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コラム:ギリシャ危機でもユーロはなぜ堅調なのか=唐鎌大輔氏

[東京 23日] - 6月に入って以降、為替市場の取引材料はギリシャ情勢一色だ。交渉の進捗に関する報道は日々目まぐるしく変わるが、欧州委員会のユンケル委員長やユーロ圏財務相会合(ユーログループ)のデイセルブルム議長からギリシャのユーロ離脱をにおわすような発言が出ているあたりに、これまでとは違う緊張感を覚える。

 6月23日、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏は、ギリシャ危機下でユーロが堅調な推移を続けている理由として、投機の巻き戻しとユーロ圏のファンダメンタルズの強さを指摘。提供写真(2015年 ロイター)

欧州委員会やユーログループは欧州の拡大・深化の旗振り役であり、本来は「加盟国の離脱」などという芽は即座に摘まなければならない立場にある。その彼らをして匙(さじ)を投げかけるほど、ギリシャの交渉態度は不遜なものになっているのだろう。

こうした状況下、多くの市場参加者にとって解せないのは、事態が緊迫化する中にあってもユーロ相場が堅調であることではないか。

例えば、ユーロの名目実効相場(主要貿易相手国20カ国ベース)は、ギリシャをめぐる混乱とは裏腹に4月半ばに底打ちしており、反転の兆しが見られる。過去2カ月間、対ドルだけではなく、大多数の通貨に対しユーロ相場は上昇しているのである。

筆者はかねてより本連載で「ファンダメンタルズに従えばユーロは買われるべき通貨だ」という基本認識を示してきた。世界最大の経常黒字と高めの実質金利は「円相場の歴史」が「円高の歴史」だったことの主因だが、今のユーロ相場も同じような条件を備えている。

それでも過去1年間、ユーロ相場が大幅に下落してきたのは、2013年11月のサプライズ利下げに始まり今年1月の量的緩和(QE)導入に至るまで欧州中央銀行(ECB)によって矢継ぎ早の金融緩和が行われたためだ。恐らくECBの狙いは通貨の低め誘導にあった疑いが強い。

その結果、通貨としてのファンダメンタルズの強さは残しながらも、内外金利差を念頭に置いた「壮大な投機」がユーロ相場の方向感を形成してきた。IMM通貨先物取引の状況を参考にすれば、ユーロの対ドルでのショートポジションは今年3月時点で約300億ユーロ(筆者試算)と、債務危機がまだくすぶっていた2012年6月以来約3年ぶりの高水準に達していた。

<維持できなくなった「壮大な投機」>

しかし、ファンダメンタルズに反し投機主導で「演出」された通貨安は持続しない。リスク許容度が著しく毀損するような局面に入った場合、そのポジションは解消せざるを得ないからだ。結果として、ファンダメンタルズの強さだけが残ることになる。

例えば、2014年通年のユーロ圏経常黒字は約2100億ユーロ、日本円にして約30兆円(2014年末のユーロ円レート145円で試算)だが、これは日本の経常黒字がピークだった2007年通年の約25兆円よりも大きい。ユーロ圏の実質金利に関しては、足元ではECBによる量的緩和で名目金利が抑制され、原油価格下落のベース効果剥落によって消費者物価指数(HICP)が浮揚しているので、とりわけ高水準とは言えなくなっているが、それでも周縁国国債には投資妙味が残った状態である。投機的な売りが続かない限り、こうしたファンダメンタルズは上昇要因として散発的に頭をもたげてくるだろう。

筆者は、過去1年のユーロ安局面は「円キャリー取引の隆盛を迎えていた2005―07年の円安局面と似ている」と考えてきた。2014年春から継続するユーロショートの蓄積やそのペースは2005―07年の円を陵駕するほど大きく、深いものである。

ちなみに、2005―07年当時のIMM通貨先物取引の状況を見ると、円は2005年2月8日に1万4290枚のネット売り持ちに転じた後、2007年6月26日に18万8077枚のネット売り持ちピークを迎えている。約2年4カ月かけて売りのピークに達したことになる。

一方、今回のユーロ売りはどうかと言えば、同じIMM通貨先物取引の状況を見ると、2014年5月13日に2175枚のネット売り持ちに転じた後、2015年3月31日に22万6560枚のネット売り持ちピークを迎えている。約10カ月でピークを迎えた上、その水準は当時の円売りよりも遥かに大きい。今回のユーロ安をもたらした投機筋のユーロ売りの凄まじさを示している。そもそも、このような性急なポジション形成は持続するはずがない。それゆえ、ユーロ相場の反転を見込むべきと筆者はかねてより主張してきた。

