for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:動かぬ市場に潜むドル円上昇の「前兆」=植野大作氏

[東京 27日] - 新年度のドル円相場はこう着気味の開幕を余儀なくされている。1ドル=120円台後半では上値が重たいものの、118円台半ばでは下値が堅く、最大値幅は2円31銭と、狭いレンジに収まっている。このまま行けば、4月の月間値幅は昨年8月以来の「3円未満」に収まりそうな気配が濃厚だ。

 4月27日、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト、植野大作氏は、為替需給が円売り優位に傾いている状況下、ドル円のこう着は上方向に破られる可能性が高いと分析。提供写真(2015年 ロイター)

「為替相場の安定」を希求する向きにはひとまず安堵の年度明けだが、ある程度の値幅がないと損益獲得の機会を失う参加者にとっては、昨年春先から夏場まで延々と続いて頭痛の種になった「ボラ欠乏症」の再発懸念が疼(うず)きそうな嫌なムードが漂っている。

職業柄、ドル円相場が「動かない理由」を考えるのは、あまり気乗りがしない。だが、相場が動かないのにも、必ず「理由」がある。いま動いていない理由を特定しないことには、いつか動き始めるタイミングや方向を考察できない。考えられる理由は4つだ。

<日米金融政策めぐる期待の揺らぎ>

第1に、米国の金融政策運営に対する市場の見方が、すぐには固まらない状態になっている。3月に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)の声明文によって、4月29日会合での利上げ開始の可能性がほぼ完封されていることが一因だ。

続く5月は年に4回しかない「FOMCの無い月」になる。このため、焦点となっている6月FOMCでの利上げ開始の是非や有無は、必須のチェックポイントである米国の雇用統計だけでもあと2回分を見てからでないと判断できない。

米景気の緩やかな回復が続く限り、いつかは利上げが始まりそうなので、不用意にドルを売るのは憚(はばか)られるが、利上げ開始「Xデー」までの心理的な距離感が一気に縮まってくるまでは、フライング気味のドル買いにも走り出しにくい、との心理が蔓延している。

第2に、日本の金融政策についても、市場の一部で明滅している淡い追加緩和期待が、肩透かしを食う状態が続いている。目先注目されているのは、4月30日の金融政策決定会合だが、19日の講演で黒田総裁は「基調的な物価上昇率が著しく改善したことに疑問の余地はない」「日本経済はデフレの制圧に向けた道筋を順調にたどっている」などと発言している。

そのようなコメントを市場に発した11日後に追加緩和が実施されたら、ほとんど詐欺だ。結果は恐らく現状維持となり、その後の総裁会見でも物価目標の達成に関して自信に満ちた見解が示されるだろう。

日銀執行部が示している楽観的な物価予測の当否は、原油下落の前年比効果が収束に向かうことが見込まれる年度下期になるまで判定できない。当面は物価目標2%の達成まで終了期限を定めず継続されている年間80兆円ものベースマネー上積み政策が円高抑止の神通力を発揮するものの、異次元緩和第3弾による強烈な円安動意を期待している向きには歯がゆい政策運営が続きそうだ。

<為替需給と政治ファクター>

第3に、為替需給の面ではここ数カ月、円買い圧力と円売り圧力が拮抗した状態が続いていると推測される。例えばシカゴ通貨先物市場で観測される投機的な円売り・ドル買いの為替持ち高を見ると、昨年12月上旬の15.7万枚をピークにして急速に縮小、4月21日時点では安倍内閣発足後では最も小さい5.0万枚まで整理されている。

過去の経験則では、シカゴ市場で10万枚以上の円売り持ち高が整理された場合、ひどいとドル円相場で10円ぐらいの幅で円高になることも昔ならよくあった。でもそうならなかったのは、誰かの円売りがぶつかっていたからに違いない。一体誰だったのか。

