May 28, 2014 / 6:43 AM / 4 years ago

コラム:量的緩和、最後で最大のリスクは中銀の巨額損失=竹中正治氏

[東京 28日] - 4月30日に発表された米国の今年第1四半期の実質国内総生産(GDP)成長率は、記録的な大雪の影響があったとは言え前期比年率でわずか0.1%にとどまった。ところが、その後2日に発表された4月の雇用統計は非農業部門就業者数が前月比28.8万人増、失業率は6.3%に下がり、予想を上回る結果となった。

果たして米国景気は上向いているのか、それとも一部で言われるように「低成長の罠」にはまる方向にあるのか。

<米経済は「減速成長・低失業率」局面へ>

結論から言うと、今後の米国経済は趨(すう)勢的な「減速成長・低失業率」の局面に移行するだろう。これは矛盾ではないし、悲観的になることでもない。その結果、段階的に縮小されている現行の量的金融緩和第三弾(QE3)は、現在見込まれている通り今年10月前後には終了し、来年の中頃にはゼロ金利解除、つまり最初の利上げが実施される可能性が高い。ただし、その局面で米連邦準備理事会(FRB)はQEの最後で最大のリスクに直面することになる。以下、順を追って説明しよう。

まず、今後の実質GDP成長率は第2から第4四半期まで3%台(前期比年率)に成長率が高まることが予想される。しかし、第1四半期の0.1%の実績を前提にする限り(今後改訂される可能性はあるが)、通年では2%台の成長率にとどまる。米国の趨勢的な成長率は1970年代から2000年代前半まで平均で3%強だったので、それに比べるとこれは減速成長だと言える。

にもかかわらず低失業率に向かうというのは、米国のベビーブーマー世代の現役引退が進み、労働人口が緩やかに逓減する局面に入っているからだ。

米連邦議会予算局(CBO)のレポート(The Budget and Economic Outlook:2014‐2024)は、2014―17年の潜在的な労働力伸び率(年率)を0.6%と見込んでいる。これは1950―2013年の同平均1.5%、あるいは1991―2001年の1.3%に比べて、0.7―0.9%低い。

したがって、2000年代前半までの趨勢的な成長率3%強から労働力伸び率の低下分を差し引けば、今後の趨勢的な実質GDP成長率が2%台となるのは人口動態の変化から見て自然なことに過ぎない。FRBメンバーの予想も今年から来年は3.0%前後の成長を見込んでいるが、それ以降の予想の平均値は2%台だ。

この減速はいわゆる「ニューノーマル論」として語られる「金融危機の長期後遺症」などとは全く関係のない「はるか以前から人口動態的に見込まれていたこと」に過ぎない。金融危機の後遺症について言えば、米国では家計も金融機関も、金融危機による資産価格の急落が引き起こしたバランスシート調整はとっくに終了している。

また、失業率の低下について、近年の労働参加率の低下が示すように就業を諦めた人々が増えた結果であり、実際は見かけほど良くはないとの指摘がある。この点は部分的に真実である。

前掲のCBOレポートは労働参加率が2007年第4四半期の66.0%から13年第4四半期に62.9%まで約3ポイント低下した要因の内訳を以下のように分析している。

ベビーブーマー世代引退など人口動態要因による分が1.5ポイント、労働市場の環境が厳しくて就業活動を諦める要因が1.0ポイント、労働市場の環境が厳しくて早期引退をする要因が0.5ポイントである。

<減速成長でも失業率は低下へ>

では、2%台の実質GDP成長率で失業率は低下・改善を続けるのか。この種の様々な予想についてFRBは「大規模一般均衡推計モデル(large‐scale estimated general equilibrium model)」を開発、使用して、精緻かつ包括的な推計をしている。

ただし、2007―08年への危機の深刻化と大不況についてFRBに先見的な予想ができたとは言い難い。これが経済という複雑系の面白いところだ。そこで筆者はもっとざっくりとした見方をしてみよう。

