アベノミクスへの期待で株価と同時に上場不動産投資信託(REIT)価格も、昨年12月から急速な上昇に転じた。日本のREIT価格はリーマンショックと世界不況後の割安な水準を抜け出して、すでに若干ながら割高水準に移行している。
詳しくは後述するが、REIT市場はシンガポールや香港では日本より一足先に活況を呈している。新興市場の投資マネーも加わって日本のREIT価格もまだ上がり続けそうな気配だ。
REITは、本来は短期的なキャピタルゲインよりも配当利回りを目的とした長期投資の手段だ。しかし、市況がミニバブル的な高騰をするならば、長期保有の投資家にとっても割高局面ではある程度売り抜くのが合理的な選択だろう。そこで、個別のREIT銘柄と市況水準全般の双方の割安・割高を見抜く簡便な方法をご紹介しよう。
<サブプライム危機前後の教訓>
まずREITの収益源である商業ビルなどの賃料の変化は、企業収益の変動に比べるとはるかに安定しているという事実が重要である。下図の紫色の線は不動産証券化協会が公表しているREITのオフィス賃料(平方メートル当たりの平均賃料)を「2003年3月=1.0」として指数化したものだ(ここではオフィスビルの賃料を表示しているが、住宅やそれ以外の商業施設の賃料もより短い時系列だが公開されている)。
賃料指数は最も高い時期の08年に1.06、最も低い時期の12年に0.86と、過去10年プラス・マイナス10%の変動レンジに収まっている。また、賃料は契約期間が満期にならないと改訂できないので、REIT価格の変化に対して遅行性がある。逆に言うと、東証REIT指数は賃料の変化を1年ほど先取りして変化している。
もうひとつのREITの収益性を左右する要因は稼働率(逆に言うと空室率)だ。不動産証券化協会のデータによれば、これも低い時は93%台、高い時は98%台で、全体でみると比較的安定している。また、レバレッジ比率(自己資本に対する外部負債の倍率)が高いと不動産価格の比較的わずかな変動でも自己資本に対するリターンが大きく変動するが、一般にREITのレバレッジ比率は1倍(つまり自己資本と負債の比率が1対1)前後であり、高くはない。
ところが前掲の図の通り、東証REIT指数が示す市場価格は、03年から07年のピーク時までになんと2.5倍も高騰した。そして07年夏のサブプライム危機を契機に外資を含む投資家の買いが引き、リーマンショック後の09年には高値から3分の1の水準まで暴落した。そして今また株式市場全体の急回復に連れてREIT価格も急騰している。東証REIT指数の変動率は東証株価指数(TOPIX)の変動率とほぼ同じか、時期によっては(特に06―09年は)それ以上の変動をしている。
合理的に考えれば、一般に資産の基本的な価値(市場価格とは別に推計できるファンダメンタルな価値)とは、その資産が将来生み出す純収益キャッシュ・フローをリスクに見合った割引率で割り引いて求めた現在価値の総額だ。一般企業の純利益は、前年比で何十%も伸びることもあるし、反対に赤字になることもあり、不安定で、将来の予測も困難だ。したがって、一般企業の株価の変動性は高い。
一方、REITについては収益の源泉である賃料に基づくインカム・リターンが安定している限り、将来のインカムについても安定した予想が成り立つ。したがって、市場のREIT価格の変動は一般企業の株価に比較して安定するはずだ。そのためREITは、株式よりも「ミドルリスク・ミドルリターン」の金融資産と期待されて、日本では01年から取引が始まった。ところが、市場の現実はそうではなかった。
<REITに群がった投資家の非合理性>
03年から07年までに2.5倍になったREIT価格の高騰は、この時期に賃料の期待上昇率が上がったことで説明できるだろうか。
確かにこの時期は景気の回復が持続した結果、商業ビルなどの賃料も回復、上昇基調だった。REITの保有する資産(商業ビルなど)の平均余命を30年、将来の純収益キャッシュ・フローの割引率を5%という想定で計算してみよう。仮に03年賃料の期待上昇率が0%(フラット)だったとすると、それが6.65%(30年間にわたる平均年率)にまで上昇しないと、2.5倍の資産価値の上昇は合理化できない。
06年から07年は、実質2%台の経済成長を回復していた時期だった。それでも当時このような賃料相場の長期にわたる大幅な上昇が一般に期待できる状況ではなかったはずだ。ところが、期待賃料上昇率を無理やり高めに想定することで、投資を強行する「不動産投資のプロ」がこの時期に続出した。米モルガン・スタンレーが約2800億円という破格の値付けで全日本空輸(ANA)から直営13ホテルを買収したのもこの時期だ。その後、不動産価格下落を受けて資産価値が大幅に下がり、モルガン・スタンレーが買収資金のリファイナンスに追い込まれたことは記憶に新しい。
つまり、この時期には不動産ファンドブームでREIT市場の価格形成において大幅な過大評価が起こったということだ。その後の暴落は「正気」に戻る過程だったが、「あつものに懲りて、なますを吹かす」の例え通り、市場は一転して過度な悲観に転じ、REIT価格は09年以降概ね割安に推移していた。価格が割安ということは、相対的に高い配当利回りが得られたということだ。
インカムの源泉が不動産の賃料のみで、配当可能利益の90%を配当することで法人税を免除されているREITの収益構造は一般企業に比べるとはるかに単純だ。にもかかわらず、これだけのバブル的な高騰と暴落を招いてしまうということは、投資家サイドの集合的な合理性に致命的な欠陥があるということだろう。しかし、市場の非合理性は、冷静な眼を持つ長期投資家にとっては絶好のチャンスでもある。
