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コラム:「行き過ぎた円安」は本当か、自然為替レートの教訓=高島修氏

過去半年強で急激に進んだ「円安」と「ドル高」を受けて、円の名目実効相場は史上最高値圏から急落。実質実効相場に至っては、足元で1980年代以降の最低水準近くまで低下してきた。

5月30日、シティグループ証券チーフFXストラテジストの高島修氏は、「円相場は割安化した」との一部の見方に対して、経済ファンダメンタルズとの対比で考えれば、その確証はまだないと指摘。提供写真(2013年 ロイター)

昨年8月に国際通貨基金(IMF)が日本経済に対する年次報告書(4条協議による経済報告書)を発表した際、実質実効円相場は1割前後の過大評価と指摘されていた。その時点からすでに2割以上下落している。果たして円の割高感の修正はすでに終わり、むしろ割安化してきたのだろうか。

<円相場「割安化」の確証はない>

実質為替相場を過去の平均との対比で語るのなら、答えは「イエス」だろう。だが、これは2―3年前に幅を利かせた「実質円相場は過去の平均水準。大した円高ではなく、したがって、さらなる円高が進む」との見解と同じである。筆者には深みのない、短絡的な議論に聞こえる。

一方、昨年8月の報告書を発表した際のIMFの指摘は興味深い。IMFは過去の平均との対比で実質円相場が1割前後の過大評価と指摘する傍ら、「現在の円相場を過去と比較すること自体が誤解を招くかもしれない。なぜなら、日本経済の現在のファンダメンタルズが過去の平均ほど強くないことは明白だからだ。高齢化、政府債務の著しい増大などの要因が影響している」と喝破していた。

これは、実質為替相場を経済ファンダメンタルズとの対比の上で考えなければ、為替相場が割高か割安かは判断できないことを意味している。実は、従来はIMF自身が実質為替相場の過去の平均からの上振れ・下振れで、円を含む各国通貨の割高・割安を評価していた。こうした単純な過去との比較をIMFは放棄し、実体経済との対比を加味する評価モデルに変更したのだ。これは為替評価モデルの世界においては、コペルニクス的転回と言っても良い。

このように為替評価をめぐる環境が複雑化する中、筆者が提唱したいのは「自然為替レート」という概念の導入である。これは、金利の世界における「自然利子率」に相当する概念だ。

名目金利から期待インフレ率を差し引いたものを実質金利と言うが、自然利子率(均衡実質金利)とは一国の経済において「貯蓄=投資」という均衡を達成させる利子率を意味する。具体的には、実質金利が自然利子率を上回っている時には、その経済には金融引締め効果が働き、実質金利が自然利子率を下回ってくると、金融緩和効果が出てくると考える。

日本においては、名目的には長らくゼロ金利政策が続いているが、デフレ期待が根強いため、実質金利はプラスで、それが自然利子率を上回っていたため、景気低迷とさらなるデフレ圧力という悪循環に陥っていた。現在、アベノミクスが取り組んでいるのは、大胆な金融財政政策でデフレ期待を払拭。期待インフレ率を上昇させ、実質金利を引き下げると共に、成長戦略(海外投資家はこれを構造改革と呼ぶ)で自然利子率を引き上げ、日銀の金融緩和効果を顕在化させることである。

これと同じ観点で、自然為替レートと実質為替相場の関係をまとめると、実質円相場が自然為替レートを上回っている間は、日本経済には引締め圧力が働き、実質円相場が自然為替レートを下回ってきて初めて、緩和効果が表面化してくる。実質円相場が自然為替レート、つまり、今の日本経済がファンダメンタルズ的に受け入れ可能な実質為替相場の水準を下回ってきているのであれば、貿易収支など国際収支面での目立った改善などを伴いながら、景気が回復し、デフレ均衡が緩やかなインフレ均衡へシフトするはずである。

逆に言うなら、そうしたファンダメンタルズ面での変化が顕在化していない間は、実質円相場が自然為替レートを下回ってきた、すなわち円相場が割安化したとの確証は得られない。実質実効円相場が過去平均から2割近く下落したので、円の割高感の修正が終わったとか、円相場は割安化したとか、そういった単純な話ではないのである。

<米国も安易な円安批判はできない>

実質為替レートを上昇(割高化)させるものは、名目為替レートの上昇か、海外を上回るインフレである。逆に実質為替レートを低下(割安化)させるのは、名目為替レートの下落か、海外に対するディスインフレである。

もちろん、実質円相場を低下させる方法には、名目円相場の下落だけでなく、デフレ均衡を継続させるという手もある。だが、上述の通り、現在、アベノミクスと黒田日銀が取り組んでいるのは、インフレ期待の醸成に伴う実質金利の引き下げである。これと整合的なのは、名目円相場の下落に伴う実質円相場の低下と考えるのが自然だろう。円相場はまだ下落しやすい政策環境にある。長期的には、日本のインフレ率が海外諸国に近づくまで、そうした政策環境は変わらないかもしれない。

ここで一つ気になるのは、米国をはじめとした海外諸国の円安に対する反応である。特に米財務省は4月に発表した為替報告書(半年ごとに米財務省が米議会に提出するもの)で、人民元や韓国ウォンと並んで、円について多くの紙面を割き、「米財務省は日本政府が競争的な為替切り下げや為替レートを政策ターゲットとしないように圧力をかける」と言明。「日本の政策がどれほど内需の成長を支えるか緊密に監視する」ともつけ加え、その後、この文言は2月に新たに就任したルー財務長官もことあるごとに繰り返し述べている。

ドル100円が具体化し始めたころから、米国の円安黙認姿勢に何らかの変化が生じたのは明らかだ。だが、足元では、史上最高値の更新を続けるなど、米株価が力強い上昇を続ける中で、ドル高が進んでいる。しかも、2月以降のドル円の上昇は、米ドル通貨インデックスの上昇に沿ったものとなっている。つまり、ドル100円超のドル高円安の牽引役は、「円安」と言うよりも「ドル高」の側面が強いのである。米国政府としても、安易に円安を牽制するわけにはいくまい。

日本政府にしてみれば、円安傾向はあくまでも日銀の金融緩和に伴う副産物であり、為替操作を行っているわけではないとの抗弁が可能だろう。また、前述した「自然為替レート」の概念を用いれば、円相場はまだ割高感を完全払拭したり、ましてやすでに割安化したわけではないことを、論理的かつ容易に海外当局に説明することもできる。

*高島修氏は、シティグループ証券のチーフFXストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリスト。2010年シティバンク銀行入行、チーフFXストラテジストに。2013年5月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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