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コラム

コラム:ソロスチャート愛好者がけん引した円安、暴走リスクも

田巻 一彦

4月9日、外為市場では100円目前まで円安が進展。「量的・質的金融緩和」の効果がさく裂した結果だが、海外投資家が「ソロスチャート」的なわかりやすさに反応しやすいことを黒田日銀総裁が強く意識した結果ではないかと指摘したい。都内で2010年9月撮影(2013年 ロイター/Yuriko Nakao)

[東京 9日 ロイター] 外為市場では、100円目前まで円安が進展している。黒田東彦日銀総裁が決断した「量的・質的金融緩和」の効果がさく裂した結果だが、米欧などの海外投資家が「ソロスチャート」的なわかりやすさに反応しやすいことを財務官経験者である黒田総裁が、強く意識した結果ではないかと指摘したい。

ただ、この先に予想される「Jカーブ効果」で貿易赤字が予想以上に膨らむと、想定外の円安加速に結びつくリスクもある。期待に働きかける手法には、市場の暴走を誘発する副作用もある。

<マネタリーベース2倍に反応した海外勢>

5日に発表された3月米雇用統計は、事前予想を下回る弱い結果だった。本来ならドル売り材料と意識され、対ドルで円安の勢いは弱まると見られていたが、現実は大幅な円安進行となった。市場では要因をめぐって様々な観測が交錯したが、最大の原因は4日に発表された「黒田緩和」だ。中でも強烈な効果をもたらしたのが、マネタリーベースは2年間で2倍に、というターゲットだ。2012年末の138兆円の残高を14年末に270兆円へと増加させるという動きをグラフ化して、記者会見で提示。急激に増加している部分を指さして、黒田総裁は「ここが異次元緩和」と指摘した。

海外勢には、マネタリーベースの残高に反応しやすいというトラックレコードがある。特に為替面では、ジョージ・ソロス氏が作成した「ソロスチャート」が有名で、過去の円高局面をうまく説明できると市場関係者に理解されてきた。ソロスチャートは、日本のマネタリーベース/米国のマネタリーベースで得られる数値を時間の経過とともにグラフ化したもので、この動きがドル/円のトレンドと似ていると、海外勢の中では”愛好者”が多かった。

<黒田総裁は海外勢の動向を先読みしていた可能性>

「黒田緩和」をソロスチャートに当てはめると、急速な円安が現実に展開される──という発想が、足元の外為市場で急速に広がったようだ。米欧の投資家の中には、「わかりやすさ」に力点を置いて実際の投資行動に結びつけているケースが多い。マネタリーベースの増大が通貨の減価に結びつくというロジックは、足元の外為市場では、多数説を形成している。

この点を黒田総裁は、明快に認識していたのではないか。財務官として通貨変動コントロールの最前線にいた経験が、「黒田緩和」のプレゼンテーションに遺憾なく発揮されていたとみていいだろう。

<円安を静観する米当局、広がる容認観測>

また、急速な円安の進展に対し、米当局から懸念や批判などのメッセージが出ていないことも、金融政策の発動を通じた円安は当面容認されるのではないか、という見方に力を与えている。米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長は8日、世界の主要先進国の緩和的な金融政策は全般的にすべての関係国にとって有益だとの見解を表明。大半の主要先進国は緩和的な金融政策を実施している。差し引きすると相互に建設的だ」と述べ、「黒田緩和」への直接的な批判を避けている。

ただ、ソロスチャート的な発想が”万能”と見るのは、早計だ。まず、ソロスチャート自身、最近の為替動向を正確には示していないという理由で、ベースマネーから超過準備額を控除して作成する「修正ソロスチャート」が、より有効性を示していると市場関係者の中で認識されている。単純なマネタリーベースの比較では、正確な予測はできないということだろう。

また、経済が活発になり、銀行貸し出しが増加し、投資家がリスクを取って様々な経済活動に力を入れ始めると、日銀の供給したマネーは、マネタリーベースにとどまっていない。東海東京証券・チーフエコノミスト、斎藤満氏は「トランスミッションメカニズムが働き始め、資金が海外のアセットへと流出を加速すると、円安が急速に進展するだろう。だが、その時はマネタリーベースは増加から減少へ転じている可能性がある。マネタリーベースと通貨変動は、全く別の動きを見せる可能性がある」と指摘する。

<貿易収支が赤字基調の下での円安、市場の過剰反応を誘発するリスク>

当面、日本のマネタリーベースの急増を材料に、外為市場では円安が進むだろう。黒田総裁が2年間で2倍の残高にすると明言した結果、ドル/円が100円近辺で安定するという仮説の蓋然性は、かなり低くなったのではないか。市場では、105円から110円まで円安が進むとの推計も出てきた。

ここで私が懸念するのは、110円近辺で円安が止まらなくなるリスクだ。円安の進展は、基調的に貿易赤字となってしまった日本にとって、一段の赤字膨張リスクを突き付けることになる。貿易赤字が年間13兆円を突破するなら、経常収支は年間で赤字に転落する可能性が高まる。そこまで見通している市場参加者は、現在のところ少数派にとどまっているが、Jカーブ効果が本格的に出てくると、貿易赤字の急拡大が現実味を帯びるだろう。

そうなると、市場は過剰に反応し、円安がさらに進む事態も予想される。行き過ぎた円安は、株安につながりかねない。こうした潜在的副作用の面についても、政府・日銀は今のうちから検討を進め、リスク対応を適切に実施してほしい。

*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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