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コラム:日本人の円売りは出てくるか=唐鎌大輔氏

[東京 14日 ロイター] 円高による輸出セクターへの影響やデフレ圧力の増幅などを背景に円安待望論が根強い日本だが、そもそもどうなれば円安になるのだろうか。

8月14日、みずほコーポレート銀行マーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏は、基調的な円安局面に転じるためには、海外勢ではなく「日本人の売り」が必要だと分析する。提供写真(2012年 ロイター)。

結論から言えば、筆者は「日本人による円売り」がどうしても必要だと考える。誰が「売る円」を持っているのかと考えた時に、海外勢はその候補として想定し難い。経常収支はいまだ黒字であるし、日本国債の90%超が国内で消化されている。また、人口減少経済の株式をオーバーウェイトする海外投資家は決して多くないだろう。

仮に海外勢が円を売るにせよ、それは円を持っていなくても売れる投機筋ぐらいではないかと思う。だが、投機主導の円安は、今年2―4月に見たように長続きはしない。

円相場の底堅さの一因としては、経常黒字の存在、言い換えれば国内の過剰貯蓄の存在が頻繁に指摘される(円相場を国債に置き換えても同じである)。こうした事実は早晩変わるものではなく、この観点に立つならば、円相場がすぐに急落するとは考え難い。

日本には2012年3月末時点で1513兆円の家計金融資産が存在するが、これを円貨性資産と外貨性資産に大別すると、約97%に相当する1471兆円が円貨性で、残り約3%に相当する43兆円が外貨性となる(筆者推計)。

この「97%」の部分が積極的に外貨性資産へ向かえば、円安転換の一助となり得るが、そうした動きはほとんど見られず、むしろ不透明な経済・金融情勢を背景に外貨よりも円貨、円貨の中でも現預金のように流動性と安全性の高い資産にマネーが引きこもっているのが現状である。米国を含む世界経済の見通しが当面芳しくないことを思えば、この「97%」の小さくない部分が外貨性資産に向かい始めるまでにはまだ時間がかかるだろう。

<数字が示す日本人の現預金志向の強さ>

一方で、停滞する国内政治や経済、金融の現状を指して「日本はもう駄目だ」といったトーンの論調を耳にすることは今や珍しくないが、そうした主張の人々が自身の保有資産に関し、円を見限って外貨へ多くをシフトさせているだろうか。

少なくとも筆者の周りでは、そうしたケースをほとんど見たことがない。多くの人々は、日本の将来に漠然とした不安を抱きながら、大半は円預金で保有しているのが現実だろう。日本の家計部門の現預金志向は主要先進国の中でも特に強く、総資産対比で50%以上の保有比率を誇る。米国は20%弱、英国は30%弱、そして比較的日本人に近い性分と思われるドイツでも40%強である。

「日本が駄目だから円を売る」という資本逃避(キャピタルフライト)に類似する動きは、地震・津波・原発事故という大災害が重なった2011年3月11日の後ですら見られなかった(むしろ震災後は円高が進んだ)。現在のギリシャのように経済・金融面で破滅的状況に追い込まれない限り、日本においてキャピタルフライト的な動きが発生することはないだろう。「97%」の円貨性資産比率は、いまだそうした状況になることを本気で心配している人が少数派であることの証左に他ならない。

<家計金融資産の1%でも昨年の介入規模に匹敵>

とはいえ、破滅的なケースに至らずとも、日本人が円売りに動くことはある。

それは、たとえば、景気が良い時、もう少し具体的に言えば株価が上がっていて、内外金利差が十分な時ではないかと思う。直近の円安局面である2005―2007年は株価も上昇基調で投資家のリスク許容度が改善、円だけがゼロ金利の中で市場のボラティリティも低く、円キャリー取引(円調達・外貨投資)が魅力的な時代だった。

そうした状況下、日本の個人投資家の間でも外国債券を対象とする投資信託や外為証拠金取引が流行し、彼ら彼女らを指す「ミセスワタナベ」なる俗称も生まれた(命名したのは海外メディア)。実は、過去の円安局面の多くはこうした好景気ムードの中で株価が上がっていた(また対外投資にかかる規制緩和などが重なった)時にもたらされた。

その他でも、「1978―84年頃」の円安局面では第一次外為法改正に伴い対外証券投資が解禁されていたし、「87―90年頃」はバブル景気の中で対外直接投資が非常に旺盛だったうえ、機関投資家への外債投資規制の緩和もあった。また、「95―98年頃」は大蔵省による対外投融資規制の緩和や第二次外為法改正が円安相場に寄与していた可能性がある(むろん、この時期は大規模な円売り為替介入も行われており、その影響も小さくなかったと推測される)。