その正体は、恐らく「日本の貿易赤字転落に伴って存在感を増している輸入企業の外貨買い」「空前の規模で加速する日本企業の海外企業買収や海外事業への出資に絡んで持ち込まれる外貨買い」など、いわゆる「コーポレート系の実需マネー」に加え、公的年金基金、生命保険会社、投資信託委託業者などを通じて海外に染み出ていく「金融系のリアルマネー」であった疑いが濃厚だ。

仮需系のプレイヤーによる円売り越しポジションの大幅整理に伴い発生していた円高圧力に対し、非仮需系のプレイヤーが持ち込む実体のある円売り注文によるカウンターが当たり続けていたことが、当該期間中のドル円相場をこう着に導いたのではなかろうか。

第4に、ドル円相場に流布するポリティカル・トークの面では、先週末まで「日本の統一地方選挙が終わるまでは、日本政府が急激な円安も円高も望まない」との思惑が一部でささやかれていたほか、「日本と米国が環太平洋連携協定(TPP)交渉を行っている間は、両国政府がドル円相場の急変を望まない」との見方も一部で強まっている。

統一地方選挙は4月26日の投開票で後半戦も終了、12日の前半戦の結果とあわせて、おおむね自民党が勝利、第3次安倍内閣の政権運営の基盤が一層強固になったとの見方が強まっている。他方、詰めの交渉を迎えているとされるTPPについては、安倍首相がテレビ番組で発言したように「9合目まで来たが、最後の1合がきつい」状況になっているとみられ、最終決着の時期については、依然として五里霧中だ。

これら諸々の思惑が渦を巻く中で、ドル円相場のこう着再来を招いたとみられる。ただ、先行きについて断言できるのは、この状態の継続はあり得ないということだ。過去数多の経験則をひも解くまでもなく、為替相場の値動きが小さくなるのは、やがて大きく動き出す予兆であることがほとんどだ。

<動くならば上抜けの可能性大>

問題は上下どちらの方向に動くかであるが、筆者は恐らく上だと思っている。

まず米国の金融政策に関しては、景気がよほど見事にズッコケない限り、現在米国市場を徘徊している「そのうち利上げ観測」が、いずれは「早期利上げ観測」に格上げされ、やがて現実のものになるときが来るはずだ。6月でなければ9月、9月でなければ12月になるかもしれないが、どんなに遅れても日本の利上げよりも後になることはないだろう。

ドルの短期金利が円より先に上がり始めた場合、「金利の高いドルを借りてきてまで空売りして、金利ほぼゼロの円を買って値上がりを待つ」という円高推しのポジションは、持っているだけだと地味に金利負担を日割りで払わされることになる。「我慢して籠城さえしていれば強力な円高の援軍は必ずやってくる」という信仰心にも似た強い円高のメンタルを持っている人以外、そもそもそういうポジションを持とうとしないだろう。

米国で利上げが始まると、経済は失速するとの懸念もあるが、これから目撃しようとしている利上げは、景気の過熱やインフレ懸念の退治を目的に実施される「金融引き締め」ではない。金利がゼロのままだと上げたり下げたりして行う通常の金融市場調節ができない異常事態が続くので、将来必要になった時に上下どちらにも動かせる「のりしろ」を作りに行くための利上げであり、金融政策の「正常化」が目的だ。

景気にブレーキを踏むこと自体が目的の「金融引き締め」と、景気回復力の保全を前提に進められる金融政策の「正常化」は全然違う。その分非常にゆっくりとしか進まないので地味なドル高圧力しか生まないだろうが、逆に安定感はあるのではなかろうか。

一方、日銀の金融政策については、個人的にはもうこれ以上、資産購入量を増やす緩和はやる必要がない、あるいは、やらない方が無難だと思っている。名目国内総生産が480兆円程度しかない国の中央銀行が、傍目に見て少し無理かと思われている2%の物価目標を下ろさずに、年間80兆円もの恐ろしいペースでベースマネーを増やすと宣言している間は、容易なことでは、すう勢的な円高にはなりそうにないからだ。

仮に、この先かなり強烈な円高ショックに見舞われた場合、物価目標2%の達成は一層怪しくなるので、今の政策の枠組みを壊さない限り、大量資産購入政策の時間軸が長期化されるか、何らかの追加緩和が実施されるとの期待が働く。その意味で、現在の日銀の金融政策は、自動的な円高のバックストップになっている。

