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コラム:ドラギマジック、欧州の緩和中毒を増幅へ=田中理氏
June 6, 2014 / 8:03 AM / 4 years ago

コラム:ドラギマジック、欧州の緩和中毒を増幅へ=田中理氏

[東京 6日] - 「マイナス預金金利プラスアルファ」は規定路線――。膨れ上がった市場の期待を上回る秘策として欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が用意したのは、本格的な量的緩和以外の追加緩和メニューをあまねく並べる政策総動員だった。

ECBは5日の理事会で、1)マイナス預金金利を含む追加利下げの実施、2)条件付き長期流動性供給オペ(TLTRO)の開始、3)資産担保証券(ABS)購入プログラムの準備作業開始、4)固定金利・無制限供給オペの延長、5)証券市場プログラム(SMP)に基づく国債購入の不胎化中止、から成る追加緩和パッケージを発表した。

市場の待望論が根強い本格的な量的緩和の導入こそ見送られたが、会合前に緩和メニューとして挙がっていた政策の全てを詰め込んだ大盤振る舞いに、まずは度肝を抜かれた。

わずか10ベーシスポイント(bp)の小粒な利下げ、どれだけ利用されるか分からない新たな資金供給策、まだ計画段階の資産購入策、新味のないオペの特例延長措置、一回限りの事後的な量的緩和など、1つ1つの政策措置はゲームチェンジャーと呼べるようなインパクトは期待できそうにない。だが、まとめて提示されると不思議に強烈な政策に思える。実際、複数の政策措置の合わせ技による相乗効果も期待できる。

市場の期待を上回る大規模な緩和策に仕立てあげた演出の巧みさは、「2年・2倍・2%」の黒田緩和に通ずるものがある。事前に追加緩和期待がかなり強く織り込まれていたこともあり、さすがに政策発表直後のユーロ安は続かなかったが、「噂買いの事実売り」を最小限に食い止めたのは十分な及第点が与えられるのではないだろうか。

<マイナス金利の効果は期待できるか>

利下げ効果はあるのだろうか。上限の限界貸出ファシリティ金利、下限の預金ファシリティ金利の間に無担保翌日物平均金利(EONIA)を誘導するのがECBの基本オペレーションだが、固定金利・無制限供給方式のオペを採用してからは、主要政策金利がEONIAに事実上のキャップをはめている。

定例オペで必要資金を全額借り入れることが可能であり、限界貸出ファシリティの利用機会が減っているためだ。今回の利下げによって、EONIAは10bpほど下方にシフトすることになり、短期金利を中心に市場金利全般に低下圧力が及ぶことになろう。

マイナスの政策金利の効果はどうか。預金ファシリティ金利をマイナスに引き下げたことで、民間銀行が余剰資金をECBに預け入れる際に、罰則金利(安全な預金への預け入れ安心料や手数料)を課せられることになる。こうした措置は最近までデンマーク中銀が導入していたが、主要中銀としては初の試みで注目を集めている。

細部の制度設計もなかなか練られていた。マイナス預金金利の導入に当たっては、単に預金ファシリティ金利を引き下げるだけでは、銀行が余剰資金の預け入れ先を、罰則金利が課せられる預金ファシリティから、付利のない当座預金に移し変えるだけの結果に終わる可能性があった。

だが、今回は所要準備を上回る余剰資金にもマイナス金利を適用するとしたことで、余剰資金を当座預金に滞留させるインセンティブが低下し、インターバンク市場で他行に資金を融通したり、銀行貸出に振り向けたりする効果が期待できる。

罰則金利による銀行収益の圧迫を懸念する声も聞かれるが、マイナス0.1%程度の預け入れ手数料であれば銀行収益に与える影響は限定的だろう。ちなみに、預金ファシリティの利用が多いのは、ドイツやフランスなど比較的経営体力のある銀行が中心だ。

<貸出活性化の大号令>

間接金融が主流の欧州では、銀行貸出の低迷が景気回復の大きな阻害要因となっている。昨年春の景気底入れから1年が経過するが、今も銀行貸出は前年割れが続いている。こうしたなか、ECBは金融政策の波及経路の回復を目的に、向こう2年間にわたって、非金融民間部門(住宅ローンを除く)への融資を増やした銀行に対して、低利の長期資金(最長で4年)を供給することを決めた。

