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コラム:人民元の国際化が迫る東京市場の変身=加藤隆俊氏
June 9, 2014 / 8:53 AM / 4 years ago

コラム:人民元の国際化が迫る東京市場の変身=加藤隆俊氏

[東京 9日] - 今年5月、ドイツのフランクフルトを訪れ、金融関係者との会合などを通じて、「中国人民元の国際化」の勢いを肌で感じた。東京にいると今ひとつ実感できないが、欧州の金融市場における人民元の存在感は予想以上のペースで高まっているようだった。

周知のとおり、オフショア人民元市場においては香港が依然として群を抜く存在であり、預金と決済の分野でそれぞれ約7割のシェアを占めるといわれる。しかし、膨れ上がるこの市場のパイに食い込もうとする国・地域は着実に増えている。

国際銀行間通信協会(SWIFT)によれば、4月のクロスボーダーの人民元決済額シェアでは、シンガポールが前月に続き英国を上回った。この二国は香港に次ぐ人民元オフショア市場の座をめぐって、このところデッドヒートを繰り広げている。決済額では、米国、台湾、フランス、オーストラリアなどがその後を追う。

また、英国とドイツは中国と人民元決済の推進に関する中央銀行間の覚書を交わしており、報道によれば、それぞれロンドンとフランクフルトではクリアリングバンク(決済銀行)が認可されている。欧州の二大金融センターのクリアリングバンクは欧州通貨と人民元の決済の弾みをもたらそう。中国を最大の貿易パートナーとする日本も、外交上難しい局面とはいえ、東京市場の将来性の面からは、機会費用が嵩(かさ)んできている。

人民元オフショア市場をめぐる世界的な争奪戦の背景には、拡大する中国の経済力や貿易量もさることながら、中国側の積極的な後押しがある。中国政府はリーマンショックに端を発した2008年の世界的金融経済危機を経て、人民元の国際化を加速させてきた。クロスボーダー貿易取引における人民元建て決済については、09年に一部地域・企業向けに試行運用を開始し、段階的な拡大を経て、12年6月に事実上解禁した。同時期に、人民元と日本円などとの、ドルを介さない直接取引も始まった。

また、外資系銀行に対して、10年8月に中国本土インターバンク債券市場での人民元建て投資、11年10月に人民元建て直接投資を解禁し、さらに11年12月にはオフショア市場で調達した人民元を限定的にせよ中国本土の株式・債券に投資できるルートを拓くなど非居住者の人民元取引の範囲を徐々に拡げてきている。

今年3月に行われた全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の政府活動報告では、金融分野の改革について、金利の市場化を引き続き推し進めることや、為替レートの双方向の変動許容幅を広げ、資本勘定における人民元の交換性向上を図るといった指針が強調された。今や様々な改革対象分野の中で、人民元の国際化に向けた取り組みが最も着実に進められてきていると言っても過言ではない。

実際、全人代閉幕からわずか2日後の3月15日に、人民元相場の対ドル許容変動幅(1日当たり)を従来の上下1%から同2%に拡大した。当局が中心レートの設定や介入などを通じて相場をコントロールする「管理フロート制」であることに変わりないが、値動きは確かに激しくなっており、オフショアの人民元取引も拡大している。

国際決済銀行(BIS)が3年おきに実施している為替取引高調査では、前回10年の17位から昨年は9位に大躍進した。人民元の国際化の進展に伴い、今後も順位を伸ばしていくことだろう。SWIFTの通貨別決済額ランキングでも、現在の勢いからすれば数年内に日本円を追い抜く可能性がある。

また、注目される動きとしては、電子商取引大手のアリババIPO-ALIB.Nなどが提供するオンラインMMF(マネーマーケットファンド)の大躍進がある。中国では預金金利は自由化されていないが、オンラインMMFは主要銀行の定期預金金利よりもはるかに高い金利を提示し、加入者を急増させている。本来ならば、既存の金融システムへの脅威ととらえられそうなものだが、金利自由化への一つの風穴として当局は事実上黙認している。

