January 26, 2015 / 9:48 AM / 5 years ago

コラム:ギリシャと量的緩和がもたらすユーロの試練=山口曜一郎氏

[東京 26日] - 25日のギリシャ総選挙では、最大野党の急進左派連合(SYRIZA)が躍進し、149議席を獲得した模様だ。先週木曜日の欧州中央銀行(ECB)理事会と日曜日のギリシャ総選挙という2つの大きなイベントを消化したところで、ユーロ圏の現状と見通しについて考えてみたい。

筆者の結論は、しばらく金融市場ではユーロ安と債券高(債券利回りは低下)が続くというものだ。株価も緩和政策を受けて堅調な値動きとなるだろう。

しかし一方で、一連の金融政策は成長とインフレを大きく押し上げるには十分でなく、バランスシート拡大政策による市場の歪みと域内に存在する政治・社会問題がユーロ圏の脆弱性を高める。金融市場の動きや、外需など経済指標の一部に明るさが見られても、内面的にはショックに弱い体質となる恐れがある。

<ECB量的緩和の功罪>

まず、金融政策の決定内容を振り返ってみたい。今回のECB理事会では、資産購入の拡大、貸出条件付き長期資金供給オペ(TLTRO)の条件変更、金利据え置き、と3つの政策決定が発表されたが、特筆すべきは月600億ユーロの資産購入プログラムの拡大だ。マーケットでは「ドラギ・バズーカ」との賞賛の声があり、筆者もドラギECB総裁が理事会内の反対意見を押し切って大規模緩和を決定したことを評価したい。ただし、内容としては、ポジティブな点が2つ挙げられる一方で、気を付けたい点も2つある。

1つめのポジティブ要因はその規模だ。当面の期限である2016年9月まで購入が続いた場合、購入総額は1.14兆ユーロに達する。現在のECBのバランスシートは2.16兆ユーロであり、今年の1月と2月に期日を迎える3年物LTROの落ち切り分(約1870億ユーロ)を勘案しても、今回のドラギ・バズーカがフルに機能すれば、ECBが目指す3兆ユーロへのバランスシート拡大が実現可能となる。

もう1つは、ようやくECBが国債の購入に踏み切ったことだ。ここに至るまでのECBの動きはもどかしい限りだった。かつて、米国、英国が国債購入型の量的緩和(QE)を進めていた際には、ユーロ圏は間接金融が中心であり国債QEはそぐわないと述べ、ユーロ高とインフレ低下が続いていた時には、中長期的なインフレ期待は支えられていると主張し、長い間、国債購入を躊躇(ちゅうちょ)し続けていた。

しかし、とうとうECBも国債QEに踏み切った。それだけユーロ圏のデフレリスクが高まっているということだろう。大規模QEを実現させるため、国債だけでなく、政府機関債(エージェンシー債)や国際機関債も購入対象としており、まさに政策総動員だ。ちなみに、月600億ユーロには既存のカバードボンドと資産担保証券(ABS)の購入プログラムも含まれており、それ以外の購入は実質的に月500億ユーロ程度となりそうだ。

ユーロ圏の下方リスクを懸念していた筆者とすれば、もっと早く国債QEに踏み込んでいれば、と思わずにはいられないが、同時に、多くの国(今年から19カ国)で構成されるユーロ圏の金融政策運営の難しさを考えると、ドラギECB総裁でなければ、ここまで辿り着けなかっただろうとも思う。

ただし、気を付けておきたい点が2つほどある。1つめは、これだけやっても「黒田バズーカ」にはかなわないということだ。月600億ユーロ、年にして7200億ユーロは巨額だが、日本円に換算すると約95兆円であり、国内総生産(GDP)規模でユーロ圏の半分に満たない日本の国債購入が年80兆円であることを勘案すると幾分見劣りする。

バランスシートの規模で見ても、ユーロ圏では3兆ユーロのバランスシートを達成してもGDPの約3割に過ぎないのに対して、日銀のバランスシートはすでにGDPの60%を超えており、今後はさらなる拡大が見込まれている。経済や金融の環境が異なることから単純比較はできないが、今回の国債QE導入でも成長やインフレを押し上げるには力不足となる展開は排除できない。

もう1つは、大規模緩和の効果に対する不透明性と副作用への懸念だ。今回の決定が相場に与えるインパクトは、ユーロ安・債券高など相応にはっきりとしたものになりそうだが、経済活動に与える影響は不確実であり、金融機能に副作用が生じる恐れさえある。

現在、期待されている実体経済へのチャネルは、国債などの資産購入によるECBのバランスシート拡大が、ユーロ下落とインフレ期待の上昇を誘発し、輸出増加とインフレ上昇につながる、という流れだが、他国で実施された国債QEのように、国債購入によって債券利回りが全体的に押し下げられ、景気が刺激されるといったチャネルについては、すでにドイツ国債の10年物利回りが0.3%台、スペイン国債でさえ10年物利回りが1.5%割れまで低下しており、一段の金利低下から得られる恩恵は限定的だろう。

それどころか、ドイツの場合は副作用の方が大きくなる恐れがある。財政収支均衡を実現したドイツでは今年のネット国債発行がほぼゼロとなる。そうなると、償還分に相当する新規発行があっても現在1.13兆ユーロの国債発行残高はほとんど変わらない。ECBの出資比率に従って購入額が割り当てられるとすると、年1000―1100億ユーロ程度のドイツの資産をECBが買うことになる。

購入資産にはエージェンシー債も含まれるが、国債の需給が一段と逼迫するのは確実だ。現在、5年物国債までがマイナス金利となっており、さらに需給がタイトになるようだと、より長期の国債利回りまでもがマイナスとなる恐れが出てくる。金融機能的に正常とは言えないだろう。

