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コラム:ユーロの番人ECBが「手詰まり」になる日=唐鎌大輔氏

[東京 18日 ロイター] 今年も相場の主役は欧州債務問題のまま終わりそうである。日々繰り返される光景は過去3年間で目にしてきたものと酷似しており、思わず「またか」と口にした市場参加者も多かったことだろう。

10月18日、みずほコーポレート銀行のマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏は「ECB(欧州中央銀行)の取れる選択肢は徐々に、しかし確実に制約されつつある」と指摘。提供写真(2012年 ロイター)

もちろん、この3年間、欧州債務問題に全く進歩がなかったわけではない。欧州中央銀行(ECB)の発表する競争力指数(HCI)を見ると、ドイツを筆頭とする財政健全国とPIGS(ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペイン)を中心とする南欧諸国の対外競争力格差は急速に縮小している。

競争力格差が各加盟国の経常収支格差につながり、金融面の域内不均衡も産み、今日の政府債務問題に至ったことを思えば、問題の元凶には少しずつ修正が入っていることになる。だが、依然として小さくない格差が残っているのも確かであり、今しばらくは苦しい調整局面が続くことは避けられないだろう。

通貨統合下では競争力改善の最も一般的な手段である通貨切り下げが使えない。そのため、国内の賃金・物価を下落させるしか道はなく、過去に国際収支危機を経験した国以上に大きな「痛み」にさらされることになる。この状況はもはやユーロ圏の制度上どうしようもない宿命であり、ひたすら耐えるしかない。もちろん、財政健全国が問題国に所得再配分を行えば「痛み」は平準化されるが、そうした仕組み作りが大変難しく、骨の折れる作業であることはこの3年間で見てきた通りである。

<豪快に外れたECBの想定>

とすれば、この「痛み」を緩和できるのは、財政政策が緊縮一辺倒になっている現在では、金融政策しかない。だが、ECBの取れる選択肢は徐々に、しかし確実に制約されつつある。

最近のユーロ圏経済は、ECBの想定以上に景気が下振れているにもかかわらず、物価は上振れしているように見受けられ、中央銀行としては非常に好ましくない状況になりつつある。

たとえば、ユーロ圏の国内総生産(GDP)の実質成長率は1―3月期が前期比ゼロ%(横ばい)、4―6月期がマイナス0.2%という悲惨な状況にある。9月6日に公表されたECBのスタッフ見通しもこれと平仄(ひょうそく)が合う内容で、2012年は「マイナス0.6―マイナス0.2%」とリセッションが確実視されている。だが、その一方で、2013年については「マイナス0.4―プラス1.4%」と徐々に上向く見通しが示されている。

問題はこの見通しの確度であり、ECBは少なくとも過去1年間に関しては豪快に想定を外している。昨年9月のスタッフ見通しでは今年の成長率見通しは「プラス0.4―プラス2.2%」だったが、現実はプラス圏に顔を出すことも難しい状況にある。ECBは昨年の4月と7月に利上げを行ったが、9月の理事会でその「引き締め」路線をストップすることを示唆し、金融政策を「引き締め」から「現状維持」へ方向転換させることで景気が落ち着くと考えていた節があった。

その後、一向に改善しない状況に合わせて「現状維持」から「緩和」路線に転じ、政策金利は史上最低まで引き下げられたものの、時すでに遅しで、今年はもちろん、来年もリセッションが続いても不思議ではないというのが現実である。こうした経緯を踏まえると、ECBが抱く今後の楽観見通しをどれほど信じてよいものか不安がある。

そうして景気が悪化する一方で、物価は高止まりしている。9月28日に発表されたユーロ圏9月消費者物価指数(速報値)の上昇率は前年比2.7%と8月の2.6%から加速し、市場予想の2.5%上昇を上回った。上述した今年9月のECBスタッフ見通しによれば、インフレ率は今年が「2.4―2.6%」、来年が「1.3―2.5%」と減速の見通しだが、米金融緩和や中東情勢の混迷などを背景に商品価格が大きく下がらない展開になった場合、あるいはむしろ上昇した場合、物価は思ったほど下がらず、金融政策は「引き締め」も「緩和」も難しいという袋小路に追い込まれるかもしれない。

ちなみに、1年前の9月のECBスタッフ見通しでも今年にかけてインフレ率は減速することが予想されていた。具体的には、昨年は「2.5―2.7%」、今年は「1.2―2.2%」と減速するシナリオだった。だが、今年1―9月の実際のインフレ率は「2.4―2.7%」で推移し、想定された上限を突破した次元でレンジを形成している。景気のみならず、物価についてもECBは予想を大きく外していると言えよう。

<過去最高水準で高止まるユーロ圏悲惨指数>

このように「景気は想定以上に悪く、物価は想定以上に高い」という状況が続けば、いつか金融政策は行き詰る。基本的にECBは「物価安定」を一義的な使命としながらも景気動向に併せて政策を調整してきた。これは政策金利とユーロ圏失業率の動きを一つの図にプロットすれば明らかである。問題は、そうした緩和努力の割に景気は全く改善せず、インフレ率も高止まりするという展開が続けば、「緩和」も「引き締め」もできない状況に陥り、金融政策が立ち往生する懸念があるということだろう。

要するに、この先のECB政策運営を見通す上ではスタグフレーションのリスクをどこまで織り込むべきかという視点が重要になるが、これを端的に表す「悲惨指数(失業率とインフレ率を足した指数)」は毎月のように過去最高を更新しており、ECBとしては非常に居心地の悪い経済環境が進行している。

