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コラム:デルタ株拡大で「偽りの夜明け」か、ドル下落リスクも=上野泰也氏

[東京 27日] - 新型コロナウイルスによる今回の危機は、筆者が想定してきた通り、長期化している。変異株の一種であるデルタ株(インド株)が世界のあちこちで拡大しており、その感染力の強さには専門家の中からも驚きの声があがる。

新型コロナウイルスによる今回の危機は、筆者が想定してきた通り、長期化している。変異株の一種であるデルタ株(インド株)が世界のあちこちで拡大しており、その感染力の強さには専門家の中からも驚きの声があがる。写真はドル紙幣。ソウルで2011年2月撮影(2021年 ロイター/Lee Jae-Won)

行動規制の再導入に追い込まれたイスラエルでは、新規感染者の半数以上がワクチンを2回接種済みだという。金融市場の内外で広がったワクチン接種効果への過剰な期待感は、修正を余儀なくされつつあると言えるだろう。

ワクチン接種で重症化リスクが低下するとしても、感染者が増え続けるのであれば、時間の経過とともに医療体制への負荷は増していく。より一層強力となる方向での、ウイルスの突然変異への警戒も怠れない。また、北半球の秋から冬には、人々の行動が屋外から屋内へとシフトしがちであり、ウイルス感染が拡大しやすくなる。

<間違っていた予測>

白川方明氏は、日銀総裁時代にかの有名な「偽りの夜明け」というフレーズを含む講演を2009年4月23日にニューヨークで行った際、「人間の常として、物事がいくぶん改善すると楽観的な見方になりがち」だと喝破した。実に説得力のある見方であり、その実例を筆者は金融市場の内外で、何度も目にしてきた。いわゆる「希望的観測」である。

昨年春に新型コロナウイルスの脅威が人々の知るところになった際、そうした希望的観測の1つとしてしばしば聞かれたのが「夏に猛暑が来ればウイルスの活動が不活発になり、この感染症の流行は終わるだろう」という説だった。

少し考えればわかることだが、これは実におかしな話だった。北半球が夏であれば、南半球は冬であり、ウイルス感染は逆に拡大しやすい。しかも、航空機という便利な輸送手段があるので、南半球から北半球へとウイルスは迅速に流入することが可能である。

さらに言えば、日本を含む北半球の住人は猛暑の季節に、実際に非常に高い気温の中で生活し続けているわけではない。エアコンという便利な製品が普及しており、室内にいてこの機械を作動させていれば、快適な生活環境が提供される。以上2つのことがあるがゆえに、インフルエンザは北半球の夏場にもしばしば流行する。

次に広がったのが「ロックダウン(都市封鎖)」や緊急事態宣言をしばらくがまんすれば、ウイルス感染は沈静するはずだ、という空気だった。これも「希望的観測」の一種と言えるだろう。

ウイルス感染は「人が動く」ことで拡大する。それなら感染拡大の連鎖を止めるために「人が動かない」ようにしてしまえばよいというのが、上記の措置のベースにある考えである。

けれども、そうした行動規制は対面型のサービス産業を中心に国の経済に大きなダメージを及ぼすため、長期間続けることには無理がある。したがって、ロックダウンはどうしても時限措置になるわけだが、その間にコロナウイルスが死滅するわけではない。

むしろ、突然変異によりパワーアップしてきたのが、現実の動きである。ロックダウンや緊急事態宣言が解除されると、時間が経過するにつれて感染拡大の次の「波」が押し寄せてきて、各国の当局は対応に苦慮することになった。

最近では、新型コロナウイルスワクチン接種完了証明、いわゆる「ワクチンパスポート」の所持を条件にして国境管理を緩めようとする動きが、日本を含むいくつかの国で出ている。これにも危うい面がある。すでに触れた通り、接種されているワクチンは、重症化・死亡のリスクを低下させる効果は期待できるものの、感染リスクを低下させる効果は不十分であり、変異株に対する効果は一般に落ちる。

さらに、時間の経過とともに体内に形成された抗体が消滅してしまうケースが少なくないことも報告されている。かなり前に接種を完了している場合でもワクチンパスポートは有効とみなされるのか、抗体の持続や強化を狙って3回目のワクチン接種、いわゆる「ブースター」接種が必要だと今後される場合、既存のワクチンパスポートをどう扱うのかなど、すぐに思いつく問題点もある。 

いずれにせよ、国内だけでなく国境を越えて人の行き来が活発になれば、ウイルス感染が拡大するリスクはそれに連れて大きくなる。

<各国中銀に悩ましい現実>

以上の点に関して踏み込んで中央銀行当局者や市場関係者が新型コロナウイルスのリスクについて考察し、検討を加える場面は、今のところまだ少ないようである。ここで世界の中央銀行の最近の動きを見ると、それぞれの国内事情からまちまちとなっている。

欧州中央銀行(ECB)は7月8日、戦略見直しを発表。物価目標をそれまでの「2%弱」から「中期的に2%」に変更した上で、一時的な上振れを許容した。同月22日の理事会では、物価目標の変更を反映する形で、フォワードガイダンス書き換えを決定した。

これらは、過去の失敗を教訓にしつつ時期尚早の利上げを行いにくくするハト派的な決定であり、ユーロ売り材料である。ただし、それはもっぱら物価目標達成という観点からのものであり、デルタ株感染が欧州大陸で急速に拡大していることは、今後のリスク要因という扱いである。

一方、ロシア中央銀行は7月23日、政策金利を一気に1%ポイント引き上げて6.5%にした。経済活動の再開で需要が急増する一方、国内の供給能力に限界がある上に、通貨ルーブルが軟調で輸入インフレ圧力がある中での決定である。ロシアでは、自国製ワクチンへの信頼感が低いこともあって接種率が低く、新型コロナ感染拡大が急速に進んでいるのだが、同国の中銀はインフレ率の抑制にのみ焦点をあてている感が強い。

この間、南アフリカとインドネシアの中央銀行は、政策金利を3.5%に据え置いた。両国とも新型コロナ感染拡大に苦しんでおり、低金利維持で景気を下支えする。南アはズマ前大統領収監に端を発した暴動発生が、追加的な景気下振れリスクになっている。

そうした中で、当面の動向が最も注目される中央銀行が、オーストラリア準備銀行(RBA)である。同行は7月の理事会で、9月からの量的緩和(債券買い入れ)縮小、いわゆる「テーパリング」開始を決定した。ただし、議事要旨には買い入れ額の増減は柔軟に行う必要ありとの見方で一致したと記されていた。

その後、同国では広範にロックダウン(都市封鎖)が実施され、景気腰折れ観測が急浮上している。8月3日の理事会でテーパリングを先送りするとの観測、あるいは逆に買い入れを増額する必要ありという見方が出ている。

RBAの動きは、年末までにテーパリングを巡る議論を決着させるとみられる米国の米連邦準備理事会(FRB)の動きや、それに関連するマーケットの見方に、微妙に影響を及ぼすだろう。

デルタ株が猛威を振るえば振るうほど、FRBのテーパリングは先送りされやすく、スライドして米国の利上げ開始時期も遠ざかる。頭打ちになっているワクチン接種率なども含め、新型コロナウイルスを巡る状況を総合的に考えると、米国の利上げ開始はやはり、2024年以降にずれ込むのではないか。早期利上げ実施の織り込みをはがし切れていない米債券市場では、中期ゾーンの金利に低下余地がまだある。

日米金利差に着目して動く場面もあるドル/円相場では、ドルの上値は今後も重く、年内には107円を下回って105円を視野に入れる場面もあるだろうと、筆者はみている。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

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