September 18, 2014 / 9:58 AM / 5 years ago

コラム:さらなる円安は日本経済にプラスか=佐々木融氏

[東京 18日] - 注目された16―17日の米連邦公開市場委員会(FOMC)の結果は、タカ派的・ハト派的内容が入り混じったものとなった。

まず、ハト派的な内容としては、声明の中に、資産購入プログラム終了後も「相当な期間」現在の政策金利が据え置かれるとの文言が残された。さらに、インフレに対する現状評価については、前回声明では「委員会の長期的な目標にやや近づいた」と記されていたのが、今回は「委員会の長期的な目標を下回って推移している」と下方修正された。また、経済予測に関しても、2014年と2015年の成長率予想、2015年のコア個人消費支出(PCE)価格指数見通しが下方修正された。

一方、タカ派的な内容としては、政策金利の予測が引き上げられた。6月時点では2015年末時点の政策金利を1%以上と予測する委員は11人だったが、今回は14人に増加した。来年末時点で政策金利が1%以上になるということは、遅くても来年半ばには利上げが開始されることになる。

「相当な期間」との文言を残し、足元のインフレ圧力鈍化も認識しながら、来年半ばには利上げが開始されるとの認識を示すのはやや矛盾があるように思えるが、結局、利上げは経済指標次第ということなのだろう。また、出口戦略に関するガイドラインが示され、声明に対して反対票を投じたのが1人から2人に増えたのもタカ派的要素だった。

このように、硬軟両サイドの要素があったFOMCの結果だったが、市場は政策金利予測の引き上げを含めたタカ派的な内容に反応し、金利上昇・ドル高となった。この結果、ドル円相場は108円台に乗せ、2008年9月以来の高値を更新した。

ドル円相場がレンジ取引を続けていた8月中旬まで、筆者は短期的に動きがあるとすればドル安・円高方向になるとみていたが、実際の動きは逆になってしまった。こうした動きになっている背景としては、米連邦準備理事会(FRB)による利上げ期待の高まりが筆者の予想以上に強く、米2年金利が上昇を続ける中、ドル高が加速していることが挙げられる。

また、日本の投資家による外国株・外国債券投資が7―8月にかなりの高水準になっていることも影響していると考えられる。同2カ月間の国内投資家による証券投資に絡む円売りは2.5兆円程度に上った可能性がある。

さらに、今月4日の黒田日銀総裁発言も円安方向の動きに影響しているだろう。黒田総裁は金融政策決定会合後の記者会見の最後に、「今の水準から円安になることが、日本経済にとって何か非常に好ましくないとは、私は思っていない」と発言した。ドル円相場はその翌日に年初来高値を更新した。

黒田総裁発言は記者の質問に答えたものだったが、実は筆者のところにも以前から、「円安がさらに進行した場合、それは日本経済にとってプラスなのか」との質問が国内外の顧客から頻繁に寄せられていた。つまり、市場は黒田総裁発言により心理的なドル円相場の天井を取り払うことができ、安心して円売りを始めることができた、とも言える。

<強まる円安とインフレの連鎖反応>

では、実際、ここからさらに円安が進んだ場合、それはまだ日本経済にとってプラスなのだろうか。

JPモルガンは先日、筆者を含む東京拠点のストラテジスト、エコノミストチーム全体で、まさにこの問題に関するレポートをまとめた。円安がプラスかどうかは、人や立場によって捉え方が異なる。したがって、なるべく客観的かつマクロ的に検証する必要がある。

まず、考えられるのは、日本は世界最大の対外純資産国であるから、円安はプラスだろうという点である。2013年末時点で日本は325兆円もの対外純資産を保有している。世界2位の純資産保有国である中国が207兆円であるから、日本が突出していることが分かる。

さらに、日本の対外資産、対外負債のそれぞれについて通貨別にみると、対外負債は円建てが多いため、外貨建ての対外純資産は469兆円にまで膨らむ。非常に単純化して言えば、1%円安が進めば日本の対外純資産は4.7兆円程度膨らむことになり、この点では日本経済にとってプラスだ。