図は縦軸に実質GDP成長率(前年同期比)、横軸に失業率の変化(前年同期比差分)とし、1950年以降の各四半期の分布を示したものだ。失業率とGDP成長率の変化の間には「オークンの経験則(成長率形式)」と呼ばれる以下の式で示される傾向があることが知られている。

実質GDPの変化=K‐C×失業率の変化

この式は実質GDPが増加する時には失業率は低下し、逆ならば逆となる関係を示している。定数「‐C」はGDPの変化と失業率の変化の負の相関関係を示す相関係数である。定数項「K」は失業率の変化ゼロの場合の成長率であり、すなわち長期的に持続可能な成長率(潜在成長率)だ。図では横軸の失業率の変化がゼロである時のGDP成長率の水準、つまり近似線の縦軸との交点(Y切片)の値がKである。

時代を追って見ると、分布の近似線の傾きが次第に下がってきていること、近似線のY切片が示唆する潜在成長率も下がっていることがわかる(図の脚注に示した「決定係数」は0から1までの値をとり、1に近いほど近似線の説明度が高いことを意味する)。

これはひとことで言えば、より低い成長率の上昇で失業率が低下することを意味している。冒頭で今後の米国では減速成長と失業率の低下・改善が併存すると言ったのは、こうした変化を前提にしているわけだ。

「それはわかったが、潜在成長率の低下傾向はやはり悲観材料ではないのか。2005―14年の近似線の方程式はK=1.765で、潜在成長率が2%を割れ込んでいることを示唆しているではないか」と思う読者もいるだろう。この点については、図からは趨勢的な変化の方向性だけをくみ取り、短期・中期のデータであまり杓子定規にオークンの経験則を当てはめて考えない方が良いと申し上げておこう。

前掲のCBOレポートでは、2014―24年の米国の潜在成長率の要因内訳を、1)労働投入量要因0.4%、2)設備投資要因0.9%、3)全要素生産性要因1.2%と想定し、合計で潜在成長率を2.5%と推計している。これは1950年から2013年までの同潜在成長率3.5%に比べると減速である。しかし、2008年前後を境に人口動態要因が経済成長の押し上げ要因だった「人口ボーナス」から成長抑制要因になる「人口オーナス」に転換した米国経済としては、自然な成長率だ。

こうした趨勢的な変化を前提に考えると、今年通年の米国の実質GDP成長率が2%台でも失業率は来年にかけて6.0%を割れ込み、5%台に低下するだろう。これは今年の2月時点で公表されているFRBメンバーの失業率改善予想の平均よりやや速い改善だ。

ちなみに、バーナンキFRB議長の時にQE3を継続するめどとされた失業率6.5%は1980年以降の失業率のちょうど平均値である。したがって、6%を割れて5%台に低下すれば、明確な低失業率局面への移行と言える。

インフレ率の見込みはどうか。2005―14年のデータに基づいて、FRBが重視している物価指標である個人消費支出(PCE)価格指数(前年同期比、除く食品とエネルギー)と失業率の相関関係(いわゆるフィリップス・カーブ)を見ると強い負の相関が確認できる(相関係数は-0.79、決定係数は0.62)。この関係性をベースに判断すると、今年から来年にかけて予想される失業率5―6%のレンジに相当するPCE価格指数は2.0―2.5%である。

現在の同価格指数は1.2%(3月時点、前年同月比)とFRBが望ましいと考える2%を下回っている。しかし、失業率の低下にしたがって賃金(総平均週間給与)は4%台の伸びとなっており、1年後には一層の雇用改善と並んで消費者物価指数も2%台に乗せてくる可能性が高そうだ。消費者物価指数も2013年以降1%台後半(前年同月比)だったが、4月は総合で2.0%、食料とエネルギーを除くベースで1.8%と上がってきた。

