September 17, 2014 / 9:28 AM / 5 years ago

コラム:地方版アベノミクス、養父市が握る成否のカギ=丸山俊氏

[東京 17日] - 安倍政権の第三の矢である「成長戦略」が市場の話題に上らなくなって久しい。政策メニューがひとまず出そろったこともあるが、消費増税後の景気落ち込みが予想以上に大きいと分かると、市場は再び一の矢(金融政策)と二の矢(財政政策)をおねだりする始末である。

しかし、「岩盤規制」と言われる農業・雇用・医療制度に風穴を開ける取り組みは国家戦略特区で始まったばかりだ。政府はこれらの規制改革と9月に発足させた「まち・ひと・しごと創生本部」で省庁横断的に人口減少対策や地域活性化策に取り組むことになるが、地方から日本経済の底上げを図るという青写真は果たして描かれている通りに現実のものになるのだろうか。本コラムでは、その成否のカギを探ってみたい。

<今なぜ養父市なのか>

まず安倍政権は今年4月、1)東京都9区・神奈川県・千葉県成田市、2)大阪府・兵庫県・京都府、3)新潟県新潟市、4)兵庫県養父(やぶ)市、5)福岡県福岡市、6)沖縄県の6区域を国家戦略特区(区域)に選定した。このうち一般的な馴染みの薄さや区域の経済規模から言って兵庫県養父市が指定されたことは意外であり、大きな話題となったことは記憶に新しい。

養父市が国家戦略特区に指定された理由は、同市が過疎に悩む典型的な中山間地域であること、特区に相応しい先進的な事業提案、そして広瀬栄市長をはじめとする行政の強い意欲が決め手になったものと思われる。実際、菅義偉官房長官、新藤義孝総務相(当時)、林芳正農林水産相(当時)らが養父市をそれぞれ訪問するなど、同市に対する政府の思い入れはひときわ強いようである。

反対に経済規模から言って東京圏や大阪圏が指定されたことに驚きはないものの、自治体間の調整難航が必至であることに加えて、そもそも首長をはじめとする行政に(養父市ほどの)意欲がないと思われることなどから、政策課題の実現に向けたハードルはかなり高い。

そのため、養父市に加えて、福岡市、新潟市の3区域こそが岩盤規制を打ち破るドリルであり、実際、国家戦略特区諮問会議は「(養父市、福岡市、新潟市の)3地域については、今後、農業・雇用改革の横展開(バーチャル展開)が期待される改革事業拠点として指定すべきである」としている。

つまり、養父市の事業提案が成功するか否かは、同市のみならず、全国市町村の約45%を占める過疎地域、全国耕地面積の約40%を占める中山間地域、ひいては日本(経済)全体にとって大きな意味を持つのであって、多くの閣僚が養父市を訪問した理由はここにあると言えるのではないか。

<実現されなかった地方再生>

こうした中、筆者は8月、養父市を訪問し、市長・副市長、市関係者と面談する機会を得た。人口減少・高齢化という日本経済の縮図とも言える状況に直面している養父市の現状を見ると、率直に言って、本来ならここまで悪くなる前に国がもっと早く手を打つべきであったと感じた。

田中角栄内閣の日本列島改造論、大平正芳内閣の田園都市構想、竹下登内閣のふるさと創生事業など、これまでの延長線上でハコモノや補助金だけに頼るだけでは地域が再生しないことは、今日の惨状が物語っている。そうした反省の上に福田康夫内閣は縦割りを排するために省庁横断的な地域活性化統合本部を設置し、構造改革を柱とする地方再生戦略を打ち出しはしたものの、短命政権だったことや政権交代もあって政策の実行実現に至らなかった。

報道によれば、安倍政権の地方創生では、まず秋の臨時国会で国と自治体の役割を明確にした上で政府と都道府県にそれぞれ2020年までの5年間に実施する総合戦略づくりを義務付けることを明記した基本法案を提出する。そして、総合戦略では「50年後の人口1億人維持」を目標として設定し、東京一極集中に歯止めをかけるために地方への企業移転、地方居住の推進、子育てしながら働ける環境づくりなどを促すための税制優遇や自治体向けの新たな交付金創設などを検討するという。

<養父市が直面する3つの「ない」>

では、養父市の取り組みとはどのようなものなのだろうか。大ざっぱにまとめれば、その取り組みは以下の3つの「ない」に答えを見出すことである。

(1)ヒトがいない

先ごろ正式に承認された養父市の農業特区事業計画は、耕作放棄地を解消して農業生産を増やし、農産物の高付加価値化を進めることで雇用・所得の増加を目指している。しかし、ヒトはそうやすやすとは集まらない。若者が養父市に転入してくるわけでもない。