なお、外貨性資産比率は上述の通り、今年3月末時点で約3%、正確には2.8%という状況だが、この比率は今回の金融危機を境に腰折れした感が強い。仮に同比率が2000―2008年のトレンドで伸びていたと仮定すると、2012年3月末には3.7%程度に到達していた可能性がある。この0.9ポイントの下振れ幅は金額にして12.8兆円に相当する。これは単日としては史上最大の円売り介入を含む2011年通年の円売り・ドル買い介入額の総額(14.3兆円)に迫る額であり、決して小さくない。本格的な円安局面の到来には、「家計部門(日本人)の円売り」が追い風になり得るはずだ。

<良い意味で円を売りたくなる局面が必要>

もちろん、家計金融資産が(多くは預金という形で)引きこもったとしても、それらの資金が銀行や生命保険会社などの金融仲介機関を通して外貨建て資産に投資されれば、円安の一因となる。だが、内外金利差の確保が難しく、景気先行きが不透明な状況で対外投資を積極化できないのは機関投資家も個人投資家も同じである。

では、その資金はどこに向かうのか。周知の通り、消去法的に日本国債へ偏り、累増する政府債務とは裏腹に磐石な国債消化構造を築くことになる。さらに、日本国債はリーマンショックや欧州債務危機など世界経済が荒れる局面で海外投資家にとって格好の逃避先となる傾向にあり、これも金融危機以降、円相場を支える一因と言われてきた。

今年2―4月の円安相場は、日銀の金融緩和や日本の対外経済部門(貿易収支や経常収支)の悪化などを受けて海外勢が盛んに円売りを行ったことが背景にあると言われる。だが、すでに述べたように、海外勢の円売りは空売りであることが多いと推測され、投機的取引である以上、いつかは買い戻される必要がある(実際、IMM通貨先物取引を見れば、円売り持ちは5月までに解消され、6月以降は買い持ちが積み上げられている)。

日本が依然として大きな経常黒字フローを稼ぎつつ、世界最大の対外債権国というステータスを保持していることを考えれば、海外の経済・金融環境が好転し、内外金利差が拡大、日本人が良い意味で保有している円を売りたくなる局面に入らない限り、持続的かつ顕著な円安は予想し難いというのが率直な印象である。

2014年以降に消費税引き上げが段階的に始まると仮定すれば、日銀の金融政策に関して当面出口を期待できそうにないことは自明であり、国内の低金利環境は簡単に変わらないだろう。だとすれば、日本人が円売り妙味を見出すのは米国経済が好転した時、より具体的には米連邦準備理事会(FRB)が出口に手をかけた時ということになるが、米連邦公開市場委員会(FOMC)声明文に従うならば、それは「2014年遅く」までは期待できない。

<今年のドル/円相場も史上最小の値幅か>

最後に、当面の円相場の見通しについて、補足しておきたい。持続的かつ顕著な円安は予想し難いと述べたが、筆者は円高がさらに進むと強調したいわけではない。為替見通しというと、どうしても「上か下か」という二元論で語られがちだが、ドル/円相場については「値幅が出ない」という見通しもひとつの考え方としてあって良いと考える。

今年のここまでのドル/円相場を振り返ると、実のところあまり動いていない。年初来の値幅は8.15円(84.18円―76.03円)だが、これは2月1日から3月15日の間、つまり日銀による2月14日の「サプライズ緩和」を挟んだ前後約1か月間の動きであり、同期間を除けば驚くほど値幅は小さい。

ドル/円相場がレンジ取引で膠着(こうちゃく)してしまう要因は一つではないだろうが、「欧州(ユーロ)が混乱しているうちは、ドルも円も買われ、結局値幅が出ない」という理由付けにそれほど無理はないと思う。

基本的にドルや円が買われる(売られる)のは同じタイミングであることが多い。たとえば、過去2か月間の実勢相場の変化率(6月1日―8月13日)を見ると、ドルは対豪ドルで8.7%下落、対スウェーデンクローナで8.6%下落、対ニュージーランド(NZ)ドルで7.5%下落している。一方、円は対豪ドルで9.1%下落、対スウェーデンクローナで9.0%下落、対NZドルで7.8%下落している。過去2か月間、ドルも円も同じ通貨に対し、同じだけ売られている印象であり、ドルと円のペアに強弱関係が生じ難くなっている様子がうかがえる。

実はあまり報じられていないが、史上最大の円売り介入や戦後最安値更新など派手な話題が目立った2011年のドル/円相場の値幅も、10.18円(85.53円―75.35円)と、1973年以来の最小値を更新した。欧州の混乱が続いているという点で、今年と昨年で状況はそれほど変わっているようには思えない。

少なくとも年内は欧州が引き続き相場の主役になりそうなことを考えれば、ドル/円の値幅も狭いものにとどまることが予想される。1973年に変動相場制へ移行して以来最小の値幅となる可能性もあるのではないだろうか。

*唐鎌大輔氏は、みずほコーポレート銀行国際為替部のマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より現職。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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