June 10, 2014 / 9:43 AM / 4 years ago

コラム:ECBのユーロ安誘導、「分かりにくさ」で失敗か=唐鎌大輔氏

[東京 10日] - 欧州中央銀行(ECB)が5日公表した一連の追加緩和パッケージ。その中でも特に満を持して投入されたのが、中銀預金に対するマイナス金利政策だ。しかし、理事会直後の市場の反応は金利低下(債券価格上昇)とユーロの買い戻しであり、本来期待されたはずの通貨安効果は思ったほど発揮されていない。

特に債券市場の反応は、今回のマイナス金利に対する市場の回答をクリアに示している。理事会翌日の6日時点で、ベルギーやフランスといったセミコア国だけでなく、アイルランド、イタリア、スペインといったPIIGS諸国の利回りまで軒並み低下し、過去最低を更新する動きが見られた。また、9日には10年金利に関し、スペインが米国を下回るという「珍事」まで発生している。

こうした動きは「マイナス金利は貸し出しではなく国債への投資を促すだけ」といった事前の市場想定をトレースするものである。民間銀行の立場からすれば、中銀預金に罰金が取られるならば「中銀預金と同程度の安全資産」に資金をシフトさせれば良いだけのことであり、貸し出しを増やす筋合いはない。

ただ、ECBからすれば、この債券市場の反応程度は想定していたかもしれない。貸し出し促進はあくまでマイナス金利導入の「建前」であり、「中銀預金から罰金を徴収すれば、そこに置かれていた預金が貸し出しに回るはず」という安直なロジックをECBが心底信じ、そこに賭けているとは筆者にはどうしても思えない。

むしろ、今年3月以降に相次いだECB高官の露骨な口先介入を見る限り、「本音」は通貨安誘導にあったと考えるのが自然だろう。総合ベースの消費者物価指数(HICP)を注視するECBからすれば、最も手っ取り早くインフレ率を引き上げる方法はユーロ安経由の輸入物価上昇であり、事実、ドラギECB総裁も過去の会見でユーロ高によるHICPの下振れに言及している。

マイナス金利導入に加え、ターゲット型長期流動性供給(TLTRO)、証券市場プログラム(SMP)の非不胎化そして固定金利・無制限資金供給オペの延長などをセットで打ち出したECBは、発表直後のユーロ相場急落とその持続を期待していたはずである。しかし、理事会直後のユーロ相場はむしろ騰勢を強めてしまった。

足元では上述したような欧米金利差拡大を理由としてユーロ売りが強まっているが、こうした投機的な動きだけでは「世界最大の経常黒字」と「ディスインフレ傾向」という「非常にまっとうな通貨高要因」を覆すのは難しいというのが円高の歴史が示す教訓である。ユーロ相場には再び「望まぬ通貨高」が戻ってくると筆者は考えている。

<3つの「分かりにくさ」が災い>

ユーロ相場が思ったほど押し下げられていない背景には幾つかの理由が考えられるが、やはり今回の追加緩和決定にあたっては様々な「分かりにくさ」が災いした可能性が否めない。

市場参加者の立場から見れば、少なくとも「発表方式」「バランスシートの方向感」「政策間の相性」の3つの「分かりにくさ」があったように思われる。

まず、「発表方式」に戸惑った市場参加者は多かったのではないか。通常通りに政策金利決定を発表しておきながら、それと同じ文面の中で「総裁会見後のタイミングで、さらなる金融政策を発表する」との旨がアナウンスされた。政策発表を受けてポジションを取ろうと身構えていた投資家からすれば、内容を出し惜しみされたことで、一方向にベット(賭け)することを控えた向きもあったと推測される。

せっかく記者から「27個質問があります、冗談です」とのジョークが出るほど多岐にわたる緩和策を決定したのだから、それらを1枚の紙にまとめて同時発表し、総裁会見で説明する方式にすれば、為替市場へのインパクトはもっと大きいものとなったのではないか。

<「バランスシートの方向感」は日銀と正反対>

とはいえ、そのような「見(魅)せ方」は表面的な話だ。問題は、もっと本質的な「分かりにくさ」である。為替という最も直感的な反応をする市場を押し下げようとするにあたって、マイナス金利導入に伴う「バランスシートの方向感(具体的には縮小)」は決して望ましいものではない。

仮にマイナス金利導入の結果として、ユーロシステムの民間銀行が準備預金を取り崩した場合を考える。なお、誤解を招きやすい点だが、マイナス金利を忌避した民間銀行の超過準備が貸し出しや投資に向かうので、ECBのバランスシートが縮小するわけではない。民間銀行が企業に貸し出しを行っても、貸出金はその企業の預金としてユーロシステムに残存するので超過準備は減らない。国債を購入しても同じだ。国債を売却した主体の預金口座に代金が振り込まれるので、ユーロシステム全体の超過準備が変わる道理はない。