もちろん、将来どこかの時点では、黒田総裁は、1)物価目標2%の達成を宣言して「日本版の量的緩和縮小(テーパリング)」に踏み切るか、2)物価目標2%の達成時期を中長期のゴールに棚上げして「日本版テーパリング・ストーリー」を語り始めるか、3)物価目標2%の無理を認めて白川総裁時代の1%程度に引き下げるか、などのうちから、いずれか1つの選択を迫られるはずだ。

ただ、黒田総裁の任期満了は2018年4月8日とずいぶん先であり、いまのところ日銀執行部は「異次元緩和の出口戦略を語るのは時期尚早」とのスタンスを崩していない。安倍首相の政治決断で次に消費税率が10%に引き上げられるのは2017年4月に先送りされているため、その日本経済への打撃の強弱を見極めるまで、現在の日銀執行部が出口戦略の稼働について語り始めることはないだろう。

<海外勢のドル買い再開が合図に>

為替需給に関しても、3月の貿易収支が2年9カ月ぶりの黒字になったことが最近話題となったが、たぶん中国の春節要因や原油価格急落などによる一時的な現象だ。3月下旬以降に原油価格が3割以上反発したことも踏まえると、日本の貿易収支はまた赤字に戻る可能性が高い。既往の円安効果などで一時に比べて赤字が減ってきたことは事実だが、すぐに安定的な黒字時代に戻るとは思えない。

対外直接投資については、少なくとも1ドル=120円界隈までの円安でブレーキがかかっている様子はない。自己資本利益率(ROE)などを重視する「モノを言う株主」が増えてくると、ただ稼いでいるだけだと企業経営者は褒めてもらえないので、配当や自社株買いで株主に還元するか、新たな成長機会に利益を再投資しなくてはいけないプレッシャーに晒される。少子高齢化が進む国内で有望な投資機会を見つけるのが難しければ、海外に目を向けざるを得ない状況が続くだろう。

金融系リアルマネー筋の外貨投資についても、日銀による異例の国債購入政策が3年目に突入して国内債の投資妙味が著しく減退する中、生命保険や投資信託を通じた海外への分散投資が今年度も地味に継続する可能性が高い。公的年金マネーの海外シフトについては、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)によるポートフォリオの「アベノミクス仕様」への模様替えが終わったあと、今年度中のどこかでは主役が国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済組合連合会、日本私立学校振興・共済事業団の3基金に交代して継続することが見込まれている。

日本の輸入企業、海外進出企業、運用目標変更直後の年金基金などが持ち込む実体のある円売りのフローは、「日米の金融政策運営に対する市場の期待の揺らぎ」や「為替相場は政府の意向でコントロールできるとの思惑を基本としたマーケット・トーク」などにはあまり左右されずに日々のマーケットに染み出ている。

その手の期待や思惑の変化に過敏に反応して為替需給に無視できない影響を及ぼすのは、国内外の仮需系のプレイヤーが中心だが、先述のように、海外投機筋の円売り持ち高は、日本の統一地方選挙の後半戦を目前にすでに相当整理されていた。TPP交渉はいつまで続くか分からないが、過去数年以上に及ぶ交渉が延々と続く間、ドル円相場が全く動けなかったわけではないので、こう着打破の恒常的な障害になり続けるとは思い難い。

為替需給の基礎的部分が円売り優位に傾いている状況下、海外投機筋がいったん軽くした円売り・ドル買いポジションの再構築に動き始めた暁には、ドル円相場が再び相応のスピード感を伴う上昇気流に巻き込まれる可能性があるだろう。

具体的な時期は今後の米国景気の回復ペースに依存して決まりそうだが、米利上げ開始「Xデー」までのカウントダウン・タイマーが「残日数ゼロ」を迎えるときは、いずれやってくる。気息を整えて、そのタイミングを待つ姿勢を維持しておきたい。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up