加えて、この大規模緩和によって、貸出増加などユーロ圏内のカネ回りが改善するのか、という点についても不透明性が残る。ECBの政策では資産購入による量的緩和とマイナスの中銀預金金利が並存している。QEによって市場に放出されたマネーがマイナスの中銀預金金利を嫌って貸出に向かうというのが理想であり、ECBの考えているピクチャーだろうが、この政策措置を嫌って市中銀行がバランスシートの拡大をためらう恐れもある。

銀行が預金を預かろうとせず、市場に放出されたマネーも貸出に向かわず国債購入に使われてしまうようだと、市中銀行のバランスシート運営は抑制気味となり、マネーの流通速度が減速しかねない。マイナス金利で域外からのマネー流入が細ることも併せて考えると、全体としてカネ回りが悪くなる可能性は排除できない。

<ギリシャで終わらないユーロの試練>

そして冒頭で述べた通り、25日のギリシャ総選挙では急進左派連合が勝利した。勝利自体は大方の予想通りだったが、予想以上に同党が議席数を伸ばす結果となった。これを受けて、短期的なリスクと中期的なリスクが台頭すると見る。

短期的なリスクについては、急進左派連合が圧勝をバックに反緊縮財政姿勢を強めてくる可能性が指摘できる。

昨年12月に今回の総選挙実施が決まった当時、同党は財政緊縮策への反対姿勢を強く打ち出しており、欧州連合(EU)との協議が決裂することで金融支援が停止され、ギリシャがデフォルトに向かうとのシナリオが懸念されていたが、選挙が近づくにつれて、急進左派連合からEUとの協議に前向きな発言が出てきたり、ギリシャに対する強い発言が続いていたドイツからユーロ圏残留を望む声が出てきたりするなど、風向きが変わりつつある雰囲気が出ていた。しかし、今回の選挙で予想以上の国民の支持を得たことで、同党の姿勢が再び強硬姿勢に傾くリスクがある。

過半数に必要な議席数はあと2議席であり、連立政権の選択肢はかなり多くなる。報道によれば、有力な連立相手として「独立ギリシャ人」が挙がっている。同党は左派ではなく中道右派だが、反緊縮財政という点で共通しており、この流れで連立政権が樹立されれば強硬姿勢で交渉に臨む可能性があるだろう。

EUサイドでは、例えば、財政再建を約束すれば条件を軽減したうえで金融支援を継続、といった一定の譲歩の用意があると考えるが、ギリシャ側の態度次第で交渉は難航するだろう。選挙結果はこのリスクを高めるものだった。

中期的なリスクは、域内に存在する政治・社会問題がボディブローのように効いてユーロ圏の脆弱性を高めてしまうことだ。ユーロ圏は通貨危機を経験する中で様々なバックストップ(安全網)を構築したことから、国債価格の大幅下落による国家財政の悪化と他国への飛び火や、多額の国債を保有していた欧州銀行への打撃波及による銀行システム全体への危機の伝播、といったチャネルは概ね遮断できている。

しかし、その一方で、高い失業率、低い経済成長率、緊縮的な財政政策、という状況に南欧を中心とした国々は不満を募らせており、政治的・社会的には必ずしも安定していない。そのような中、今年はギリシャに続いて、秋までにポルトガル、スペインで総選挙が予定されている。

また、ユーロは導入していないもののEU加盟国である英国でも5月に総選挙が予定されており、EU残留の是非が争点の一つとなりそうな状況だ。親EU・ユーロ派、緊縮財政推進派への反対圧力が強まる恐れがあり、欧州の政治・社会情勢についてはテールリスクとして注意しておく必要がある。

<ユーロ下落はペースダウンか>

では、この2つのイベントを踏まえて、当面の為替および債券相場をどう考えていけばいいだろうか。まず、為替市場ではユーロ売りが継続すると見る。ただし、筆者の推計では、ユーロドルはすでに3兆ユーロのバランスシート達成を相当程度織り込んできている。よって、ここから先のユーロ下落については、ボラティリティは高まるだろうが、下落幅という点ではペースダウンしてくると見る。

すでに1ユーロ=1.10ドル割れが目前に迫っているが、1.10割れ後にユーロ売りが加速するというよりは、前倒しで売られた分の調整や米利上げの動向をにらみながら、上下に振れる展開を予想する。万が一、1ユーロ=1.00ドルまでユーロ安が進む展開があるとすれば、それは、政治・社会不安の高まりによってユーロの信認が揺らぐ時だろう。

一方、債券市場では、ECBの国債QEを受けて各国の国債が買われるため、利回り低下が一段と進行すると見る。ドイツは7年ゾーンまでマイナス圏に陥りそうだ。

日銀の量的質的緩和は異次元緩和と呼ばれているが、スイス中銀による対ユーロでのスイスフランの上限撤廃とマイナス0.75%への追加利下げのコンビネーションや、ECBによる国債QEとマイナスの中銀預金金利の並存など、もはや金融政策は異次元緩和合戦の様相を呈している。各市場では、当面緩和マネーに支えられた相場展開が予想されるため、この動きに付いていく必要がある。ただし、長い目で見て、この状況は永続的ではないということも頭の片隅に置いておくべきだろう。

*山口曜一郎氏は、三井住友銀行市場営業統括部副部長兼調査グループ長で、ヘッド・オブ・リサーチ。1992年慶應義塾大学経済学部卒業後、同行入行。法人営業、資本市場業務、為替セールスディーラーを経て、エコノミストとして2001―04年に ニューヨーク、04―13年ロンドンに駐在。ロンドン大学修士課程(金融学)修了。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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