実際、ユーロショートポジションの解消は今年4月以降緩やかに始まり、ギリシャ情勢が緊迫化し始めた5月下旬から一段と加速している。最新6月16日時点でのユーロショートポジションは125.6億ドルと、6月9日時点の194.6億ドルから大幅に減少し、2014年7月15日以来約11カ月ぶりの低水準を記録している。

この持ち高変動額(約70億ドル)は、週間としては2013年6月11日以来の大きさだ。ネット枚数ベースで見ても、6月9日の13万7974枚から6月16日には8万9357枚へ激減している。こうした動きはユーロ相場の堅調さと平仄(ひょうそく)が合うものだ。

ちなみに、4月15―16日分のECB理事会議事要旨は、今年3月18日のユーロドル急騰(2―3時間のうちに1.06ドルから1.10ドルへ、1日ではプラス4.4%)はユーロ導入以来過去2番目に大きな動きだったと指摘している。過去最大の変動は2000年9月22日であり、これがECBによる為替介入が行われた日だったことを踏まえれば、実質的には今年3月18日の急騰が過去最大だったという理解で差し支えない。そして、この大変動の背景として、議事要旨は「1日のうちで最も流動性が低いニューヨーク市場引け後に、極めて巨大な非商業部門(要するに投機)の売り持ち高が巻き戻されたこと」と指摘している。

筆者も全く同感である。地力の強い通貨であるユーロを売り進めるには、こうした投機筋の買い戻しを受けた急騰と背中合わせであることを覚悟した上でエントリーしなければならない。上述したような巨額の経常黒字や高めの実質金利を備える通貨に凄まじい投機筋の売りが加わった結果、極めて反騰しやすい土壌が出来上がってしまったというのが、最近のユーロ相場の実態ではないかと思われる。

以上のような認識に立てば、足元のユーロ相場の底堅さに関しては、ギリシャ協議の進展を期待した結果というよりも、大きなイベントを前にして積み上がったユーロショートポジションの維持に危うさを覚える向きが増えた結果と考える方が腑に落ちる。さしずめ「リスク回避のユーロ買い」と言っても良いかもしれない。

2005―07年の円安局面において「日本は潤沢な経常黒字を抱え、デフレなので(実質金利が高いので)円高リスクがある」との見通しもあったが、これを真に受ける向きは少なく、むしろそのような見通しを口にすれば見識が疑われるようなムードもあった。過去1年間のユーロ相場を取り巻くムードはこの頃に近いものを感じる。

<ギリシャのユーロ離脱も悪い話ではない>

もちろん、当面はギリシャ情勢が流動的であり、事によっては同国のユーロ離脱というテールリスクがあり得るため、ユーロドルの上値が重いことは致し方ない。本当に離脱するようなことになった場合、ユーロが一時的に売り叩かれる可能性はやはり高い。

しかし、ギリシャのユーロ離脱は、通貨ユーロの未来にとってみれば、さほど悪い話ではないように思われる。金融危機以降、ユーロ相場が下落した局面では、ほぼ例外なくギリシャが絡んでいた。アイルランドやポルトガル、スペイン、イタリアといった国々も時折相場を賑わしたが、結局、一過性のものに終わり、国際金融支援を受けた国は(ギリシャよりも後に支援を受けたにもかかわらず)プログラムを無事に卒業している。

欧州債務問題と一括りにされがちだが、公的部門が抱えている問題の根深さで言えば、やはりギリシャは異質な存在だ。そもそもスペインやアイルランドに関して言えば、危機以前は財政黒字であり、金融部門のツケを公的部門が背負ったことで債務危機に陥ったという経緯がある。ギリシャとは事情が違う。

こう考えると、ユーロ相場の長期見通しを立てる上で、ギリシャのユーロ離脱はユーロ圏にまとわりついてきた不透明感を払拭する決定打となるようにも思えてくる。今夏にかけてギリシャ問題は引き続き市場を賑わせ、時としてユーロ下落を引き起こしそうだが、ファンダメンタルズに照らせば、そうした局面は「押し目」として冷静に評価する価値があると考える。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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