August 11, 2014 / 2:27 AM / 4 years ago

コラム:労働生産性革命で株価1万8000円へ=竹中正治氏

[東京 11日] - 日本経済はデフレから抜け出した途端に人手不足、労働需給のひっ迫に直面している。これは何を意味するのか。

足もとではイラクなどでの地政学的な緊張で株価が少し不安定化し、日本経済についても消費税増税後の4―6月期の消費と生産の落ち込み(反動減)の深さと、7―9月期にそれがどれだけ回復するかに関心が集中しているが、本稿ではもっと長い時間軸で考えてみよう。

結論から言うと、日本経済はデフレを抜け出し、長期にわたる景気拡大につながる好位置に立ったと筆者は見ている。労働需給のひっ迫は今後、労賃の上昇、家計所得の増加、最終消費需要の増加、生産と設備投資の増加という好循環が始まる可能性を意味している。

ただし、長期の持続的な経済成長が実現するためには、いくつかの課題を乗り越える必要もある。その点をご説明しよう。

<小泉政権上回る出来栄えは本物か>

まず、安倍政権発足以来の経済的なパフォーマンスを実質国内総生産(GDP)成長率の内訳で見ておこう。

2013年1―3月期から14年1―3月期までの四半期ベースの実質GDPの平均成長率は3.3%(前期比年率換算の平均)だ。ただし、14年1―3月期の成長率は消費税率引き上げを控えた駆け込み需要で6.7%となっている。これは4―6月期のマイナスで相殺されるはずだから、13年だけの成長率で見ると平均2.5%だ(12年10―12月期比の成長率)。

これを比較的長い景気回復が持続した小泉政権期と比べてみよう。小泉政権期の当初1年間の景気後退局面(01年4―6月期から02年1―3月期)を除いた時期(02年4―6月期から06年7―9月期)の同様の平均成長率は1.8%だから、2.5%はそれを上回る出来栄えだ。

ところが、成長率の内訳(各項目の寄与度)を見ると、小泉政権時代とは対照的な点がある。上記の期間について両政権期の実質GDP、2.5%(安倍政権)と1.8%(小泉政権)の内訳(各項目寄与度%)を以下に示そう。

民間最終消費支出(安倍1.5、小泉0.6)、民間企業設備投資(安倍0.2、小泉0.6)、民間住宅投資(安倍0.3、小泉0.0)、公的固定資本形成(安倍0.9、小泉-0.5)、純輸出(安倍-0.5、小泉0.7)、その他(安倍0.1、小泉0.4)。

ひと言で言うならば、小泉政権期は米国と世界経済の好況を背景にした輸出の伸びに支えられた面が大きかったが、今回の安倍政権期は円安にもかかわらず、純輸出がマイナスとなる一方で、公共事業依存度が比較的高い。同時に民間企業設備投資の伸び率が低い点にも注意しておこう。

以上を念頭に考えると、現在の労働需給のひっ迫には2つの側面がある。第1は建設業などで公共事業(公需)による民需労働力の「クラウディングアウト」が生じていることだ。平たく言えば、民間部門が活用すべき労働者が公共部門に奪われている。背景には東日本大震災の復興作業もあるが、安倍政権が掲げた国土強靭化政策を反映した面もある。

しかし、これは長期的には持続不可能なコースだ。短期・中期では需要面に配慮しながらも長期では財政再建路線を堅持しなければ、持続可能な成長にはならない。とりわけ過去に建設された公共インフラを維持・更新するためのコストは今後ますます増える。したがって、公的資本形成の徹底的な絞り込みが不可欠だ。東北沿岸に計画・着工されている「マンモス堤防」なども含めて見直す必要があろう。

<構造的不適応に陥った日本の雇用慣行>

第2の側面は、労働需給のミスマッチの縮小と低労働生産性分野でのビジネスモデルの変革を含めた技術革新や設備投資が求められていることだ。これはより重要だ。

その点を説明するために、長期にわたる失業率と有効求人倍率の変化を下の掲載図でご覧いただきたい。一般に有効求人倍率(=求人数/求職者数)と失業率は反対に動く負の相関関係(図上で右肩下がりのトレンド)がある。

ところがその分布傾向の違いで、1980年以降現在までを明瞭に3つの時期に分けることができる。第1の時期は、80年から94年までであり、失業率は2―3%と低く狭い範囲にとどまる一方、有効求人倍率の変化は大きかった。第2の時期は95年から99年で、銀行不良債権危機に揺れ、企業の破綻、リストラの嵐で失業率が急上昇した。

