January 19, 2015 / 4:03 AM / in 5 years

コラム:スイスショックは日本国債の未来を暗示か=佐々木融氏

[東京 19日] - 1月15日、スイス中銀(SNB)は1ユーロ=1.20スイスフラン(以下フラン)に設定していたユーロフラン相場の下限(フランの上限)を撤廃すると発表。これを受け、同日のユーロフラン相場は1.20フラン近辺から一時0.85フランまで急落(ユーロ下落・フラン上昇)。フランから見ると、対ユーロ上昇率は40%を超えた。

対ドルや対円でも一時35―39%のフラン高となった。19日朝の東京市場でも依然、これら主要3通貨に対して、政策変更直前との比較で20%程度上昇した水準を維持している。

筆者は、2011年9月の上限導入当時から、SNBの政策の持続性について懐疑的に見ていた。たまたま、その直後にSNBを訪れる機会があったので、日銀で1990年代半ばに介入を行った経験者として、「このような政策、ずっと続けることはできないと思いますよ」とアドバイスをして嫌な顔をされたこともあった。しかし、SNBは筆者の予想を大きく上回る、3年4カ月もの長期にわたってユーロフラン市場への介入を続けた。

結局、最終的には政策が維持できなくなる結果となったが、その後の展開には日本の金融政策を考える上で興味深い点が2つあった。

<膨らんだSNBの外貨建て資産含み損>

第一に、ここまで長く政策を引っ張った結果、リスクが膨らんでいたにもかかわらず、徐々にではなく、一気に政策を変更したことである。SNBのバランスシートの規模は、過去3年以上ものユーロ買い介入を受けて、スイスの名目国内総生産(GDP)の83%程度にまで膨れ上がっていた。そして、さらに重要な点は、資産の91%が外貨となっていることだ。

これだけのリスクを抱えながら、なぜ政策を徐々に変更するのではなく、一気に転換することにしたのかは理解に苦しむ。筆者は最近、SNBがこれだけリスクを膨らませているのは、すでにユーロを導入するか、欧州中央銀行(ECB)の金融政策に追随することを決めているためと考えていた。「金融政策のトリレンマ」(自由な資本移動、固定相場制、独立した金融政策は同時に2つしか実現できない)を考えれば、SNBがこの数年間行ってきたことは、独立した金融政策を放棄することを覚悟しているとしか思えなかったのだ。

そして実際、SNBは昨年12月18日にマイナス金利を導入し、ECBに追随しているかのような動きを見せていた。しかし、それでも結果的には、独立した金融政策を維持するために、突然、為替相場に対する政策を変更した。かなり理解に苦しむ行動であるが、そうした選択肢を取らざるを得なかった理由が何かしらあったのだろう。単純計算では、現時点でのSNBが保有する外貨建て資産の含み損は名目GDPの15%に相当する。

第二点目は、SNBによる政策変更後のフラン上昇率が非常に大きかったことである。先進国の為替相場で、一時的にせよ一日で40%も変動したケースは他にはないのではないだろうか。このことは、極端な政策は市場の歪みを大きくし、いざ政策を変更しようとすると、その反動で市場の動きが爆発的に大きくなってしまうことを示唆している。SNBもここまで大きな変動になるとは思ってもみなかったから、一気に政策変更を行ったのかもしれない。

<市場の目が日銀に厳しくなる可能性>

今回のSNBによる突然の金融政策変更と、その結果としてのフラン急騰は、スイスの実体経済や世界の金融資本市場に大きな影響を与える可能性がある。今回スイスで発生したことを日本に置き換えてみると、財務省・日銀がドル円相場を100円にずっと維持するために介入を続けてきたところ、急に政策を転換した結果、その日のうちに70円まで円高が進み、現在も83円近辺で推移しているようなイメージとなる。

ちなみに、スイスの年間輸出額(財のみ)は名目GDPの32%となっており、14%程度の日本よりもずっと大きい。スイスの方が日本より自国通貨急騰の悪影響を強く受けると言えるかもしれない。

また、影響はスイス経済だけでなく、その他幅広い金融資本市場に及ぶ可能性があり、その影響がこれから徐々に明らかになってくる可能性がある。対ユーロや対ドルでフランのショートポジションを保有していた投資家は多かったと考えられる。投資家が被った損失が予想以上の多額に上る可能性も排除はできない。

