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コラム:「悪い円安」は始まったのか=佐々木融氏

[東京 7日] - 黒田東彦日銀総裁が国会答弁に出席しなければならず、一時中断した金融政策決定会合は、結果公表が通常よりも大幅に遅れたが、予想通り金融政策を据え置いた。

 10月7日、JPモルガン・チェース銀行の佐々木融 ・債券為替調査部長は、ここから一段と名目上の円安が進むためには、インフレ率上昇というファンダメンタルズの変化が必要になると指摘。提供写真(2014年 ロイター)

国会答弁でも決定会合後の記者会見でも黒田総裁は「経済のファンダメンタルズに即した為替の変動はむしろプラス」といった趣旨の内容を述べているが、筆者は一人のマーケット参加者として「経済のファンダメンタルズに即した」という言葉に違和感を覚える。

なぜなら、基本的にマーケットはいつでも経済のファンダメンタルズを反映して動いているはずだからだ。確かに時としてオーバーシュート気味に動くこともあるが、極論を言えば、そのような動きもまた経済ファンダメンタルズのなせる業(わざ)である。

例えば、筆者は現状レベルのドル円相場は均衡点から大幅に円安方向に乖(かい)離しているとみているが、こうした乖離もその背景を探れば、国内外の経済主体の多数が、日本の貿易収支の急激な悪化や日銀の金融政策スタンスをみて、今後一段と円安が進むと予想し行動しているがゆえである。

このように多くの経済主体が考えている状態も、経済ファンダメンタルズと言えるのではないだろうか。恣意的に区別や定義付けをするのは簡単かもしれないが、種々の経済活動や行動、期待をファンダメンタルズとそれ以外に区別することは実際には困難である。

かねて指摘している通り、マーケットは実体経済を映す鏡だ。対ドルで75円から110円まで円安方向にオーバーシュートしたのも、日本の実体経済に生じた大きな変化を反映した調整が今後も続くと期待する人が多いからに他ならない。

その変化とは、国内的には、1)日銀のインフレターゲット導入に伴い期待インフレ率が上昇し、実質金利が大きく低下したこと、2)製造業の海外生産移管などを主因に日本の貿易構造が大きく変化し、貿易収支が急激に悪化したこと、3)先行きも円安が進むと予想する投資家が増加し、対外証券投資が拡大したこと、などが挙げられる。

一方、国外での変化は、リーマンショックや欧州周辺国危機から世界経済が立ち直る中、主要中央銀行が軒並み超金融緩和政策を続けていることから、市場が過剰流動性状態となり、超低金利で流動性も厚い円が資本調達通貨として売られるようになったということである。

<円安が止まらなくなるリスク>

さて、講釈はさておき、ここからさらに円安は進むのかといった質問が聞こえてきそうである。実は、その回答にもファンダメンタルズの視点が欠かせない。

実は、JPモルガン算出、日銀公表のどちらの実質実効レートでみても、円相場は30年から40年ぶりの安値となっている。過去の教訓からして、実質実効レートは平均回帰的な動きを示すはずであり、今後、実質ベースでさらに大幅な円安が進むとは考えにくい。言い換えれば、ここから一段と名目上の円安が進むためには、インフレ率の上昇というファンダメンタルズの変化が必要になってきそうだ。

前回コラムで説明したように、筆者を含むJPモルガンのリサーチ・チームは、「さらなる円安が日本経済に対してプラスか」との問いは、「さらなるインフレ率上昇が日本経済に対してプラスか」との問いとほぼ同じだと考えている。

つまり、ここからさらに大幅な円安が進む場合、インフレ率の上昇というファンダメンタルズの変化を伴うはずであり、したがって議論すべきは「どこまでのインフレ率上昇ならば日本経済にとってプラスか」という点だ。つまり、問題なのは円相場の水準ではなく、インフレ率の水準なのだ。

率直に言って、この問いに対する答えは、基本的に賃金がどこまで上昇するか次第ということになるだろう。つまり、「どこまでの円安が日本経済にとってプラスか」との問いは、「どこまで賃金が上昇するか次第」と言うこともできる。

ここから先は、こうした動きが誰にとってプラスかという議論になろう。インフレ率の上昇と円安が同時進行するような世界では、外貨建てを含む資産を比較的多く保有し、賃金も上昇しやすい人にとってメリットが出始め、逆の人にはデメリットになる。これは、円安が良いか悪いかの問題ではなく、個々の経済主体が置かれている立場の違いである。

今後、政策当局者、特に政治家が円安のデメリットを強調する頻度はいったん高くなり、そうした発言が円の買い戻しを誘発する可能性も高くなるだろう。なぜなら、前者より後者の人数が圧倒的に多いからである。したがって、ドル円相場は目先、円高方向へ調整される可能性が高まっているとみる。

問題はその後だ。仮に政策当局者が円安懸念を強調したとしても、マーケットはファンダメンタルズに基づいて動いている。仮にファンダメンタルズ的に一段と円安が進むような構造(インフレ率が上昇していく状態)がすでに定着しているのなら、円安は止まらなくなる可能性もある。正直なところ、当局者の円安けん制発言で円高方向にある程度調整してくれたほうが、むしろ安心できるのは筆者だけではないだろう。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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