August 27, 2014 / 12:11 AM / 5 years ago

コラム:株高を正当化する米経済の循環回復=武者陵司氏

[東京 27日] - 一種の「高所恐怖心」と呼ぶべきなのか。米国株の高値更新と軌を一にして、悲観的な経済構造論が勢いを増している。

資本主義は格差を拡大させるというトマ・ピケティ氏の「21世紀の資本論」や、需要不足を問題視するローレンス・サマーズ氏の「長期停滞論」は、本人たちの意図から外れて、経済悲観論を正当化する材料とされているようだ。

「格差拡大」と「需要不足」という両氏の構造的認識は正当で意義あるものだが、当面の経済見通しを左右するものではない。現在の米国経済は、後述する3つの要因からアップサイドの余地が極めて大きいと考えられる。

まず基本認識として持つべきは、2008年のリーマンショック以降、米国経済はその後遺症により循環的景気回復が極めてスローであり、本来の景気拡大がまだ実現していないということだ。野球の試合に例えれば、景気回復サイクルはまだ4―5イニングあたりにとどまっており、景気拡大がピークを迎える9イニングまでには、まだ相当な時間的余裕があることを意味する。

具体的には、1)住宅・設備投資における大きな未充足の潜在需要が顕現化し始めるのも、2)賃金上昇が家計所得そして消費を押し上げる好循環が始まるのも、3)クレジットサイクルがレバレッジの追求などによって拡大局面に入っていくのも、これからである。サマーズ氏が主張するような政府の関与による需要創造や劇的なイノベーションなどを通じた供給力革命がなくとも、ペントアップデマンド(繰越需要)だけで景気拡大の余地は十分に大きい局面に突入すると言える。

当然、米連邦準備理事会(FRB)も、リーマンショック以降の成長率の下方屈折について、治癒が不可能な宿命的問題との立場はとっていない。米金融当局の評価は、危機によって引き起こされた需要ショックが供給サイドにネガティブなヒステリシス効果(いったん引き起こされた変化が修正された後でも長く影響を残す履歴効果)を与え、潜在成長率を引き下げたというものである。

したがって、金融政策は本来需要政策であるが、未曽有の緩和の継続によって供給力を押し上げる効果が期待でき、潜在成長率を押し上げる、という主張である。実際、以下に説明するように、FRBが求める供給力増加を伴う力強い経済拡大がようやく現実のものになろうとしている。

<緩慢さは「景気の若さ」の証し>

まず、注目すべきは住宅市場だ。周知の通り、米国では2011年以降、住宅価格が底入れし回復しているにもかかわらず、新築一戸建て住宅販売は極めて緩慢な動きを示している。ただ、新規供給不足がストックベースでの住宅需給の劇的な改善をもたらしている。

空き家の減少と長期トレンドからの下方かい離、世帯増加を下回り続ける新規需要、親との同居率の増加、持ち家比率の急低下(=潜在的持ち家需要の高まり)など、すべては住宅新設需要が十分に蓄積されていることを示す。

次に設備投資はどうか。対国内総生産(GDP)比率は回復しているとはいえ、こちらも過去のトレンドと比較すると依然、下方かい離が顕著だ。しかし、稼働率が回復し、設備の老朽化が進み更新需要が高まっていること、そして米製造業の国内回帰がみられること(長期減少傾向にあった製造業雇用は2011年から拡大に転じている)など、プラスの需要要因は積み上がっている。ことに米国の企業設備年齢(ビンテージ)が1960年代以降最高の水準まで上昇していることは、設備更新需要の大きさを物語る。すでに設備投資の先行指標である非国防資本財受注(航空機除く)は過去のピークを越えた。

ちなみに、GDP統計において、住宅投資と設備投資は、景気の拡大・縮小に伴って、大きく変動する需要項目である。この裁量的支出の対GDP比率が2008年のリーマンショック後、戦後最低まで低下し、1929年の世界恐慌以来の大不況をもたらした。今それが回復に転じているものの、その水準はなお過去の景気のボトムにある。

例えば民間住宅投資の対GDP比率について言えば、住宅バブル時の6%超は行き過ぎだが、戦後平均が5%だから、足元の3%は低すぎる。言い換えれば、裁量的支出が今後伸びていくという循環回復の余地は極めて大きいと言える。

<格差拡大は本当に資本主義の宿命か>

では、雇用拡大と賃金上昇が家計所得と消費を浮揚させる経路はどうか。

失業率は、リーマンショックから約1年後の2009年10月のピーク(10%)から今年6月には6.1%まで低下したが、雇用回復ペースは緩慢である。失業率の改善は主として職探しをあきらめた人が増えることで労働参加率が低下したためであり、就業人口比率は低迷を続けている。FRBが問題視している労働市場のスラック(需給の緩み)は依然として大きいことは事実だ。