<割安・割高を見抜く指標>
では、個別のREITあるいはREIT価格全般の割安・割高を見抜くにはどうしたらよいか。それが「P/NAV」指標だ。
これはREITの市場価格(P)を投資一口当りの純資産価値(NAV、Net Asset Value)で割った比率だ。一般企業株式の株価純資産倍率(PBR)に似た概念だが、資産を時価評価している点がPBRと異なる。
REITの資産評価が収益還元法(DCF)で適切になされている限り、P/NAVは1.0前後で推移するはずだ。ところが、市場が過度な楽観に取りつかれている時は1.0を大きく超えて上昇し(割高)、過度な悲観が蔓延している時は1.0を大きく割れ込む。
REITは各期末の鑑定評価に基づいた資産価値を公開している。NAVを計算するためには、REITの決算報告書に基づいて鑑定評価額と簿価の差額(=含み益損)を簿価ベースの純資産に加減する必要があり、少し手間がかかる。ただし、日本のREIT市場全体のP/NAV(加重平均値)は、TMAXという不動産の鑑定・情報会社がサイト上で月に1回更新して開示している。
このP/NAVの時系列グラフを見ると、07年の割高時には1.4を超え、その後リーマンショックの08年後半に0.6を割り込む割安水準まで急落した。その後ジグザグに回復して13年1月末時点のデータでは02年以来の平均値1.07をかなり超えた水準まで上がってきている。今後実体経済の回復に連れて賃料や稼働率が上昇すれば、REIT価格も一層上昇する余地はあるが、足元の賃料収益を前提にする限り、REITは割高局面に移行し始めたのだと言える。やはり「リスク性資産は不況・危機時に買え」という方針の正しさを示唆している。
ただし、繰り返すが、このP/NAV指標は個別のREITのP/NAVを全部計算して加重平均して求めるので、算出に手間がかかり、発表も遅行する。近似的でよいからもっと手軽にREITの割安・割高を判断する手段はないだろうか。
そこで筆者は東証REIT指数をREITの賃料指数(ここでは前掲図に表示したREITのオフィスビル賃料)で割ってその時系列推移を分析してみた(前掲図の青い実線)。これは実は筆者が住宅価格のマクロ的な割安・割高を判断する指標としてPRR(Price Rent Ratio)と呼んで使っているものをREITにも適用したものだ。REIT価格を賃料収益で割るという意味で、一般企業株価の株価収益率(PER)を指数化した見方と同じだとご理解頂きたい。
前掲図の灰色の水平の破線はPRRの03年以来の平均値だ。先ほどのTMAX社のP/NAV指標に近似した推移となっている。そして、2月13日時点の東証REIT指数は、やはり03年以来の平均値を上回る位置にまで上がっていることを示している。
投資家層の楽観と悲観の大きな振幅の結果、REIT価格は賃料収入の動向に依存した基本的な価値への乖離と回帰を繰り返すのだと考えることができる。そして、過去10年のPRRの平均値(もちろん幅をもって考えるべきだが)を上回った東証REIT指数は、やはり現在のREIT価格が割高局面に移行したことを示唆している。
<アジア新興マネーの参入でミニバブル再来か>
投資家にとって気になるのは、目先どこまで割高方向に上昇するかだ。むろん、そんな予測は、地震の予知以上に原理的に困難である。それに、REIT価格のミニバブル的な高騰とその後の崩壊を経験した日本の投資家だけならば、投資家層の記憶力と学習能力がよほど貧困でないかぎり、07年のような割高水準までの高騰は期待しない方が良いだろうと筆者は考えていた。
ところが、この点で注目すべき変化が起こっているかもしれない。アジアでの新興REIT投資家層の登場だ。アジアではシンガポールのREIT指数であるSTREIT指数が12 年に45%(米ドルベース)上昇し、香港のハンセンREIT指数も36%上昇するなど、REIT市場の活況が日本より一足先に起こっている。
ニッセイ基礎研究所の増宮守氏は「アジアREIT市場の現状と投資上の注意点」(1月31日付)で、次のように述べている。
「中国本土の富裕層にとって、シンガポールや香港の不動産は、資金の海外逃避先として最も人気の投資対象のひとつであるため、シンガポールや香港などのアジアREITも同様の対象とみられる。中国でもカネ余り現象が広がっており、規制強化のため取引量が減少し、停滞した2012年の中国本土不動産投資市場の状況から、一部の資金がアジアREITに向かったと考えても間違いはないだろう」。
アジアではシンガポールと香港を含む8カ国でREITが上場され、現在100銘柄、時価総額で820億ドル(約7.5兆円)となっているそうだが、REIT市場は株や債券市場に比べれば狭隘(きょうあい)な市場だ。中国を含むアジアの新興投資家のマネーが日本でもREITの新たな買手に加われば(すでに流入しているのかもしれない)、「のど元過ぎれば熱さを忘れる」の例え通り、日本のREIT市場が再びミニバブル的な高騰を起こす可能性が高くなるだろう。割安圏でREITを購入できた投資家には、楽しみな局面となってきた。
*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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