October 8, 2014 / 2:12 AM / 4 years ago

コラム:米利上げ期待の落とし穴、ドル106円に下落も=山本雅文氏

[東京 8日] - ドル円相場は2月以降、102円を挟んだレンジ取引が続いていたが、8月に急上昇し、一気に110円をつけた。

確かに、国内景気は消費増税後の需要反動減からの回復が予想外に鈍く、また順調に上昇してきた消費者物価(CPI)前年比も鈍化し始め、日銀の追加緩和期待が再燃しつつあるほか、公的年金運用改革を受けた外貨資産投資への期待感も円売り圧力とはなった。

とはいえ、最大の要因はドル全面高で、特に為替市場において米国の利上げが早期に開始されるとの期待感が急に高まったことが背景にある。

きっかけは非常に些細な変化だ。7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨および8月下旬のジャクソンホールにおけるイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長発言が従来ほどハト派ではなかったとの解釈が、9月FOMC参加者のフェデラルファンド(FF)金利予測の単純集計が上方修正されたことで視覚化され、ドル買いに拍車がかかったのだ。しかし、FRBが本当にタカ派化したのか、利上げ開始を早めたいのかは大いに再検討の余地がある。

第一に、9月FOMCで示された参加者のFF金利予想だが、単純集計ではタカ派方向にバイアスがかかっているリスクがある。最近の米金融当局の高官発言を分析してみても、来年第1四半期あるいは春の利上げ開始を主張しているのは最もタカ派の部類に入るメンバーで、彼らのほとんどは来年のFOMCで投票権を持たない。タカ派の中で来年投票権を持つのはラッカー・リッチモンド連銀総裁のみだ。市場はこれらの「声高な少数派」の意見を必要以上に知覚してしまいやすい。

今後、利上げ開始に向けて利上げ賛成票の多寡を見極めるには、現在合計10票のうち6票を占める、イエレン議長をはじめとするFRB理事ら5人とFOMC副議長を務め常に投票権を持つダドリー・ニューヨーク連銀総裁が明確に利上げに向けたスタンスを示すかが重要だ。

イエレン議長とダドリー総裁以外の理事らの発言は通常少ないため、市場が「物言わぬ多数派」の発言に触れる機会はそう多くない。現在でもこの6人がやると決めれば強行採決で利上げは開始可能だが、政治的にも不人気である利上げを実行するためにも、またイエレン議長の指導力を示すためにも、できるだけ反対票は少ないほうが望ましい。

来年投票権があるハト派のうち、ウィリアムズ・サンフランシスコ連銀総裁や、ロックハート・アトランタ連銀総裁を賛成側に取り込みたいところだ。エバンズ・シカゴ連銀総裁は最もハト派の部類に入ることから、最初の利上げ時には賛成側に取り込むのは難しいかもしれない。

<米金融政策の英国化リスク>

第二に、インフレ圧力が強まっていないことから、FRBは利上げを急ぐ必要性が低い。FRBが最重視しているとされる個人消費支出(PCE)コア価格指数は5月以降、前年比プラス1.5%で横ばいだが、コアCPIやクリーブランド連銀が算出する加重中央値や刈込平均は5月をピークにむしろ小幅低下している。インフレ連動債から抽出される市場のインフレ期待も低下基調にある。さらに、資産価格も鈍化しており、米株価は9月後半以降、調整色が強まり、住宅価格の伸び率は明確に鈍化している。

利上げを先取りした急ピッチのドル高も、金融条件の引き締めにつながり、また輸入インフレ抑制を通じて、インフレ率およびインフレ期待を抑制する方向に働いている。つまり利上げを急がずとも、通貨高が利上げの代わりに引き締め効果を米国経済にもたらしている面がある。これに加え、利上げをすれば、金融条件が引き締まり過ぎてしまうリスクすらある。

インフレとの関連で気になる他国の先例がある。今年6月から8月にかけて市場を翻弄したイングランド銀行(英中央銀行、BOE)だ。英国ではカーニーBOE総裁が6月に利上げ開始早期化を示唆するとポンド高が加速したが、その後、政治的圧力を受けてか、スコットランド住民投票というイベントリスクを控えてか、当時前年比マイナスで推移していた賃金上昇率の弱さを強調し始め、8月のインフレ報告で今後の利上げに向けては賃金を重視する姿勢を示し、市場の早期利上げ期待を大きく後退させたことがあった。

米国でも現在、実質賃金上昇率はゼロ%台で推移しており、イエレン議長も賃金上昇率の弱さに懸念を示していることから、FRBが「BOE化」するリスクはゼロではない。

<先走り過ぎのドル円>

第三に、利上げ開始に向かうとしても、ドルが一方向に上昇を続けるとは限らない。毎回のFOMCでいわゆる「メジャード(慎重な)ペース」と称された0.25%ポイントずつの小刻みな連続利上げを継続した2004―06年の前回利上げ局面には、最初の利上げ開始前の半年間は104円から114円と広いレンジで上下しつつも方向感は出ず、その後利上げ幅が1%超に達する途中で102円まで下落する局面もあった。

今回と比較してみると、来年第2四半期に利上げを開始するとしてもその半年前にも達していない段階ですでにドル円は8%上昇した。これは、前回の利上げ局面でフルに4.25%ポイント利上げした期間中の上昇率6%と比較しても、かなり先走っている面があることが分かる。

日本側も、円安を手放しで喜んではいない。確かに、輸出企業は輸出数量こそ増えずとも、外貨収入が円換算で増加するのはプラスだし、日銀としても2%の目標達成に向けて、ホームメイドインフレが弱い中で輸入インフレは援軍だ。とはいえ、輸入品への依存度が高い産業は急激なコスト増に見舞われており、円安で苦しむ企業のための支援策すら議論され始めている状況だ。賃金上昇率が緩やかにとどまる中での輸入インフレは、家計にとっても痛手となる。

こうした中、政府高官からの円安に関する発言も明確に変調した。安倍首相の発言もアベノミクス初期の「過度の円高是正」から直近では「円安にはプラス・マイナス両面ある」とバランスの取れた微妙なものとなってきている。これは、「現在の水準は正当化されず持続可能ではなく、さらなる大幅下落の余地がある」と繰り返すニュージーランド(NZ)や、通貨安歓迎姿勢をにじませるユーロ圏、豪州やカナダなどとは対照的なスタンスと言える。

ドル高シナリオを基にしたトレード戦略を組むにしても、円安を歓迎しない国内当局者コメントが障害となり得る円ショートより、当局が通貨安歓迎姿勢を隠さないNZドル、ユーロ、豪ドル、カナダドルの対米ドルでのショートのほうがクリーンな米ドル上昇が実現しやすいとみる投資家が増えてもおかしくない。

長い目でみれば、来年にかけて米日間の金融政策面でのコントラストは強まる方向で、115円を目指す展開もあり得よう。ただし、足元110円への対円でのドル高は先走り過ぎていた感があり、スピード調整として、いったん106円程度に下落するリスクに注意する必要があるだろう。

*山本雅文氏は、外為投資に関する調査・分析・情報発信を行うプレビデンティア・ストラテジーの代表取締役兼マーケットストラテジスト。日本銀行で短観調査作成、外為平衡操作(介入)や外為市場調査・モニタリングに従事した後、ドイツ・フランクフルト駐在を経てセルサイドに転出。日興シティグループ証券で通貨エコノミスト、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド銀行東京支店およびバークレイズ銀行東京支店で日本における為替ストラテジーチームのヘッドを歴任後、2013年8月にプレビデンティア・ストラテジーを設立。国際基督教大学卒業。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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