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コラム:イエレン氏証言はドル100円台定着を意味せず=池田雄之輔氏

米東部時間14日午前(日本時間15日未明)、世界中の金融関係者がイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長候補の発言の一つ一つに耳を澄ましていた。「期待通りのハト派だった」との見方が広がる。

11月15日、野村証券・チーフ為替ストラテジストの池田雄之輔氏は、14日のイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長候補の証言を「ハト派的」と解釈した市場の見込みは甘すぎると指摘、11月の潜在的な円高リスクにも注意を促した。提供写真(2013年 ロイター)

日本時間の14日夕刻にすでに期待先行で1ドル=100円を突破していたドル円は、15日午前の東京市場で100.31円まで上昇した。市場は「米国景気が堅調でも量的緩和(QE)の縮小(テーパリング)が遅れる」と解釈し、大幅の株高で反応。リスクオンがヘッジファンド勢のドル買い・円売りを後押しする、という展開になっている。「年末には105円か」という威勢の良い掛け声も出てきた。しかし、11月には円高リスクも潜んでいるので注意が必要だ。

14日のイエレン次期FRB議長の公聴会では、同氏の議長としての資質を問いただすような質問は、上院銀行委員会のメンバーからは出てこなかった。「史上初の女性議長」の誕生は間違いないと言って良さそうである。12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、さっそく「引き継ぎ」が行われ、イエレン氏が事実上、議長として議論をリードするとの見方にも説得力がある。

しかし、それは政策の変化を意味するわけではない。今回の公聴会のテキストを入念に読み込めば、頭の中に広がる声の主はバーナンキ議長そのものではなかっただろうか。イエレン氏の主張は、もちろん安全運転だったとはいえ、まるでバーナンキ議長の政策姿勢をそっくりそのまま継承していたように思えてならない。あるいは、バーナンキ議長の方こそ、近い将来のバトンタッチを予想して、テーパリング見送りを決定した9月FOMCでは、イエレン副議長の政策姿勢に寄り添ったのかもしれない。

イエレン氏が「緩和を継続」と繰り返したことを「ハト派的」と解釈した市場は、見込みが甘すぎるように思える。従来、バーナンキ議長は再三、「緩和は縮小しても終了しない限り、追加的な緩和効果を持ち続ける」と主張していることを思い出すべきだ。イエレン氏のスピーチには、早期のテーパリング開始を否定する内容など、どこにもなかったのだ。

<米雇用情勢の景色が一変>

11月8日は2カ月ぶりの「ペイロールフライデー」となった。10月が政府閉鎖のため、変則スケジュールとなったためである。発表を見守っていた市場参加者は、おそらく全員、目を疑ったはずだ。

「10月の雇用増は20万4000人」。政府機関一部閉鎖の影響を考慮した事前の市場予想約12万人から大幅の上振れ。しかも、「8・9月分は計6万人の上方修正」。米国雇用情勢について市場が描く景色は、「減速」から「加速」へと一変した。

直近3カ月の雇用増加ペースは20万2000人にまで上がった。同統計が発表される前の7―9月平均が14万3000人であり、これはもはや単なるサプライズの域を超えている。弱気に傾きつつあった市場は、はしごを外された格好と言っても良い。債券相場急落(米長期金利急騰)で傷ついた投資家は当面、米国債ロングには動けなくなってしまったかもしれない。米国10年債利回りは再び3%に近づいていくだろう。

加えて重要なのは、将来の米国景気への楽観論が広がる可能性が高まったことだ。今回、政府閉鎖、債務上限交渉をめぐる政治混乱が、ISMなどの景況指標だけでなく、雇用にもほとんど悪影響を及ぼさなかったことがはっきりしたのである。この先に控えている12月の歳出削減交渉、2月の債務上限引き上げ交渉、の潜在的な景気への影響についても、悲観的な見方が払しょくされるだろう。

<12月テーパリング開始もあり得る>

今回の雇用統計が強かったことは、FRBのQE縮小スケジュールを再び早めたといえる。各社エコノミストは、8日のサプライズ後、一斉にテーパリング開始時期を従来の「3月以降」から「12月ないし1月」に前倒ししている。

バーナンキ議長最後のFOMCとなる1月会合(28―29日)では、投票権を持つ地区連銀総裁の顔ぶれが大幅にタカ派化する。プロッサー総裁(フィラデルフィア連銀)、フィッシャー総裁(ダラス連銀)が早期縮小を唱えて投票すると見込まれるのだ。しかも、年明け後の会合であれば、クリスマス商戦の最終結果を評価できるというメリットも併せ持つ。

しかし、テーパリング開始を「年内(later this year)」と明言し続けてきたバーナンキ議長にとって、12月会合(17―18日)で実施に踏み切る選択肢も当然、復活しているだろう。9月にギリギリの判断で減額開始を見送った理由として議長は、1.景気の力不足、2.市場金利の上振れ、3.財政交渉をめぐる不透明感、の3点を挙げていた。これらはすべてクリアされたと言って良い。次回の雇用統計が過去分も含めて大きく崩れない限り、12月の減額開始は視野に入っていよう。イエレン副議長のスタンスも、まったく同じだと見た方がいい。

<年内の想定レンジは96―103円>

ドル円にとって重要な市場の指標は2つある。リスクセンチメントと米2年債利回りだ。まずリスクセンチメント、とりわけ米国株式市場は調整に転じるリスクをはらんでいる。

というのも、イエレン次期議長の真意への理解が高まり、テーパリングへの警戒が強まれば、「流動性相場の終焉」との見方も出てくる。また、11月のヘッジファンド決算を控えて、ここまで右肩上がりで上昇してきた米国株には利食い売りが出やすい。

次に、米国中期ゾーン金利。FRB内ではQE長期化の弊害への意識が高まっており、高官のスピーチを読む限りでは、早期の減額開始には抵抗感が少なそうだ。一方、将来の利上げは、なるべく市場に織り込ませたくない意向が強い。FRBのスタッフメンバーが最近発表した複数の論文も、ゼロ金利の長期化を約束する「フォワードガイダンス」の有効性を取り上げている。

これはイエレン氏の持論ともぴたりと重なる。テーパリング開始と同時に、現在「失業率6.5%」となっている利上げの必要条件を引き下げるなど、ハト派的施策が組み合わせられるとの見方は再度、強まる可能性がある。

米国株価が調整するリスク、米国2年金利が目先頭を抑えられる可能性が高いことを踏まえると、1ドル=102―103円をすんなり目指すとは想像しにくい。ドル円の上昇(円安)が再度明確になるのは、市場がテーパリングへの警戒ムードに慣れ、米国の年末商戦の強さがハッキリしてくる12月以降だろう。筆者の12月末予測値は1ドル=102円で変更する必要がないと考える。ここから年末までのレンジは1ドル=96―103円とみている。

もちろん、来年以降は、日米金利差の緩やかな拡大、貿易赤字など強力な「実需の円売り」の定着を背景とした円安は見通しやすくなるだろう。2014年末の筆者予想値は1ドル=110円である。目先、「イエレン氏はテーパリングに消極的」との誤解がとける中で、リスクオフによるドル円下落が実現した際には絶好の押し目買いチャンスになるだろう。

*池田雄之輔氏は、野村証券チーフ為替ストラテジスト。1995年東京大学卒、同年野村総合研究所入社。一貫して日本経済・通貨分析を担当し、2011年より現職。「野村円需給インデックス」を用いた、円相場の新しい予測手法を切り拓いている。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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