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コラム:需給の変化が迫る円安シナリオ=唐鎌大輔氏

[東京 20日 ロイター] 5年以上にわたる円高局面が終わったと判断するには「これまでとは明らかに違う」何かが必要なはずだ。では、そうした観点で見て、足許のドル円相場は本当に反転したと言えるのだろうか――。

11月20日、みずほコーポレート銀行のマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏は、基礎的需給の変化に着目し、5年にわたる円高局面がついに節目を迎えた可能性があると分析。提供写真(2012年 ロイター)

結論から言えば、筆者は、基礎的な経済統計から丁寧に数字関係をチェックする限り、ドル円相場が再び戦後最安値を更新するのは難しい状況にあると考えている。安倍晋三・自民党新政権の誕生を見越して、円売りが強まっているから言っているわけではない。そもそも11月14日に野田佳彦首相が解散を明言し、安倍総裁の再三にわたる日銀への強硬な発言が出る前から、ドル円相場は堅調に推移していた。

2011年来のレンジを見ても、昨年7月から今年2月までは「76―78円」だったものが、2月から現在までは「78―80円」へと明らかに切り上がっている。この点、日本銀行により「バレンタイン緩和」以降繰り出されてきた一連の緩和策は円安牽引に不十分でも、円高抑制には効いているのかもしれない。長期的な基調を映し出す200日移動平均線も2月を境に底打ちし、浮揚している。200日移動平均線が上向くのは金融危機後で初めてであり、円高局面がついに節目を迎えた可能性は確かに感じる。

<今は日米金利差以外の説明が必要>

2月以降のドル円相場の浮揚を説明するためには、金利面からとは別の解説が必要だ。

多くの市場参加者がドル円相場の道標として参考にしている日米2年金利差は足元で0.13%(11月19日時点)と、年初の0.1%から0.05ポイントも拡大していない。にもかかわらず、ドル円が5%も年初来で上昇しているのは、「御の字」のパフォーマンスだろう。

そもそも金融危機後、日米2年金利差の「壁」となってきたのは「1%」であり、コンマ数%の拡大・縮小を捉えて騒いでも大局観は描けない。2年金利差が「1%」を大きく超えて、ドル円相場もこれに追随するようになってくれば、その時は「これまでとは明らかに違う」ことが起きていると判断し、円安基調への変化を金利面から議論しても良いだろうが、現在はそのような状況からは程遠い。

その意味で、むしろ注目すべきは、貿易収支や証券投資そして直接投資などの需給面の変化であろう。11月は季節調整済みの9月経常収支が統計開始以来で初めて赤字化したことも話題になった。

筆者は、為替市場への影響を把握する包括的な計数として、経常収支、直接投資(対外・対内をネットアウトしたもの)、銀行・公的部門以外の対外証券投資、対内証券投資を合計したものから、外貨のまま海外に残る再投資収益を控除したものを「基礎的需給バランス(以下、基礎的需給)」と呼び、参考にしている。

もちろん、これが絶対の測度ではないし、為替市場の本当の需給など知る由もない。特に対外証券投資に関しては、銀行並びに公的部門のフローに多くの為替ヘッジが掛かっているという前提で考えているものの、それ以外の部門(たとえば生命保険会社など)においても昨今の為替ヘッジ比率は相当高いとみられ、この点に分析の限界はある。証券投資フローの実態が良く分からないというのは為替相場の需給を分析する上で常に大きな課題である。だが、大まかなイメージをつかむ上で基礎的需給がヒントを与えてくれるのも事実だ。

<冷酒のように効く需給の変化>

そこで、基礎的需給とドル円相場の関係をみると、円キャリー取引の拡大・縮小に振らされ、投機的なフローに勢いがあった「2005―08年」という特殊な時代を除けば、概ね安定的な関係を保っていることが分かる。金融危機を経験した09年以降、市場参加者のリスク許容度が断続的に縮小、投機的なフローの勢いが急失速するに伴い、基礎的需給の持つ影響力は相対的に高まっているものと推測される。

なお、11年3月以降、すなわち東日本大震災以降は、貿易赤字定着などを受けて、基礎的需給が中立ないしマイナス圏(円安を示唆)になっているにもかかわらず、円安・ドル高が思ったほど進まない局面が1年ほど続いた。これは欧州債務問題が深刻化・長期化する状況下、依然として経常黒字を稼ぎ、世界最大の対外債権国であり続ける円に資金を振り分けておこうとする逃避的な動きが存在し、それが基礎的需給の円安方向への引力を減殺している可能性が考えられる。

だが、裏を返せば、不安定な海外経済・金融環境にもかかわらず、一段の円高進行は食い止められているとも言える。重要なことは「今のような需給環境を背景に円高予想をすることが妥当か否か」という論点ではないか。巷(ちまた)ではいまだに75円や70円、果ては70円割れを謳う言説などが見受けられるが、 少なくとも需給は円高を全く支持していない。

それでは、上述の基礎的需給を数字で確認してみたい。まず11年通年の基礎的需給は約16.3兆円の円買い超過であり、主に海外から日本への対内証券投資や経常黒字に支えられていた。しかし、昨年は政府・日銀による約14.3兆円の円売り為替介入も行われている。つまり、円買いに傾斜していた基礎的需給の9割近くが政府部門による円売りで相殺されたイメージになる。

