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視点:日本経済悲観論が見落とす成長余力と財政再建策=伊藤元重氏
2015年1月14日 / 04:22 / 3年後

視点:日本経済悲観論が見落とす成長余力と財政再建策=伊藤元重氏

[東京 14日] - 経済財政諮問会議の民間議員を務める伊藤元重・東京大学大学院教授は、2015年の日本経済について、好材料は複数あり、特にマイナスの実質金利のもとで企業・個人のマネーが本格的に動き出す可能性には期待が持てるという。

財政再建については、官業の民営化を通してバランスシートをスリム化するなど、政府にできることはまだ多いと指摘。何より収支改善効果を高めるデフレ脱却を急ぐべきと説く。

同氏の見解は以下の通り。

<アベノミクス第1幕の果実収穫へ>

昨年12月の総選挙での与党勝利を経て、アベノミクスはセカンドステージに突入した。2015年は、安倍政権発足後の最初の2年間にあたるファーストステージで実施した政策の果実収穫を急ぐとともに、次の成果に向けた改革のメニューを具現化する1年としなければならない。

今後の政策上の課題は後述するが、2015年の日本経済については期待できる好材料が複数あると私は考えている。まず足元では、原油価格の下落だ。日銀の量的・質的金融緩和を受けて、円安が大きく進行した日本経済にとって、昨年夏ごろまでの原油高は景気に対する懸念要因となっていた。秋口以降の原油安は、まさに天佑と呼べるものだ。

また、金融緩和の成果自体、ここからが本番である。株高・円安のことかと思われるかもしれないが、そうではない。本当に重要なのは、金融緩和によってもたらされた実質金利の低下が実体経済にどのようなプラスの影響を与えるかという点である。

足元では原油価格の下落を受けてインフレ率も低下傾向にあるが、原油安は総じて見れば日本経済に対してプラスなので、中期では物価の押し上げ要因になる。仮に今後、日銀の目標に沿って2%程度のインフレ率が実現し、名目金利が現在の低水準(10年物国債利回りで0.5%以下。1月14日午後1時現在0.26%)に抑えられれば、実質金利マイナス1.5%という状況になる。手元資金を現金に近い形で寝かしておけば、実質的な価値が目減りする一方で、資金調達のコストは相対的に軽減されていく。こうした状況を受けて、企業や個人の投資がどれほど喚起されるのか、注目すべき1年だ。

例えば、企業が手元資金を有効に使う方法は主に4つしかない。従業員の賃上げ、配当金・自社株買いなどの株主還元、設備投資、あるいは合併・買収(M&A)や研究開発投資といったその他の成長投資だ。

数年前、デフレ下で実質金利がプラス2%程度あった状況下では、まだそうしたアクションをとらずとも、コーポレートガバナンスを問われることはなかったのかもしれない。しかし、実質金利がさらに大幅なマイナス方向に向かう見通しの中で、余裕資金を抱え込んで何も実行しない経営者は、様々な圧力を感じていることだろう。

そもそも、企業収益は過去最高の状況にある。近い将来に手元資金の有効活用が本格化しないと考えるほうがおかしいだろう。その際、投資の面で言えば、円安の進行と定着を受けて、今後は新規投資分について国内に振り分けられる比率がかなり高まってくるのではないか。実際、報道ベースでは、自動車・家電とも、そうした動きが増え始めている。

また、企業業績の改善と物価上昇見通しに鑑みれば、2015年春闘では、相当大きなベースアップ(ベア)が期待できるだろう。11月の有効求人倍率(季節調整値)は1.12倍と、すでに1992年5月以来の高水準に達している。どちらかといえば人手不足の様相を呈しており、非正規雇用を含む幅広い労働市場で今後、賃金が上がる可能性は出てきている。

一方、個人マネーも、実質金利が長期的にマイナスになっていくとすれば、デフレ下と同じように現金・預金に偏った状態が続くとは思えない。家計が保有する金融資産残高は、日銀の資金循環統計によれば、2014年9月末時点で1654兆円にまで膨れ上がっている(52.6%が現金・預金)。この大きな山が動いたときに何が起こるのか。上述した企業マネーとともに、その動向が、2015年の景気にかなり大きなインパクトを与えるだろう。

ちなみに、私はもともと、足元の景気認識については、さほど悲観はしていない。2014年4月の5%から8%への消費増税以降、2四半期連続のマイナス成長になったとはいえ、1―9月期で見れば、国内総生産(GDP)の平均値は2013年の同じ時期よりも高くなっているからだ。また、2013年は、アベノミクスが本格的に船出した年であり、いかんせん、景気をふかし過ぎた面もある。

むろん、これだけ企業業績が改善しており、かつ雇用も堅調なのに、投資や消費が思うほど拡大していないのは事実であり、過度の楽観はすべきではない。国民や企業のデフレマインドは依然として強く、デフレ脱却がまだ道半ばであることは確かだ。

その意味で、アベノミクスのセカンドステージのメインテーマも引き続きデフレ脱却であることに変わりはない。当面は、第1の矢(金融政策)と第2の矢(財政政策)の効果をしっかり確かめながら、第3の矢(成長戦略)を放ち続けることが大切だ。

具体的には、法人実効税率の引き下げにとどまることなく、労働市場改革、農業改革、そして環太平洋連携協定(TPP)などの貿易自由化の促進を急いでもらいたい。特にTPPの交渉がまとまれば、相当大きなインパクトを日本経済に与えるだろう。ファーストステージで成長戦略のメニューはもう十分に出そろったのだから、今年はそれらを本格的に実施に移す必要がある。