<人民元改革はここからが正念場>

ただし、人民元の貿易決済面での国際化の進展がいくら目覚ましくとも、ドルをしのぐ「21世紀の最強通貨」になると見積もるのは早計だ。通貨の3つの基本機能「価値尺度の手段」「交換の手段」「価値保存の手段」に照らせば、現状ではドルやユーロは言うに及ばず、英ポンドや円にも使い勝手や信頼性の面ではるかに劣る。

前述した13年のBIS為替取引高調査でトップ10入りを果たしたとはいえ、通貨別シェアを見れば、ドルの87.0%、ユーロの33.4%、円の23.0%に対して、人民元は2.2%にすぎない(通貨ペアの取引のため、合計は200%)。また、世界外貨準備に占める通貨別シェアでも13年第4四半期で、ドルの61.2%、ユーロの24.4%、ポンドの4.0%、円の3.9%に対して(IMF公表、内容判明分のみ)、1%にも満たないと見られている。むろん大きくシェアを伸ばしているとはいえ、現状はクロスボーダー貿易取引における決済通貨としての大躍進が主だ。見方を変えれば、人民元の国際的な準備通貨化はここからが正念場ということである。

日本がかつて経験したような、為替・金利・資本移動の自由化にまつわる難題に中国が本格的に直面するのは、むしろこれからだ。たとえば、国際資本取引でプレゼンスをさらに高めるためには、中国政府が言うような「市場の為替需給を基礎にした管理フロート制」から、米国が求めるような「市場で決定される為替レート」への移行が不可避だが、段階的に目指すにせよ、増大する為替変動リスクに対処していかねばならない。

また、金利自由化の過程では、収益基盤の脆弱な地方中小金融機関の経営を大きなリスクにさらす恐れがある。報道によれば、今年3月に中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁が個人的な見解として、預金金利の自由化は1―2年内に実現する可能性が高いと述べたとのことだが、ただでさえ中国の金融セクターは不動産バブル崩壊リスクやシャドーバンキング問題を抱えて、脆弱性が懸念される状況にある。

むろん中国政府は、金利自由化に日本が15年の歳月をかけたことをよく研究しており、状況に応じて無理をせず柔軟に軌道修正を図ると思われるが、いずれにせよ金融開国に向けた道のりは平坦ではなく、改革は一筋縄ではいかないだろう。

<懸念される円の「カナダドル」化>

最後に、こうした状況を受けて、日本、特に東京市場がどう対応していくべきかを言い添えておきたい。人民元の国際化はこれからが正念場と述べたが、だからといって、日本がこの国際金融市場の変化を前にして様子見を決め込んで良いわけではない。

一部には、人民元の利用促進に日本が積極的に関与することは、国際通貨としての円のさらなる地盤沈下を招くという指摘もあるが、より生産的に考えるべきではないか。世界経済に占める中国のプレゼンスがさらに高まっていくのは不可避の流れであり、その勢いを東京市場の再生や円の国際化に活用しない手はない。

人民元関連の取り組みに限ったことではないが、東京市場がもしも手をこまねいていれば、円は豪ドルやカナダドルのような存在になってしまう可能性もある。たとえばカナダには資源も豊富にあり、銀行部門も米国よりも健全性が高いのに、その金融市場はほぼカナダ関連の取引に限定されたローカルマーケットだ。

むろん、東京が今から英国ロンドンのシティに比肩する世界の金融センターを目指すのは非現実だが、国際金融市場で英ポンドと並びドルやユーロに次ぐ存在でありインフラも整備されている円と、躍進著しい人民元をつなぐ「使い勝手の良いマーケット」になることで、その魅力を高めることは可能なはずだ。

具体的には、複数の銀行へのクリアリングバンク機能の認可、人民元建て預金の厚みの増大、中国企業の円建て債(サムライ債)発行や、日本企業の人民元債発行、そしてその売買などがもっとしやすくなるような制度枠組みの改善や工夫、環境づくりが必要となろう。そのためには中国側との対話は欠かせない。冷え込んでいる日中関係の改善のためにも、日中金融市場の連携強化に向けた官民の取り組み加速に期待したい。

*加藤隆俊氏は、元財務官(1995─97年)。米プリンストン大学客員教授などを経て、2004─09年国際通貨基金(IMF)副専務理事。10年から公益財団法人国際金融情報センター理事長。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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