また、日本はこうした対外純資産から得られる所得収支も大きい。今年7月までの1年間で所得収支の黒字は16.2兆円となっている。単純に言えば、1%円安が進めば所得収支が1600億円程度膨らむ計算だ。

一方、貿易収支はすでに赤字になっている。今年7月までの1年間でみると、輸出は71兆円、輸入は82兆円。これもまた、非常に単純化して言えば、1%円安が進むと輸出の受け取り代金が7000億円程度増加する一方、輸入のための支払い代金が8000億円程度増加する。日本の貿易構造は、もはや円安メリットを享受できるような状況にはないと言えよう。

むろん、対外資産、国際収支全体を概観すれば、対外純資産が膨大であるため、この点からみると、やはり円安になればなるほど、メリットがあると言えそうである。しかし、これは対外資産を持っている人が今よりさらにお金持ちになるという話なので、もう少し別の視点から幅広く検証する必要がある。手がかりは、実質レートと名目レートの違いだ。

円は実質実効レートベースでみると、1970年以来の最安値にほぼ並んでおり、現在の局面は実質的には歴史的な円安水準にある。実質実効レートは平均回帰的な動きをするはずなので、円の実質的な価値がこれ以上大幅に下落する可能性は低い。

ただし、これは名目の円相場が円安にならないということを意味しない。今後、日本のインフレ率が米国のインフレ率を上回り続け、それに沿った形でドル円相場が円安方向に振れるのであれば、実質実効レート上の円相場に変化はないということになる。

逆の言い方をすれば、現状レベルから名目のドル円相場が円安方向に進む場合は、インフレ率の上昇に沿った形になるはずである。そうした意味で、当社のエコノミストは、「さらなる円安が日本経済に対してプラスか」との問いは、「さらなるインフレ率上昇が日本経済に対してプラスか」との問いとほぼ同じだと指摘している。

日銀は2%のインフレ率上昇が日本経済にとって好ましいとして、ターゲットに設定しているため、これを前提にすれば、日銀がインフレ率を2%近傍でうまくコントロールできている限りにおいて、それに沿う形の円安は日本経済にとってプラスということになる。

このことは、さらに興味深いインプリケーションを持つ。日本は輸入に占める耐久消費財の割合がかなり上昇しているため、円安がインフレ率上昇に直接つながる度合いが増している。つまり、現在進行している円安がインフレ率上昇を招き、インフレ率上昇がさらなる円安につながり、円安がさらにインフレ率を上昇させるといった連鎖反応が続く可能性が以前よりも大きくなっているのだ。

こうした流れの中でのインフレ率上昇は日銀がコントロールできなくなる可能性があるほか、コストプッシュインフレであるために、どこまで続いても日本経済にプラスとはならない恐れがある。

<ドル建てなら日本株は横ばい>

それでも、「インフレ率が上昇し、円安になれば日本の株価が上昇するから、経済にとってはプラスじゃないか」との意見もあると思う。それに関しては、当社の株式ストラテジストが興味深い指摘をしている。

日本の株価が他国の株価をアウトパフォームする時は、輸出関連株主導となるのは稀だそうだ。そして、日本の株価が円安を受けて上昇している時、共通通貨ベースでは、日本株は通常、他主要国の株価をアンダーパフォームする。つまり、円安進行を受けて日本株が上昇しているのは、日本株の建値通貨である円の価値が下落しているからであって、実質的に企業価値そのものが成長しているからではないのだ。

実際、建値通貨ベースでは、過去1年間の日経平均株価の上昇率は11%と、NYダウの9%をやや上回るが、ドル建てでは前年比横ばいと、全く上昇していない。つまり、過去1年間、日経平均株価が上昇したのは、円の価値が下落したからなのである。

これはインフレ率と通貨価値の関係を考えると分かりやすい。物価が上昇するのはモノの価値が上がるからではなく、通貨の価値が下がっているからだ。過去1年間の日経平均株価の上昇も、企業価値が上がったからではなく、通貨の価値が下がったからなのである。

つまり、過去1年間、実質的には日本の株価は米国の株価をアンダーパフォームしていたことになる。円安による株価上昇に頼っている限り、この差を埋めるのは困難である。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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