<郵政株上場に見る民営化と財政再建の可能性>

さて、当面の課題は前述した通りだとして、アベノミクスのセカンドステージにはもう一つ大きなメインテーマがある。ほかならぬ財政再建だ。

この点について足元で一番の懸念は、8%から10%への消費税率引き上げを当初予定の2015年10月から2017年4月に延期したことにより、財政再建シナリオがリセットされてしまったことだ。

政府は、国債費関連を除く基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)について、2015年度の赤字対GDP比(2010年度比)半減と2020年度の黒字化という財政健全化目標の達成を閣議決定し、国際的な公約として掲げている。これを違えることは、日本の財政の持続性に対してネガティブなメッセージを国際金融市場に与えることになる。

一部には、財政再建については、PBのようなフロー面よりも、債務残高対GDP比のようなストック面を重視すべきとの声もあるが、フローの軽視は禁物だ。金利や成長率の高低によって左右されるとはいえ、フローのPBで黒字基調を確保できれば、基本的には債務残高対GDP比を引き下げていくことが可能になる。

このうち、2015年度のPB赤字半減目標は、予算段階では達成できる見込みとなったようだが、何より重要な2020年度のPB黒字化目標に向けて、2017年の消費再増税を待たずに、早期に動き出さねばならない。

そもそも2020年度のPB黒字化目標は、アベノミクスがうまく進み、3%台の名目成長を継続したとしても、内閣府の試算では約11兆円の赤字が残る計算であり、実現の目途は立っていなかった。目標達成に向けて、最も重要なのは歳出改革だが、歳入・成長もにらんで、もう一度計画を練り直す必要がある。

その際、財政の論理だけではなく、経済と一体できちんと議論することが肝要だ。言い換えれば、デフレ脱却の効果をどこまで見込むのかということである。いうまでもなく、デフレ状態から物価が上昇する状態になるだけで、名目の税収は増えるし、成長が高ければ、その分だけ大きな税収増が見込める。実際、2012年度の税収は43.9兆円だったが、報道によれば、2014年度は51.7兆円程度に拡大する見込みだ。

また、長期的に名目成長率が長期金利を上回るようであれば、債務残高対GDP比もこれを反映して下がってくる。デフレのときは、ちょうど逆のことが起こった。デフレ脱却効果の過大評価もいけないが、こうしたプラスの可能性も、冷静に検証していく必要があろう。

さらに、企業経営同様、国の場合も負債と資産の両にらみが非常に重要だ。例えば、今年、政府が株式の100%を保有する日本郵政と、金融子会社であるゆうちょ銀行、かんぽ生命の3社同時上場が予定されている。分かりやすく言えば、資産としての郵政株式を市場に出すことによって、政府は負債も減らせるということだ。

加えて、どこまでできるかは議論の余地があるが、官民パートナーシップ(PPP)や民間資金活用による社会資本整備(PFI)で官業の民間開放を進めていけば、政府はバランスシートをさらに軽くできるかもしれない。むろん、これらは、個別の案件として重要なわけだが、財政健全化への貢献度も高い。このように、政府にはまだできることがたくさんある。

ところで、財政再建をめぐる議論で必ずと言っていいほどマイナス材料として取り上げられるのが、日本の潜在成長率の低さである。潜在成長率は「労働」「資本」「生産性」の3つの要素で決まるが、このうち特に重要な要素は生産性、中でも全要素生産性(TFP)だ。そのTFPは確かにバブル崩壊でどんと下がって、その後もずっと低い状態にある。

問題は低生産性の原因をどう捉えるかだが、私はサプライサイドの要因だけで起きたとみなすのは無理があると考えている。むろん、供給過剰も一因だが、一方でバブル崩壊後に需要が激減し、その中で生産性がなかなか伸びてこなかったという側面も無視できない。

よく学生に話すことだが、デパートの棚いっぱいに商品が置いてあったとして、ある日突然お客さんが半分になったら、生産性は半分になる。しかし、お客さんがまた戻ってくれば、ある程度まで生産性の改善は続く。

したがって、日本の潜在成長率は過去の成長率からトレンド線を描くと確かに低いが、需要をもう少し喚起すれば、おそらく3年から5年程度はそのトレンド線を超える高い成長率を実現できる可能性があるはずだ。

そのうえで、3年後、5年後も高い成長率を確保できるかは、供給力強化の問題であり、サプライサイド政策の出番ということになろう。つまり、成長戦略だ。サプライサイド政策は成果が出るまで相当時間がかかるので、先行して打っていかなければならない。いうまでもなく、アベノミクスはこうした発想で進められている。

ちなみに、需要喚起を優先した際の一番の懸念はバブルが起きて、資産市場からパンクしてしまうことだが、幸か不幸か、株式市場でも不動産市場でもそうしたバブルはまだ起きていない。企業業績がこれだけ上がっても、日経平均株価はまだ1万9000円にも届かない。これもデフレマインドの証左かもしれないが、前向きに捉えれば、過熱が避けられていると言えよう。デフレ脱却はまだ道半ばだが、少なくとも安倍政権は、過去20年間のどの政権よりも、その克服のチャンスに近づいているのではないだろうか。

*伊藤元重氏は、東京大学大学院経済学研究科教授。現在、経済財政諮問会議の民間議員を務める。東京大学経済学部卒、米ロチェスター大学大学院経済学博士。

*本稿は、伊藤元重氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2015年の視点」に掲載されたものです。(here

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