指標の強弱に伴うテーパリングのタイミングなどの見通し・思惑に振り回された「テーパリング相場」であり、後半にはそうした通貨安への各国政策対応の巧拙が通貨の強弱につながる面もあった。

14年に入って以降、本稿執筆時点は第3局面にある。アルゼンチン・ペソ、カザフスタン・テンゲ、ウクライナ・フリブナなど、通貨安の「新参者」を伴いつつ、鉱山ストなどもあってファンダメンタルズの弱い南ア・ランドや大統領選をめぐる政局不安や経常収支悪化懸念を抱えるインドネシア・ルピアなども含め、各国個別要因に悪材料のある通貨は売られやすい状況となっている。

こうした状況において、全世界的あるいは地域的な通貨危機が近々発生する可能性は低いだろう。これまでみてきたように、米国の量的緩和縮小は、全世界的あるいは広域的な 「新興国売り」にはつながりにくい。

また、通貨下落圧力に関する耐性をみても、例えば1997年のアジア通貨危機時に比べても各新興国は格段に高い耐性を有していると考えられる。新興国全般の経常収支は96年には3%程度の赤字であったが、13年には1.5%程度の赤字。また、外貨準備高も96年に比べ14年初時点で国内総生産(GDP)比や外貨建短期債務比でみて概ね2倍となっている。

しかし、念のため言えば、今後、新興国通貨が安定的に推移すると筆者は見込んでいるわけではない。個別にみれば、政治・外交情勢をめぐる不安や構造的な経常収支問題など、不安材料を抱える国も少なくない。今後の新興国通貨を見通す上では、「新興国」というくくりではなく、そうした共通要素を考慮しつつも、個別国の各材料を見極める眼がより一層求められるということである。

*吉田悦章氏は、国際協力銀行の外国審査部参事役。ハーバード大学留学を経て一橋大学卒業後、日本銀行へ。国際局、金融市場局、調査統計局などで国際金融市場・制度や日本経済に関する調査に従事。2007年より国際協力銀行にてイスラム金融などを担当。08年より早稲田大学ファイナンス研究センター客員准教授として大学院にて講義。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up