さらに今年の状況をみると、1―9月の基礎的需給は計1.8兆円の円売り超過となっており、昨年同期(11年1―9月)の15.8兆円の円買い超過から状況が一変している。2―3月以降にドル円が底打ちし、徐々に上向いている背景にはこうした需給環境の変化があるのではないか。企業や投資家のヘッジ状況を反映し、経常(貿易)収支が為替に与える影響が時間差を伴って現れることを考えれば、震災以降で累増する貿易赤字や政府・日銀による円売り介入の効果が1年程度経って、冷酒のように効いてきている可能性は否定できない。

<来年1月24日を要警戒>

今年の基礎的需給がそこまで下振れしている理由は主に経常黒字の減少(貿易赤字の拡大)、対内証券投資の買い越し縮小、対外直接投資の増加の3点から説明できる。

まず、最も直感的に分かり易いのは経常黒字の減少だろう。経常黒字は今年1―9月の合計で約4.8兆円となっており、これは昨年同期(約8.6兆円)の半分弱である。周知の通り、これは貿易赤字の急増を受けたものだ。

貿易赤字は今年1―9月までの合計で約4.8兆円と、すでに昨年通年(2.5兆円)の倍以上である。このペースでいけば年内の赤字は6兆円を超えても不思議ではない。こうした通年ベースでの巨大な貿易赤字は日本の市場参加者にとってみれば、ほとんど所与のものだが、海外市場参加者にとっては非常に分かり易く、ショッキングな数字と映る可能性がある。

実際、今年1月25日、11年通年の貿易赤字が発表された際、「31年ぶりに通年で貿易赤字に」とのヘッドラインが踊り、円相場が急落したことは記憶に新しい。当該の数字が発表される来年1月24日は警戒したいところである。

また、対内証券投資縮小も円相場の需給が緩んだ小さくない要因である。今年1―9月までの対内証券投資は約6.6兆円だが、これは昨年同期(約19.4兆円)の3分の1に過ぎない。昨年は欧州不安を背景として日本国債への対内証券投資が歴史的な高水準だったこともあり、今年はその反動が出ているのかもしれない。欧米における不透明感が払拭されない間はこうした対内証券投資を背景とする資本流入は続きそうだが、日本の政治が流動化していること(特に安倍総裁の一連の発言は海外勢の円買い意欲を減退させるものだろう)、それに伴い世界最大の政府債務水準への持続可能性に断続的な不安が生じていることなどに鑑みれば、対内証券投資項目は円高要因としてよりも、円安要因としてのポテンシャルの方が強いかもしれない。

<「日本企業の円売り」はトレンド化するか>

一方、対外直接投資は、要するに日本企業による海外企業買収などの動きを反映する項目だ。金融危機以降、「企業の円売り」が為替市場で注目されることが増えている。10月もソフトバンクが米携帯電話3位のスプリント・ネクステルを約2兆円で買収すると報道された際、しばらく円相場が軟化したことが記憶に新しい。

また、昨年5月も、武田薬品工業がスイス製薬大手のナイコメッドを約1兆円で買収するとの報道を受けて同様の動きがあった。縮小する国内市場、歴史的水準にまで積み上がる企業の待機資金、海外との成長率格差、電力供給不安、不安定な政治、そして高い自国通貨等々、日本企業が海外投資を積極化させる環境は客観的にみればかなり整っており、今後も同じような動きが出そうである。これらは日本企業による「円の売り切り」であり、強い円安圧力として意識される。

こうした動きはデフレ脱却・景気回復を志向する政府・日銀も後押しする。昨年8月に財務省が発表した「円高対応緊急ファシリティ」は「急激な円高の進行に対応し、民間円資金の外貨への転換(いわゆる円投)の促進による、為替相場の安定化」を目的としており、要するに対外直接投資増加の要因による円安圧力を強めることを企図する。

先般のソフトバンクによる巨額買収は民間銀行からの融資に加えて、同ファシリティの利用も視野に入れているとの報道がみられた。また、同様のスキームを日銀も10月30日の会合で打ち出しており、その詳細は12月ないし来年1月の会合で明らかにされるだろう。客観的にみて、「最大4年、金利0.1%、無制限、邦貨でも外貨でもOK」というのは破格の条件であり、潜在的に海外M&Aの需要があると仮定すれば、利用する誘因はあるだろう。

<それでも米国次第の円安相場>

むろん、国際的な資本取引が経常取引を凌駕する今日、国際収支統計から得られる情報を基に為替相場を分析するのは限界があることは認める。しかし、バブル崩壊後のダメージに金融規制強化の流れも加わって、市場参加者がポジションを張るためのリスク許容度がかつてよりも減退しているのは事実で、基礎的需給を考える意味は相対的に高まっている。

震災以前ならば、ドル円が上昇したところで、日本の輸出企業が一斉にドル売り・円買いに走り、なかなか上値追いが叶わないという「実需の壁」が存在した。だが、上述してきたような需給環境の変化を背景に、そうした壁を感じる機会は減っているというのが日々市場から受ける印象だ。それは貿易黒字大国だった日本にとって「これまでとは明らかに違う」事象だろう。

あとは海外経済が回復し、内外金利差が確保される中で、企業だけではなく投資家(機関・個人共に)の円売りも誘発される環境になってくれば、本格的に円安反転への端緒がつかめるはずだ。ただし、悩ましいのは、米連邦公開市場委員会(FOMC)の声明に示されているように、「少なくとも2015年半ばまで」は米金利が本格的に浮揚するタイミングが到来しそうにないことだろう。需給環境の変化は明らかにドル円相場の「レンジ(値幅)」を切上げていると言えそうだが、「方向感」として基調的な円安相場が根付くためには、やはり海外、特に米国経済の立ち上がりが欠かせないことは忘れてはならない。

*唐鎌大輔氏は、みずほコーポレート銀行国際為替部のマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より現職。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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