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コラム:GPIF改革では描けない年金未来図=斉藤洋二氏
June 23, 2014 / 2:52 AM / 4 years ago

コラム:GPIF改革では描けない年金未来図=斉藤洋二氏

[東京 23日] - 日本の年金制度が1959年に発足して半世紀余りが過ぎた。当時の平均寿命は男性65歳、女性70歳と人口動態も美しいピラミッド形状をしていた。したがって、支給期間は十年に満たず、年金財政の破綻など想定もされなかった。

しかし、90年代以降、少子高齢化に加え経済成長の鈍化による年金財政の悪化懸念、さらには閣僚の年金未納や社会保険庁の不祥事が噴出し年金制度への不信が高まった。年金制度の信頼を取り戻すためには、保険料引き上げ、給付引き下げ、年金受給開始年齢の引き上げなど痛みを伴う抜本的改革が急務となっている。

このような状況下、約129兆円の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の改革がにわかに注目されている。昨年11月、「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議」が打ち出したGPIF改革案が、国内債券偏重から株式などリスク資産への分散、さらにはパッシブ運用主体からアクティブ運用の積極化などを盛り込んでおり、具体化される可能性が高まったことが背景にある。

市場は、GPIF改革の真の目的は年金制度改革にあるのではなく、成長戦略のための株価維持策と捉えている。実際、世界最大の年金基金によるポートフォリオのリバランスはわずか1%でも1兆円超の資金シフトを生み出すことから、その帰趨は国内外を問わず市場参加者の耳目を集める。

しかし、企業・個人が拠出した年金原資は、長期的に安定運用される性格を色濃く持つ。もちろん、運用益を最大化できることは望ましいが、これまで年金原資の運用については失敗例が多々あったことからも、率直に言って、今回の改革により政権主導で目先の相場観に左右されて積極的にリスクテイクすることについては危惧の念を抱かざるを得ない。

<100年安心プランの崩壊>

2004年、所得代替率(年金額/現役世代所得、現状は62.7%)の50%堅持を掲げる「100年安心プラン」が自公政権により打ち出された。しかし、時の小泉純一郎首相が「専門家に聞いてくれ」と国会答弁したように、年金制度は保険料徴収から給付に至るまで厚生労働省の主管で行われ、複雑なスキームであることから、その理解は一般に行き渡っていない。

現在の日本の公的年金制度は、高齢者の年金給付を現役世代が払った保険料で賄う「賦課方式」を基本としている。しかし、少子高齢化に伴い、かつての「胴上げ」型や現在の「騎馬戦型」から今後は「肩車型」へと現役世代の負担は増加の一途を辿る。かといって、人口減少や平均余命の長さ、社会・経済状況の変化などに応じて給付金額を変動させる「マクロ経済スライド」がデフレ下においては発動できず、給付水準は高止まりすることとなった。

厚労省が6月3日に公表した公的年金の財政検証では、人口動態、経済成長、運用利回りなどを変数として8つのケースが示された。このうち楽観的な5つのケースでは2043―44年度の所得代替率は50%超が確保される。ただし、このケースにおいては出生率の上昇、20―50代の女性の8割の就労など今以上の女性の頑張りが求められる。さらに高い経済成長や高利回りでの積立金運用が前提とされ現実性に乏しい。

一方、比較的現実的と考えられる3つの低成長ケースにおいては、仮に機械的に給付水準調整を進めた場合、国民年金は55年度には積立金が枯渇し、それ以降、所得代替率は35―37%程度に落ち込む。つまり、この場合、今世紀半ばには、給付は時々の保険料と国庫負担で賄わねばならぬ「その日暮らし」の状態となり、「100年安心プラン」は空論に帰すこととなる。

<年金福祉事業団の教訓>

年金財政の悪化とともにGPIFにより運用されている年金原資は、今後取り崩し額は増加し枯渇も視野に入ってくるだろう。一方で、所得代替率維持の観点から運用利回りの向上への期待は必然的に高まる。

ただ、GPIFの前身の年金福祉事業団ではグリーンピアなど不動産や株式への投資で深手を負い、さらに宮沢政権下の92年以降、株価維持策として年金資金などが充当され、逆に損失を拡大したことはGPIFの今後の運営を考える上で教訓となるだろう。