だが、2013年から見られているように、過去に行われた長期流動性供給(LTRO)、特に11年12月と12年2月に行われた3年物が返済されるという形でECBのバランスシートは着々と縮小している。

6月の決定をもって、超過準備に罰金が科されるようになった以上、こうして満期を迎え、ECBに返却される流動性を再度ユーロシステムに流し込むのは難しくなったと考えられる。民間銀行からすれば「置き場所に困る資金」をわざわざ入札して取りに行く筋合いはない。

かくして、すでに供給された資金が順次満期を迎えるに伴いECBのバランスシートは縮小し、超過準備も漸減が予想される。中銀バランスシートの大小で通貨の動きを議論することが大好きな為替市場参加者が、果たしてこれをユーロ安要因と受け止めてくれるだろうか。直感的には難しいように思う。

この点、日銀の量的・質的金融緩和(QQE)では「ベースマネーを2年で2倍」にする勢いで資産を徹底的に買い入れ、バランスシートの膨張が図られているのは周知の通りである。要するに、インフレ率の引き上げという目的こそ共通するものの、「バランスシートの方向感」に関してはECBと日銀で正反対の手段を取っていることになる。

筆者は貨幣数量説を過信していないし、それゆえにリフレ政策に傾倒する立場ではない。だが、昨今のECBがユーロ相場の低め誘導を望んでいたことを踏まえると、バランスシート縮小を必要とする政策運営に一抹の「分かりにくさ」を覚える向きもあるのではないか。通貨安を狙った「期待への働きかけ」という一点に限れば、ECBのマイナス金利政策は日銀のQQEに比べて分が悪いと言わざるを得ない。

もちろん、マイナス金利とセットで導入された総額4000億ユーロのTLTROはバランスシートを膨らませる政策であり、しかも最長4年間は満期が来ない。だが、現状のユーロ圏の与信状況(民間向け貸し出しは今年4月時点で24カ月連続の前年比マイナス)を考慮すると、用途が制限されたこのスキームの全額4000億ユーロが利用されるのかどうかは疑問である。

また、仮に全額利用されたとしても、過去2回の3年物流動性供給(総額約1兆ユーロ、15年2月に満期到来)の穴を埋めるには至らないため、往時のバランスシート規模を復元することはない。加えて、後述するように、固定金利・無制限資金供給オペの延長も、マイナス金利を前提にすれば、どの程度利用されるのか疑問であり、やはりバランスシート規模の復元を促すものにはならないだろう。

<量的緩和とマイナス金利の併存問題>

最も致命的な「分かりにくさ」をもたらしたのは、「将来的な量的緩和(QE)の可能性を示唆しているが、マイナス金利との両立はどうするつもりなのか」という「政策間の相性」に係る論点である。

すでに方々で指摘されているように、「準備預金を増やす政策」である大規模QEと「準備預金を減らす政策」であるマイナス金利の併存は技術的に難しい。ドラギ総裁の「これで終わりではない」といった発言の真意は定かではないが、6月理事会後の記者会見で政策金利の下限到達が宣言されている以上、もはや市場を満足させる一手は国債を対象とする大規模QEくらいしか残されていない。まっとうに考えれば、大規模QE導入の際にはマイナス金利の撤回を余儀なくされるだろう。

しかも、こうした「政策間の相性」の問題はQE絡みだけではない。TLTROやSMPの非不胎化そして固定金利・無制限資金供給オペ延長といった一連の緩和策も、基本的には「準備預金を増やす政策」に類するものであり、マイナス金利との相性は決して良いものではない。

結局のところ、こうした「政策間の相性」の悪さをどう解釈すれば良いのか、現段階で市場参加者のコンセンサスが一致しているとは言えず、ユーロ売りで勝負したい向きからすれば、この辺りの論点が不透明なことが非常に気持ち悪いのではないか。

なお、マイナス金利導入に伴って、ECBのウェブサイト上には「なぜECBはマイナス金利を導入したのか」との解説が掲載されている。この中では「私の個人預金は罰金を取られるのか」「なぜ預金者を罰し、借り手を救うようなことをするのか」といったマイナス金利導入に伴う素朴な疑問への回答が示されている。

しかし今、ECBが気に掛けるべきはそのような市井の人々が抱く疑問もさることながら、金融市場参加者が抱く「分かりにくさ」の解消なのではないだろうか。現状のような政策運営を続ける限り、ユーロ相場の低め誘導はままならない。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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