第3の時期は2000年から現在であり、失業率は80年代に比べると高いが、有効求人倍率と失業率の右肩下がりの安定的な関係が回復した。安倍政権がスタートした12年11月(白い丸)から14年6月(黒い丸)までの変化を見ると順調に右下方に下がり、現在は2000年代で最も右下方に位置したゾーンにある。

2000年代が80年代と比較して分布の近似線の傾きがやや急であるのは、企業がパートや派遣など非正規社員の雇用比率を高めた結果、景気の変動に合わせて雇用調整が大きくなる構造にシフトしたからだ。

景気循環の波があっても、次の山が前の山よりも高いという高めの経済成長が期待できる環境では、終身雇用で正規社員中心の雇用慣行に企業経営上の合理性があった。景気後退期に一時的に余剰労働力を抱え込んでも、次の景気回復期には必ず労働力不足になったからだ。

しかし、90年代以降の低成長の環境では、好景気時に正規社員中心に増やせば、景気後退期には必ず雇用余剰となり、次の景気回復時まで辛抱しても雇用の過不足は中立に戻るだけだ。つまり、企業の側から見ると景気後退期の過剰雇用分だけ賃金コストがかさみ、景気後退時の赤字の程度によっては破綻のリスクが高まる。

そういう意味では、終身雇用と正規社員中心の戦後の日本的な雇用慣行は、日本経済の低成長への移行に伴って構造的な不適応に陥ったわけであり、その結果が90年代以降の非正規雇用の増加と言えるだろう。

また、同じ求人倍率水準に対応する失業率が2000年代には高くなっていることは、雇用のミスマッチを反映している。

業種別に有効求人倍率を見ると、職種間のばらつきが実に大きい。有効求人倍率が高い分野は、例えば建設・土木・測量技術者(3.4倍)、医師・歯科医・獣医師・薬剤師(6.2倍)、保健師・看護師・助産師(2.4倍)、接待・給仕(2.5倍)、建設躯体工事(6.5倍)などである。その一方で有効求人倍率が最も低いのは、事務的職業(0.28倍)であり、とりわけ一般事務は0.22倍という低さだ。

90年代以降のコンピューターや情報通信を中心とした技術革新で、かつてのホワイトカラーが担っていた事務労働の多くが機械に代替されるようになった。また、製造業では産業ロボットと自動化の普及で、今日の工場では驚くほど労働者が少ない。その一方で、建設、医療・介護、飲食業接待・給仕の分野では機械での代替が困難な仕事が多い。結果として労働需給のミスマッチが拡大し、それが長期にわたって持続しているため、穏やかな景気回復でもこうした分野で人手不足が著しくなる。

<すき家に見る日本的サービスの無理>

したがって、デフレがとりあえず終焉し、労働需給もひっ迫してきた日本経済が、今後長期の成長経路に乗ることができるかどうかは、次の課題克服にかかっていると言える。第1にアベノミクス「第3の矢」で強調されている女性や高齢者の就労促進に加えて、労働需給のミスマッチを縮小することだ。

そのためには職業再訓練への取り組みが官民双方で必要だ。長寿化の結果、健康で働ける年数は長くなる一方、技術変化は速くなってきた。ひとつの業務分野だけで人生を全うできる時代ではないと覚悟しよう。

第2の課題はこれまで省力化が進んでいなかった分野、つまり現在人手不足が強まっている分野での省力化投資と労働生産性の引き上げだ。この問題は業種、職場ごとに様々に異なる状況に応じた対応が必要だから、一律にこうすれば良いという包括的な解決法はない。いくつかの事例をあげてみよう。

ひとつは、ゼンショーホールディングス(7550.T)が展開する牛丼チェーンの「すき家」だ。第三者委員会の報告書が過酷な労働実態を明らかにしたことで、同社は今後、すき家の経営と雇用の抜本的見直しを迫られるだろうが、ビジネスモデルの転換も必要になるだろう。

例えば顧客の視点で見ただけでも、店員は厨房と客席カウンターの間を注文聞きに1回、料理の給仕に1回、食器の片付けに1回、合計3回も往復しなくてはならない。これを夜間の時間帯に1人で厨房の仕事もしながらやれと言われれば(いわゆるワンオペ)、過酷になるのは当然だ。

不思議に思うのだが、料理の美味さと安さを売りにするならば、大学の食堂などで一般化しているセルフサービス方式をなぜ採用しないのだろうか。顧客が機械で食券を買って、厨房前のカウンターに並び、料理を受け取って席に座る。食事が終ったらトレイに載せたまま食器を戻す。こうすれば店員は厨房仕事に専念できるので、労働量はかなり減るはずだ。