しかし、賃金に対して先行性があるといわれる全米独立企業連盟(NFIB)の賃上げ計画をみると、今年に入り大きく改善しており、今後の賃金上昇加速が期待できる。今は着実な雇用増加と賃金上昇により、家計所得増に弾みがつきやすい局面だと言える。

家計所得増は消費と住宅投資を一段と押し上げていくだろう。1985年以来の米国の労働分配率と景気循環サイクルを並べて比べてみると、景気拡大の前半で労働分配率が低下し、中盤で底打ちし、後半にかけて上昇するという規則性がうかがえる。現状に照らせば、2000年から続いた労働分配率低下の長期トレンドが終焉し、上昇に転じる局面にあることがみてとれる。

労働分配率の上昇はキャッシュフローを引き下げ、企業部門に蓄積されてきた資本余剰の解消を促すと考えられる。前出したピケティ氏は、資本主義のもとでは資本のリターンが経済成長より大きくなり格差拡大に帰結すると指摘している。確かにリーマンショック不況から今日までの回復局面では資本の過剰蓄積が高まる一方であったが、今後の景気回復サイクルの後半場面では設備投資の増加、自社株買いや配当の増加、M&Aなどの活発化により資本余剰は急速に減少に転じよう。滞留していたスラックが有効に活用されていく好循環に入りつつあると筆者はみている。

<「FEDモデル」でみれば米株はまだ割安>

最後に信用循環について触れておきたい。この観点からみても、現在の景気局面は循環初期の段階にあると言える。レバレッジは著しく圧縮されたままであり、懸念されるバブルが高まる心配は足元では全くないと言っておこう。

長期経済変動を規定する信用サイクル(実質負債成長率)をみれば、2011年に底入れして間もないことがわかる。家計債務の対可処分所得比率は大きく低下し、企業債務の対GDP比率もまったく上昇していない。ビジネス向け貸し出し推移に目を転じても、大きく減少した後の回復初期にあることは明らかだ。

イエレンFRB議長が議会で説明したように、債務は全体として圧縮された状況にあり、金利は低下、企業の利益は増加し、資産価格は上昇している。つまり、債務/資本倍率は大幅に低下し、インタレストカバレッジ、すなわち企業の債務保有負担能力は大きく上昇しているのだ。リーマンショック後に史上最高水準まで上昇したクレジット市場のリスクプレミアムが過去最低水準まで低下しているのも、この信用状況からは当然と言える。

このように考えてみると、足元の株高がバブルであるという批判がいわば高所恐怖症であり、的外れであることをわかっていただけよう。そもそも、「予想益回り=10年国債利回り」というFEDモデルから算出した米国株のフェアバリュー(適正価格)は、米S&P500指数で5048ポイントと計算される。現状は、このフェアバリューに対して約60%のディスカウントとなっている。

株価純資産倍率(PBR)でみれば、米国株はITバブルピークの5倍から低下しているものの、約3倍と今も主要国の中では最も高い。これをバブルと決めつける向きもあろうが、高PBRは高い株主資本利益率(ROE)に象徴されるように米国企業の収益性が優れているからであり、決して過大とは言えない。

なぜなら、米上場企業は株主に対して合計時価総額の5.1%にあたる巨額の資金還元を配当(1.9%)と自社株買い(3.2%)を通じて行っており、それは長期国債利回りの2倍に相当する高いリターンであるからだ。企業の健全な収益創造のもとで、十分な株式価値が存在している証しである。M&A、自社株買い、株高はすべて余剰資本(歴史的低金利をもたらしている原因)が有効に活用される過程で起きる必須のプロセスであると言えよう。

むろん、景気は循環するものであり、やがては後退局面に入る。また、サマーズ氏やピケティ氏が指摘するような経済構造上のアキレス腱が米国型資本主義に内在し、長期的観点に立てば、供給制約の顕現化などを通じて潜在成長率の底上げを阻む可能性を筆者も否定しない。いずれ解決策が必要になろう。

しかし、そうした構造論はあくまで長期の課題であり、少なくとも今後3年以上は続くと予想される米国経済と株式市場の好循環シナリオを覆すものではない。念を押すが、循環的景気回復はまだ始まったばかりである。

*武者陵司氏は、武者リサーチ代表。1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。87年まで企業調査アナリストとして、繊維・建設・不動産・自動車・電機エレクトロニクスなどを担当。その後、大和総研アメリカのチーフアナリスト、大和総研の企業調査第二部長などを経て、97年ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジスト、副会長兼チーフ・インベストメント・アドバイザーを歴任。2009年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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