こうした中で、今後世界の金融資本市場が全体的に不安定になる可能性がある。今週末に控えているギリシャの総選挙、「イスラム国」によるテロに対する懸念、中国の不動産関連社債の問題も投資家の不安心理を増長してしまうリスクがあり、そうなれば、円ショートポジションの巻き戻しが続き、さらに円高が進む可能性がある。

加えて、SNBの突然の政策変更は、今後、日銀の金融政策に対する市場参加者の見方に影響を与える可能性もある。なぜなら、先進国中銀の中でSNBの次に極端な金融政策を行っているのは日銀だからだ。先述した通りSNBのバランスシートの対名目GDP比は83%だが、日銀のバランスシートはその次に大きく、名目GDPの62%となっている。

また、日銀がこのまま現在コミットしているペースでバランスシートを拡大していけば、今年末には名目GDP対比76%程度と、SNBにかなり近いところまで拡大することが予想される。米連邦準備理事会(FRB)やECBを含む他の主要国中銀のバランスシート対名目GDP比がおおむね10―20%台であることを考えると、SNBと日銀だけ規模が突出しているのが分かる。

<保有資産の3%程度毀損で、日銀は実質債務超過>

今後、市場参加者はSNBの次に極端な金融政策を行っている日銀の金融政策の持続性に対して疑問を持ち始めるかもしれない。これまではスイスや日本だけではなく、FRBやECB、イングランド銀行(BOE)も含めた各国中銀が行ってきた非伝統的金融政策は、賛否両論はあったとしても、どちらかと言えば、正しく、必要なこととして市場に受け止められてきたと考えられる。

しかし、15日のSNBによる措置とその後の市場の反応を受けて、今後は非伝統的金融政策に対して懐疑的な見方が高まってくるかもしれない。そうなると、次に政策の維持が困難になるのは日銀で、日本国債が次のユーロフランになるのではないか、と懸念する市場参加者は多くなっていくだろう。

日銀は総資産300兆円のうち、98%が円建て資産であるため、SNBに比べるとリスク量がかなり小さいのも事実である。しかし、それでも、対名目GDP比で異常に大きなバランスシートを抱えていることも事実で、SNBと同様、何らかの理由で突如政策を変更せざるを得なくなり、その行動が市場に予想をはるかに上回る影響を与えてしまう可能性もゼロではない。

日銀の純資産は資産の大きさに比べて非常に小さい。資本金はわずか1億円であり、法定準備金は2.9兆円しかない。この他、債券取引損失引当金、外国為替等取引損失引当金が合計3.8兆円程度あるが、これらを合わせても、総資産に対する比率は2.2%しかない。つまり、保有資産が3%程度毀損(きそん)しただけで、日銀は実質債務超過に陥ることになる。

「日銀は国債を満期まで保有するのだから問題ない」との考え方もあるかもしれない。しかし、SNBも今までの政策を続けようと思えば、技術的には続けられたはずである。それでも何らかの理由で終了せざるを得ず、SNB自身や一部の民間企業、投資家のバランスシートを実際に著しく毀損する結果となってしまった。日銀もどこかの時点で現在の政策が継続不可能となり、その瞬間に国債価格が暴落、長期金利が急騰し、日本経済全体に多大な損失を与えてしまう可能性は小さくはない。

SNBに比べれば日銀がバランスシートに抱えるリスクは小さいことは事実だが、一方で他の主要国中銀に比べればリスクははるかに大きい。そして、今回スイス経済が被りそうな被害を考えれば、日銀や日本経済も同様の事態に追い込まれるリスクを軽視しない方が良いことが分かるだろう。

1930年代の日銀による国債引き受けが、結局ハイパーインフレにつながったのは、出口政策に失敗したからだった。したがって、今回は、極端な金融政策からの出口政策に失敗したSNBの直近の事例をきっかけに、日銀は出口政策に対する考え方を今から市場に対して明確に説明すべきではないだろうか。

日銀の場合、政策目標(コアインフレ率2%)が達成された時、現在の政策を単純に終了すると、国債価格は暴落することになる。つまり、日銀が行っている非伝統的金融政策は、SNB以上に出口政策がより重要なのだ。

非伝統的金融政策の持続性に対して市場参加者が懐疑的な見方を強めつつある中、しっかりとした出口政策を示さなければ、今後の政策の持続性に対して市場参加者の信任が得られなくなるリスクが高まるだろう。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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