<連銀にとって最悪のシナリオとは>

以上、失業率の低下、インフレ率の穏やかな上昇見込みを総合すると、今年の10月前後にはQEの終了、そして来年中頃にはFRBがゼロ金利解消に踏み出すという見通しは無理のない自然な見込みだろう。

しかし、このQEからの出口の際に最大のリスクが待ち受けている。

これまでのQEの結果、連邦準備銀行(以下連銀)のバランスシートには負債サイドに約2.6兆ドルの民間銀行の超過準備預金残高(民間銀行の連銀における準備預金残高のうち必要準備金を超える金額)が積み上がっている。これが連銀の資産サイドの短期から中長期の保有債券残高(主に国債と不動産担保証券)に見合っている。

この両建ての残高が次第に縮小する必要がある。連銀は既存保有債券を売却するのではなく、償還期日まで保有することで時間をかけた縮小を見込んでいるはずである。しかし、もしもインフレの上昇が予想よりも早く、比較的急速に金利を引き上げなくてはならない場合は、利回りが上がった政府短期債券やマネーマーケット(レポ市場やフェデラルファンド市場)への超過預金準備のシフトが急速に進む。

その場合、連銀は資産サイドの債券の保有を維持するためには自らが引き上げた金利水準でマネーマーケットから資金調達(民間からの連銀の資金吸収)をせざるを得ない。あるいは準備預金に現在付利されている0.25%の利率を引き上げる手もある。

いずれにせよその結果、連銀にはQEで積み上げた低利回りの債券運用と上昇した資金調達コストの間で利鞘の悪化(逆ザヤ)が生じる。この損失規模は対象となるバランスシートが2.5兆ドルならば、1%で年間250億ドル(約2兆5000億円)にもなる。

連銀の連結ベース自己資本は547億ドル、純利益は財務省への国庫納付金884億ドルの支払い前で906億ドル(2012年)である。ちなみに、QEによるバランスシートの拡大で国庫納付金支払前の連銀の年間期間利益は、危機前の250億ドル程度から900億ドルの規模まで増加している。

連銀にとって最悪のシナリオは、現在の見込みよりもインフレ率の上昇が早まり、引き締めを急がなくてはならないケースである。その場合には、保有債券の償還到来を待つのではなく、売りに出ることで金融引き締めに動かなくてはならないかもしれない。その場合は、債券価格が低下(利回りが上昇)している市場で売るわけだから、中長期債を中心に莫大な損失が連銀に生じる。

もうおわかりだろう。繰り返しQEの終了から金利の引き上げまでには相応の期間があり、その後の金利の引き上げのテンポもおそらく緩やかだろうとFRBが繰り返しているのは、景気と市場への配慮のように受けとめられているようだが、実は連銀のバランスシートと巨額損失リスクへの配慮も含意しているのだ。

もちろん、FRBはこうしたリスクも承知でQEを始めた。現在のFRBの見込みでは、金利引き上げで見込まれる損失は、今後数年間の連銀の期間収益で吸収可能な範囲に止まり、財務省への国庫納付金額がある程度減る範囲で吸収可能と考えられている(注1)。

わたしもそうなる可能性が高いと思うが、予想以上に極端なことも起こり得る。FRBの読み通りになるかどうか、あるいは巨額損失を伴うハードランディングになるか、それは今後のインフレ動向次第である。

最後に言い添えれば、日銀も同様のリスクを抱えている。しかも、量的金融緩和期の短期と長期金利の金利格差が日本では米国よりずっと小さいので日銀の収益は米国連銀よりもずっと小さい。このため将来の金利上昇に対する耐久力も日銀の方が小さく、より大きなリスクを抱えていると言えるだろう(注2)。

*参考文献:(注1)“The Federal Reserve's Balance Sheet and Earnings: A primer and projections” Finance and Economics Discussion Series, 2013-01, FRB (注2)稲垣賢秀、左三川(笛田)郁子、(監修)岩田一政「異次元緩和の出口で発生するコスト」公益社団法人日本経済研究センター、金融研究レポート 2013-4

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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