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コラム:米大統領選で浮かび上がる「金本位」回帰論=斉藤洋二氏

[東京 1日 ロイター] 11月6日の米大統領選の投開票日が目前に迫ってきた。同国内で一般的関心の高い最大の争点は雇用問題だが、実はそれとは別に金融の世界の住人たちにとって看過できない争点がある。「金本位制」回帰論だ。

11月1日、ネクスト経済研究所の斉藤洋二氏は、米大統領選に絡み共和党保守派から浮上した金本位回帰論について、2つの理由から実現は極めて難しいと説く。提供写真(2012年 ロイター)

共和党の政策綱領には、テイーパーティーなど保守層が強く支持した「ゴールド・コミッション(金委員会)」の設置が盛り込まれた。1970年代の高インフレ後に誕生したレーガン共和党政権下では、通貨価値の再構築、すなわち「強いドル」を模索した同種の委員会があったが、その系譜につながるものと位置づけられる。

今回の大統領選で共和党副大統領候補となったポール・ライアン下院予算委員長は、現行の通貨政策に対する痛烈な批判者だ。同党保守派重鎮のロン・ポール下院議員のように金本位制に回帰すべきだと明言しているわけではないが、ドルの希薄化を生み出す米連邦準備理事会(FRB)の量的金融緩和策(QE)に真っ向から異を唱え、節度ある金融政策運営を行うことを繰り返し求めている。

米国はオバマ政権下で積極的な財政政策、金融緩和策そしてドル安政策を推し進めたが、この間の新規雇用者数は500万人に止まり、2300万人が失業中ないしは不完全就業(半失業)の状態にあると言われる。共和党のロムニー大統領候補はこの現状へのアンチテーゼとして「強いアメリカ」を掲げ、1200万人の雇用創出を訴え、またFRBが主導するドル安政策の転換を示唆している。

ところで、金兌換を停止し、FRBがその信用力で通貨を発行するシステムに馴染んだ現在、「いまさら金本位か」との印象は拭えない。バーナンキFRB議長が反論する通り、金本位制は経済を安定させるために中央銀行が活用できる金融政策の余地を狭めるものだ。しかし、米国の保守層が宗教的・倫理的見地から、FRBの錬金術師と見まがうドル紙幣の大増発を目の当たりにしレッドカードを突きつけるのも無理からぬところでもある。

ともかく国内ではリーガルテンダー(法定通貨)として通用するドルだが、海外で通用するか否かは各国や個人の信認次第だ。幸いにも、長年培われたドル取引の金融インフラの存在と、目下のところ代替手段がなさそうだとの消極的理由でドルは広く利用されているが、変動相場制移行以来40年にわたり大幅に減価してきたことは現行のドル基軸通貨体制の持続可能性を考える上で「不都合な真実」であるのは間違いない。しかも、QEの乱発によって、ドルの減価がますます進みかねない恐れがある。

<金本位制回帰の実現性>

果たして、金本位制回帰は現実的なのだろうか。

古来、人は金銀を交換手段、価値貯蔵手段として利用してきた。古くは推定紀元前18世紀の古代バビロニアのハンムラビ法典に、罰金刑に銀を使っていたという記述がある。

金本位制はその後数千年の歳月を経て発展し、1816年には英国において1ポンド金貨が登場、金兌換性のある英ポンドを基軸通貨とする国際通貨制度へと発展した。その後を継いだのが米ドルであり、金との兌換性は1971年のニクソンショックまで維持された。振り返れば、通貨の歴史の大半は何らかの形で金銀が使われており、金本位回帰の関心が高まる素地となっている。

現在の金価格は1オンス1700ドル台。ニクソンショック時の公定価格35ドルと比較すれば50倍ほど高い。この金高騰の最大の理由は、世界に金の地上在庫(総量)は約17万トンしかなく、新規供給も限られている半面、各国政府・中央銀行による継続的な購入が行われていることにある。

ワールド・ゴールド・カウンシルによれば、2012年7月時点の公的保有量の筆頭は米国で、8134トン。その後をドイツ、国際通貨基金(IMF)、イタリア、フランス、中国の順で続く(日本は9位)。2008年のリーマンショック以降、FRBの量的緩和すなわち事実上のドル安政策と軌を一にして、各国政府・中銀による金の買い入れは急増している。

ちなみに、投資銀行家でベテラン金融アナリストのジェームズ・リカーズ氏は近著「通貨戦争」において、金本位制回帰がなされた場合の金推定価格を試算している。ベースマネーに対するカバレッジを100%とした場合、その価格は非現実的な1オンス8342ドルとなる。また、金本位が復活すれば、1960年代に見られた通り、米国債を大量に保有する中国などから金との交換を求められ、米国の金保有量は一気に減少するだろう。この2点だけを見ても金本位制回帰の実現は、極めて難しいことだと言えよう。

<ブレトンウッズ3への道>

とはいえ、現行のドル基軸体制が深刻な制度疲労に直面していることは明白である。

1944年に始まったドル基軸のブレトンウッズ体制は、71年の金兌換停止を経て、先進国は変動相場制、主要新興国は事実上のドルペッグ制という「ブレトンウッズ2」に移行した。この管理通貨制度は、各国中銀の節度ある政策運営を前提とする「性善説」に基づくものだが、現実には肝心要のFRBがその節度を失ってしまっている。

グローバルな金融危機の頻発、均衡破壊的な相場変動、そしてリーマンショック以降の量的緩和・通貨安競争など弊害は枚挙にいとまがない。前述した金価格上昇は、ブレトンウッズ2への信頼感失墜の証左であるともいえる。

ニクソンショック当時、欧州諸国は自国通貨への甚大な影響を憂慮した。これに対し当時の米財務長官ジョン・コナリ―氏が、「ドルはわれわれの通貨だが、それはあなたがたの問題だ」と突き放したという有名なエピソードがある。この考え方は今も米国の金融政策において通奏低音として流れているようだが、これは米国が圧倒的優位にあればこそ通用する論理である。

経済的、政治的な覇権が衰えた現在、多数の国々との協調なくしてドルの安定そしてドル基軸体制の存続は難しい。米国が自国を利するのみの量的緩和を続けるならば、世界の通貨安競争はさらに過熱し、たとえばドル暴落・高インフレのリスクとなって同国に舞い戻ってこないともかぎらない。それは、世界的な経済危機への道だ。

2年前、世界銀行のロバート・ゼーリック総裁(当時)が、「インフレやデフレ、将来の通貨価値に対する市場の期待を反映する国際的な基準として金を採用することも検討すべきだ」と英フィナンシャル・タイムズ(FT)に寄稿し物議をかもした。また、その新しいシステムには、ドル、ユーロ、ポンド、円、人民元という5大通貨の参加が不可欠とした。

同氏はその後、金本位制や固定相場制への回帰を意味していないと補足していることから、いかにして金を採用しようというのかそのメカニズムは分からない。しかし、国際通貨システム変容の必要性にゼーリック氏ほどの人物が言及した意味は大きい。ちなみに、人民元はこの2年間で、国際化に向けて大きく舵を切っている。

筆者は先述した理由から金本位制回帰そのものには懐疑的だが、国際金融システムの現況の混乱を見るにつけ、修正や進化が必要なことに異論はない。過去への回帰ではなく、新たな仕組み作り、いうなればブレトンウッズ3移行に向けた実質的な議論が、米大統領選後に高まることを期待している。

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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