新体制となったGPIFでは、厚労相から示される中期目標を達成するための中期計画(含む基本ポートフォリオ)を策定し、それに基づき運用を行っている。現在の基本ポートフォリオは国内債券60%(乖離許容幅は上下8%)、国内株式12%(同6%)、外国債券11%(同5%)、外国株式12%(同5%)、その他5%となっており、2013年末の実績は国内債券が約55%、国内株式は約17%である。

政府有識者会議の座長を務めた伊藤隆敏・政策研究大学院大学教授は新聞紙上や報道番組において、日銀の目標物価上昇率2%が現実味を帯びた際の長期金利上昇による評価損回避などのため、基本ポートフォリオの私案として国内債券40%(乖離許容幅は10%)、国内株式20%(同10%)などの資産構成割合を示している。また、GPIF運用委員長の米沢康博・早大教授も、現在12%としている日本株の基本比率の引き上げについて「20%というのも高すぎるハードルではないかもしれない」と語ったと報じられている。

この両氏の発言から、現行水準の17%から20%への日本株の買い増しが行われるとの見方が市場に広がっており、早ければ8月にも詳細が明らかになる見込みだ。もちろん、市場での取引に至るまでには様々な法的整備が必要で時間を要するが、GPIFと運用歩調を合わせる3共済(国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済組合連合会、日本私立学校振興・共済事業団)の動きも勘案すれば、その額は5兆円を超えると市場は推測しており、一方的に期待を膨らませている。

<損失発生時の責任は誰に>

GPIF改革の二大骨子の第一点は、国内債券偏重からリスク性資産への基本ポートフォリオの見直しが行われること、つまり日本株の買い増しだ。そして、第二点はアクティブ運用の活発化である。このような運用方針の変更において最も注意喚起されるものは、飛躍的に高まるリスクに対する管理、つまりガバナンスの強化である。

パッシブ運用とアクティブ運用の優劣については、これまで様々な議論が行われてきた。「効率的市場仮説」で知られるシカゴ大学のユージン・ファーマ教授の理論に従えば、全ての情報はくまなく行き渡って価格に織り込まれ、過去の情報で将来の予測をすることは不可能であり、アクティブ運用の勝てる余地など存在しない。一方、行動経済学の大家であるイエール大学のロバート・シラー教授によれば、心理的バイアスにより理論値と実績値の乖離が存在するなど価格形成は合理的なものでなく、また市場が非効率であることから、予測可能性の余地はある(すなわちアクティブ運用の有効性を示唆している)。

そのどちらが正しいかは、両教授が昨年ノーベル経済学賞を同時受賞したことに見られる通り、現状では結論が出ていない。仮に有能な専門家を得てアクティブ運用で稼げる余地があるとしても、リターンを求めれば当然リスクが増大する。つまり、アクティブ運用への傾斜はリスクを増大させる点に留意すべきである。

運用面の改革によるリスク拡大に伴い、GPIFのガバナンス強化は喫緊の課題となる。現状、一人の理事長と一人の理事により運用方針が決定され、80人程度の職員により運営されている組織の脆弱性は明らかだ。実際、GPIFの職員は成功報酬で稼ぐ専門家ではなく、実質的に公務員である。パッシブ運用を主体とし運用機関に委託することにより運営されているが、今後アクティブ運用を高め投資対象とリスクの拡大に対処するために体制の強化は必然となる。

特に過去に不動産や株式の投資銘柄選択において政治的圧力に晒されたが、この点についての対策も講ずるべきである。そして最大の問題は国民年金及び厚生年金の保険者は国であるが、損失発生にあたって担当大臣や次官が責任をとるわけではなく、実体的には誰も責任をとらない仕組みとなっていることだ。この点についての懸念は拭えず、ずさんな投資の歴史が繰り返されないことを願うばかりだ。

これまでの株高・円安をアベノミクスの成果と自負する安倍政権は、支持率と連動すると言われる株価を上昇させるために一刻も早くGPIFの株式投資比率を高めようとしているのだろう。しかし、株価上昇は持続的な経済成長と企業業績を反映するものであり、市場介入は一時的に需給を引き締めるものの、その効果は限定的である。

安倍政権には小手先の株価維持に腐心するよりも、「100年安心プラン」が風前の灯となった今、年金制度の抜本的改革に優先して取り組んでもらいたい。

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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