欧州債務問題への対応は9月理事会の国債買い入れプログラム(OMT)導入をもって、いよいよECBを本格的に巻き込んだ局面に突入しているが、想定以上に上振れるインフレ率を見るにつけ、「どこまでECBが付き合えるのか」という一抹の不安が残る。

実際、9月の理事会後の会見では「ECBは(物価安定に注力する)独ブンデスバンクの伝統に則った政策運営がどの程度できていると思うか」といった趣旨の質問をぶつける記者も現れており、「物価安定」を是とする建前にも厳しい目が向けられ始めている。断続的に繰り出される弥縫(びほう)策を材料にユーロを買い戻すのも短期的には合理的かもしれないが、今後の経済動向次第ではECBに大きなアクションを期待するのが難しくなる可能性も芽生え始めていることは留意したい。

<ECB発、市中銀行経由、南欧債行き>

最後に、当面のECB理事会で意思決定の対象となりそうな政策を整理しておきたい。今後、議論の俎上(そじょう)に上がりそうなのは、利下げ、利下げに伴う預金ファシリティ及び超過準備へのマイナス金利導入、LTRO(長期流動性供給オペ)の3つだろう。

ECBが利下げに伴い預金ファシリティ及び超過準備へのマイナス金利導入に踏み切るとすれば、それは短期金融市場への流動性供給を潤沢にすることを意図したものになる。その潤沢になった流動性の行き先として企図されるのがPIGSを筆頭とする南欧国債である。

結局のところ、ECBにこれから求められる役割は「中央銀行(ECB)・市中銀行・南欧政府」のトライアングルを一段と強固にすることに他ならない。欧州の銀行は危機を契機にバランスシートのスリム化が急務となっているものの、実際はその真逆の変化が進行中である。ユーロ圏の銀行の総資産に関し、2007年1月末時点を100とすると、昨年末には127、今年3月末には128、6月末には130に増加し、8月末も130となっている。

ECBがLTROやゼロ金利政策を介して市中銀行と南欧政府とトライアングル強化に励んできた結果、むしろバランスシートは緩やかに拡大しているのである。保有資産別にこの指数の推移をみると、総資産の伸びに効いているのは主に債券であり、ローンや株はさほど乱高下していない。

さらに、この債券に関してドイツやフランスそしてPIGSといった国別銀行の動きをみると、ポルトガルやスペイン、イタリアの保有額が突出して伸びており、その他の国々ではほとんど横這いである。具体的には、同じく2007年1月末時点の債券保有額を100とすると、今年8月末でドイツは93、フランスは108の一方で、ポルトガルは504、スペインは296、イタリアは283と大きく増えている。

36か月物LTROなどを受けて「ECB発、市中銀行経由、南欧債行き」というフローが市場の安定に寄与してきたことは比較的知られた事実だが、その際の市中銀行の資産構成変化はドイツやフランスのようなコア加盟国の銀行よりも、南欧諸国の銀行の方が激しそうである。結果として、南欧政府と市中銀行の関係はコア加盟国のそれ以上に一蓮托生の色合いが濃くなっていると推測される。

<ECBのバランスシートが問題となる日>

こうした「ECB・市中銀行・南欧政府」のトライアングルの放置・強化は、事態が急変した際の欧州金融システムの脆弱性を大きくするものであり、可能であれば早めに修正されるべきである。だが、今さらこの体制を崩すことは難しく、特に中心的役割を担っているECBが降りるタイミングには慎重な判断が必要である。

むしろ、降りるどころか、スペイン政府による欧州安定メカニズム(ESM)への支援要請(具体的には条件強化信用枠=ECCL)が遅れれば遅れるほどOMTの稼動は遅れるわけで、もし今、市場が混乱すれば、ECB自身が買う代わりに市中銀行に買って欲しいという発想が強まる可能性は高い。

この場合、上述した「利下げ」「利下げに伴う預金ファシリティ及び超過準備へのマイナス金利導入」「LTRO」は有効な選択肢になるはずで、早ければ年内に、稼動しないOMTの代替として手がつけられる可能性はある。SMP(証券市場プログラム)をわざわざ廃止して、(本来ならば不要だった)稼動条件を備えたOMTを導入したことで、市中銀行を介した債券購入という一層迂遠なルートに頼らざるを得なくなる展開も想定される。

トリシェ前総裁もドラギ現総裁も、あくまで欧州債務問題とは基本的に政府の問題であり、中銀であるECBは補助的な手助けに留まるとのスタンスを強調してきた。だが、上述したように、すでにECBの最優先事項は表向き標榜する「物価安定」ではなく「景気安定」にシフトしており、「景気安定」のためには「ECB・市中銀行・南欧政府」のトライアングルの主役として舞台を降りるわけにはいかないのが現状である。

為替相場の観点からは、そうして財政支援の片棒を強制的に担がされている通貨を買うべきかどうかという視点を持ちたいところである。今年7月、オランダ中央銀行のクノット総裁は「いつかは明言できないが、(ECBの)バランスシートが問題となる時期がやってくる」と述べたが、筆者もそのようなECBの信認に疑義が生じるような展開を、具体的にはECBが手詰まりになる日を心配している。

*唐鎌大輔氏は、みずほコーポレート銀行国際為替部のマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より現職。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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