そこで養父市は過疎地域でも高齢者の労働力を活用できるよう、シルバー人材センター会員の労働時間の拡大・柔軟化を求めている。労働時間に制約があると、十分な所得が見込めないため、かえって会員が集まらない現象が生じているからだ。

(2)モノがない

いくら魅力的な農産物があって、都市部への販路が確保できても、これに対応する十分な(農産物の)生産量がなければ農業振興はおぼつかない。そのためには耕作放棄地の再生が必要となるが、法人が農地を売買するには農地のある市町村農業委員会において農地法に基づく許可を受けなければいけない。

許可を受けるためには農地法第2条第3項に規定されている4つの農業生産法人の要件(組織要件、事業要件、構成員要件、業務執行役員要件)を満たす必要がある。そこで養父市は農地の賃貸や売買に関連する権限を農業委員会から市に移すことを政府に要望、規制の特例措置として認定された。

また、報道によれば、政府は農地を貸した農家の固定資産税をゼロに引き下げる一方、耕作放棄地は増税する税制改正を検討するなど、農地集約を加速化する方針を示している。

(3)カネがない

カネだって、そうやすやすとは集まらない。地域金融機関も過去の成功事例に乏しい農業再生案件の融資には及び腰だ。そこで養父市は民間主導で6次産業化(1次産業が2次産業の加工や3次産業の流通などに多角化すること)を推進できるようにするため、農業生産法人の要件緩和を政府に要望している。

具体的には、農業の常時従事者が過半を占めることとしている役員要件、農業関係者による4分の3以上の議決権保有などを義務付ける構成員要件、農業の売上高が全体の過半を占めることとしている事業要件の緩和を求めているほか、農業生産法人にかかる法人税の減免も要望していきたいとしている。

地域がヒト・モノ・カネを集めて雇用・所得を生み出す取り組みを、政府・地方自治体は補助金だけでなく許認可権などの規制改革によって後押ししていくことが必要である。安倍政権も養父市の取り組みを岩盤と言われる農業分野の規制緩和、特に農協改革の突破口になるものと期待しており、そのことが同市に対する強い思い入れにつながっているのではないか。

<第三の矢は地方から放たれる>

最後に補足すれば、養父市は長崎県佐世保市にある大型リゾート施設「ハウステンボス」の再生に腕を振るい、ホテル・旅館の再生にも携わってきた三野昌二氏を副市長として招いた。同氏は地域公共会社「やぶパートナーズ株式会社」の代表取締役として自ら空き農地の賃借や所有(売買)、そしてそれを活用した6次産業化による付加価値の高い農産物・食品の開発に取り組む予定である。

具体的には、フランス料理にも用いられて人気を博すなど海外でも注目を浴び始めている山椒や寿司に適したコメ「寿司米」をブランド化して海外向けに販売できないかといった「アイデア」が浮かんでいるという。その他にも養父市は、耕作放棄地を農地に再生したり、農産物を加工して弁当を売ったり、こだわり農水産物の予約生産販売などに取り組む愛知県の農業生産法人「有限会社新鮮組」とも連携するなど、民間の人材やアイデアを積極的に取り入れようとしている点が印象的だった。

この点について、市関係者は行政には企画力がないか、あったとしても行政が民間ビジネスに関わると住民や民間事業者と利害相反が避けられないこと、農家は農家で生産に精一杯で生産物の製造・加工・販売などにまで気が回らないこと、そのために6次産業化などと言ってもこれまでは物事がなかなか前に進まなかったとこぼしていた。

しかし、1)自らも農業従事者である首長(市長)の危機感とリーダーシップ、2)積極的な民間人登用や民間企業との連携、3)そしてもっとも大事なことは行政・地域住民の意識改革、以上の3つが地方創生には必要不可欠であることを養父市は実践を通して我々に教えてくれる。

ちなみに、安倍政権はすでに指定された養父市など6区域に加えて、新たな国家戦略特区の選定にも着手している。金融相場とは少しかけ離れたテーマのように感じられるかもしれないが、第三の矢は地方から放たれることを考えると、市場はもっと地方創生の進ちょくに注意を払うべきだ。

*丸山俊氏は、BNPパリバ証券の日本株チーフストラテジスト。早稲田大学政治経済学部卒業後、三和総合研究所に入社し、クレディ・スイス証券を経て2011年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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