銀行不安が広がる最中の2011年に導入が決まった3年物長期流動性供給オペ(LTRO)については、銀行は現在、繰り上げ返済を急いでいる。ECBへの資金繰り依存が「不名誉な烙印(negative stigma)」につながりかねないからだ。

ただ、今回の追加緩和パッケージに含まれた新たな条件付きLTRO(TLTRO)は貸出増加という大義名分に加えて、金利条件が有利になったこともあり、利用行の拡大が予想される。足元で企業の資金需要に回復の兆しが広がっていることも、貸出増加を後押ししよう。

制度開始当初の利用限度額は約4000億ユーロ(対象融資残高の7%)とされ、その後は貸出純増額の3倍の資金を追加で借り入れることが可能となる。2回総額で1兆ユーロに達した3年物LTROの規模感は期待できないまでも、バランスシート再拡大による一定のユーロ高抑制効果はありそうだ。同様にSMPの不胎化中止も、1回限りの事後的な量的緩和策と言え、バランスシートや余剰流動性を引き上げる。

<将来の量的緩和をプレゼント>

条件付きLTRO同様に銀行貸出の活性化を目的に、将来のABS購入の準備作業を加速する方針も打ち出された。購入の具体策や購入開始のタイミングについては明かされていないが、ユーロ圏の非金融民間部門向けの貸出債権を担保に組成されたプレーンバニラ型のABSを購入対象とする。

ECBは5月30日にイングランド銀行(英中央銀行)と共同で報告書を発表し、欧州でABS市場の活用が進まない背景に、1)透明性が高くリスク量の低いプレーンバニラABSと、複雑な設計で透明性に乏しいABSを区別せずに、一律の規制を課している、2)規制間の整合性が取れておらず、ちぐはぐな対応となっている、3)金融規制改革が最終的にどのような内容に落ち着くかをめぐる不透明感がある、などの理由を挙げ、規制当局の対応を求めていた。

このABS購入策に、ECBがいよいよ将来の量的緩和を検討していると市場参加者は色めき立ったが、規制見直しの行方を加味しつつ、関係機関と連携して将来的な資産購入の検討準備を進める段階であり、具体策の発表にはまだ時間がかかりそうだ。ECBがイニシアティブを取り、長い目でABS市場の整備を進める趣旨とみられる。

<ドラギマジックの副作用>

今回は政策総動員で市場の期待を上回ったが、大盤振る舞いをした結果、比較的導入しやすい緩和メニューを使い果たしてしまった感もある。これでユーロ高進行や物価の下振れを食い止めることができなかった場合、いよいよ後がなくなる。

「金利の非負制約(名目金利はマイナスにならない)」を乗り越えたマイナスの預金金利は、とてつもない政策領域に足を踏み入れたかの印象を与えるが、実のところ政策金利をたかだか10bp引き下げたに過ぎない。

フォワードガイダンスから一段の金利低下を示唆する文言が消え、ドラギ総裁も「金利は実務上の下限に達した」と発言しており、追加利下げの選択肢を封印した。残された追加緩和メニューは、ABS購入を開始することと、いよいよ本格的な量的緩和を導入する以外になくなった。

ドラギ総裁は今回の政策措置が全会一致だったことを誇らしげに披露したが、ABS購入策ならまだしも、国債などを買い入れ対象とする本格量的緩和策の導入で理事会内のコンセンサスを醸成するのは、一筋縄にはいかないだろう。市場が一連の政策パッケージを好感したのは、デフレ阻止に向けたECBのがむしゃらな姿勢を評価しただけでなく、その先に量的緩和の匂いを嗅ぎ取ったからに他ならない。

追加緩和からしばらく距離を置きたいドラギ総裁と、量的緩和に期待する市場の間には温度差があるように思える。ドラギ総裁は「まだ終わっていない」「必要があれば非伝統的な手段を含む追加措置を行う」と発言し、「非伝統的手段の中には本格的な量的緩和も含まれる」とのリップサービスも忘れなかった。

ただ、度重なるドラギマジックで追加緩和に対する市場の期待値を高めてしまったのも事実だ。緩和中毒で量的緩和への待望論が活気づけば、ドラギ総裁がいつまで市場の高い期待に応えられ続けるかは分からない。ドラギ総裁と金融市場との間で、量的緩和をめぐる新たな戦いが幕を開けた。

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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