推測だが、店員が顧客に注文を聞く、料理を運ぶ、顧客は座っているだけで良いというサービス内容に対して、すき家は何かしらの価値を期待していたのかもしれない。しかし、それは価格競争の中で付加価値としては実現せず、ただ店員の労働量の増加、過酷さという結果を生んでいるだけではなかろうか。こうしたサービス内容を低賃金・低価格で維持しようとするのは日本的な過剰サービスの無理であろう。

すき家にかぎらず、人手不足と労働コストの上昇に対応できないサービス、ビジネスモデルはこれから淘汰されるだろう。飲食ビジネスは、対面接待を充実させた高価格(高付加価値)型と、サービスの省力化が徹底された低価格型に2極化していくのではないかと思う。

<労働集約産業でも省力化投資加速に期待>

建設現場でも自動化・省力化の試みが進み始めている。例えば建設大手の大林組(1802.T)は、資機材の運搬作業を省力化する「自動搬送システム」を開発した。同社の発表資料によれば、「建設現場で資機材の運搬にかかる作業は、単純な繰り返し作業が主体にもかかわらず、多くの時間を占めるため、これらを自動化・省力化することは、生産性の向上に大きく貢献します」という。

ちなみに、このシステムは、「建設現場で使用する資機材に搬送先を明示したICタグ看板を置くだけで、潜り込み式AGV(Automated Guided Vehicle)台車が、自動で資機材を積み込み、目的位置に搬送」「搬送経路は磁気テープを床に貼り付けるだけで簡易に変更が可能」という優れものだ。

また、民家を利用した小規模デイサービス「茶話本舗」を全国800店舗で提供する日本介護福祉グループの藤田英明会長は次のように語っている。

「この先の人材難を見越して考えているのが、介護ロボットの開発です。現場で職員をアシストするようなロボットが開発されれば、少ない人数でも効率的に介護できるようになります。具体的には、顔認証システムと医療のデータベースを連動させて、今、その利用者がどのような精神状態にあるのか、快調なのか不快なのか、職員が気付くことができるシステムです。・・・(中略)加えて、直接触れなくても、カメラで撮影するだけで脈拍、呼吸、血圧が測れるシステムもメーカーと開発を進めています」(「日本人の生き方を変える7人の起業家」(森部好樹、日経BP社、2014年)より引用)

ソフトバンク(9984.T)の「Pepper(ペッパー)」のような、感情認識機能を搭載した人型ロボットが介護分野で実用化される時代がすぐそこまで来ているようだ。

前述した13年の実質GDP成長率の内訳で、民間企業の設備投資の寄与度が低かった(0.3%)ことを思い出していただきたい。設備投資が伸びなかったのは需要不足の結果と一般には思われているが、そればかりではあるまい。需要変化の中で陳腐化した設備が遊休化する一方で、上記に例示したような従来の業務のあり方を根本的に変革し、労働生産性を向上させるような設備投資は不足していたのではなかろうか。

労働需給が余剰で賃金も低下した局面ではそれでも済んだであろう。しかし、人手不足と賃金上昇圧力が強まり始めたこれからは、これまで労働集約的だった事業分野でも省力化のための設備投資が進むことが期待できる。

<1万8000円を展望できるステージへ>

最後にインフレと株価の見通しについて触れておこう。足もとまでの消費者物価などの上昇が円安による輸入物価上昇要因に負うところが大きかったことは各種の分析で確認されている。円安の動きが一服したことで多くの民間エコノミストはインフレ率の鈍化、黒田日銀総裁の消費者物価プラス2%目標(除く消費税率の影響分)は依然達成が困難と予想している。

しかし、労働需給のひっ迫を背景に賃金上昇トレンドが強まれば、それが今年後半以降、円安にとって代わる物価上昇要因として働く可能性がある。実際、賃金と物価の相関関係は比較的強いことが知られている。

株価については昨年1月11日掲載の本コラム「1―2%インフレなら株価はどこまで回復するか」で「資本利益率が03―07年の平均値まで回復すると、株価理論値は59.6%上がり、TOPIXでは1312、日経平均では1万5079円」という水準を中期的な目途として提示した。

企業利益も株価も、ほぼこの予想水準前後まで回復した現在、日本経済が上記の課題を克服しつつ景気回復が続けば、資本収益率の03―07年の平均値超えにともなって、1万8000円近辺への上昇が中期的に展望できるステージに入ったと思う。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。 最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社2013年5月)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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