October 24, 2014 / 2:27 AM / 5 years ago

コラム:消費増税判断、どちらに転んでも「円安」に=植野大作氏

[東京 24日] - 消費再増税の時期や是非をめぐる政府・与党内の議論が激化している。

各種報道によれば、自民党の執行部や税制調査会では、円滑な財政運営および規律重視の立場から予定通り2015年10月に税率を10%へ引き上げるべきとの意見が大勢を占める一方、16年に実施される国政選挙に向けた国民世論への影響や景気悪化リスクを懸念する一部の与党議員や首相ブレーンなどからは「増税先送り論」が急浮上しているという。

古今東西、国民生活に甚大な影響を及ぼす間接税引き上げに関する議論は、政治的な意思決定に各種主体の利害得失への思惑が複雑に混入されて甲論乙駁の状態になることが多い。最終的には安倍首相が計画通りに実施するかどうかを判断する予定だが、現時点では旗色を鮮明にしておらず、各方面の意見を聞きながら、今後発表される7―9月期国内総生産(GDP)の結果も踏まえて熟慮した上、12月中をめどに慎重に判断する方針だと伝えられている。要するに、現時点では「どちらに転ぶのかよく分からない」のが実情だ。

こうした状況下、為替市場関係者の間では、年内には示されそうな安倍首相の消費増税判断が、その後のドル円相場にどのような影響を及ぼすのかについての「憶測トーク」が先行して始まっている。

安倍首相の選択肢は細かくみれば複雑に枝分かれするが、主なものに整理すると、1)消費税率の引き上げを無期限で凍結する、2)10%への税率引き上げの時期を16年以降に延期する、3)計画通りの増税実施の是非を判断する時期を先送りする、4)現行法通り15年10月に10%に引き上げる、という4つのパターンに分類できそうだ。それぞれのケースでドル円相場はどう反応するのだろうか。以下、筆者の見解を整理しておく。

<判断延期なら「悪い円安」リスク蓄積へ>

まず、安倍首相が「消費増税の実施を無期限で延期する」と決断した場合だが、さすがに「悪い円安」への懸念が台頭するリスクがあるだろう。

現在の消費増税法の付則を柔軟に解釈すれば、現行8%で税率を凍結することは可能かもしれないが、国会でいったん立法化してその後の国際会議で政府要人が公約として語り続けてきた財政再建策の目玉商品をこの期に及んで撤回した場合、中長期的な日本の財政政策の維持可能性に対する市場の信認が著しく毀損される可能性があるからだ。その場合、国内外の格付け機関は相当高い確率で日本国債の追加格下げを検討するとみられ、市場環境次第では、制御が難しい円の先安感を喚起する可能性もあるだろう。

日本の国債はこれまで外国人保有比率の低さなどから、信用力が低下しても強烈な通貨価値の減価に結びつきにくいと言われてきた。ただ、何事にも限度があるのが自然の摂理だ。現在、日本の一般政府債務残高は名目国内総生産(GDP)の2.5倍近くにも達しており、世界的にみて突出して大きい水準で膨張し続けている。

日本の公的債務の発散リスクに対する市場の懸念は、これまで暴発したことはないが、この先も累増し続ける場合、水面下では点火リスクが不可逆的に高まっていく。いわゆるアベノミクスの「第2の矢」は、「機動的な財政政策」と謳われているが、「財政拡張には無類の機動力を発揮する一方、財政再建には著しく機動性を欠く」という非対称的な運用が繰り返される場合、日本の国家財政に関する潜在的な懸念は、ゆっくりとだが着実に「見えない臨界点」に近づいていくだろう。

日銀が異次元緩和で大量の国債を買い占めている間は、「悪い金利上昇圧力」をしばらく封印できるかもしれない。だが、ひとたび市場の懸念に火がつく臨界点を超えてしまった場合、日本の国債市場をはるかに凌駕する取引規模のある外国為替市場において、「悪い円安圧力」を完封するのが困難になる可能性はある。よって、もしも安倍首相が消費増税計画を無期限に凍結した場合、為替市場の反応がさすがにこれまでと違ってくる可能性を意識すべきだ。

むろん、そうしたリスクが存在することは百も承知の上で、安倍首相は消費増税問題に対する政治決断を下すはずだ。よって実際には「消費増税の無期限凍結」というオプションが選ばれる可能性は極めて低い。だが、仮に安倍首相が2番目の「税率10%への引き上げ時期の16年以降への延期」を選んだ場合でも、大同小異の懸念は潜在的に残存するだろう。

周知のように、16年は夏場に参議院選挙が予定されているほか、衆議院の任期満了も年末に控えているからだ。もしも安倍首相が16年以降への増税延期が妥当と判断しても、「国政選挙直前の消費増税」はたぶん避けるとみられ、税率の引き上げは少なくとも1年半以上は先送りされる可能性が高そうだ。その場合、16年の国政選挙後まで消費増税の予定日が延期されるため、当該時点での経済状況が分からないのはもちろん、国家首班、政権の枠組み、与野党の勢力分布などが大きく変わってしまう可能性もゼロではなくなる。

新たに成立する増税法案にも恐らく発効停止を可能にする弾力条項が付帯されるだろうから、消費税率10%への引き上げ予定日が、選挙後にセットされた場合、その実現可能性について「政治的にみて合理的な」疑念を抱く市場関係者は少なくないだろう。

要するに、このタイミングで安倍首相が15年10月の消費増税を見送った場合、「事実上の無期限延期」に近い印象を受ける市場参加者が増えることになり、「悪い円安リスク」の蓄積が水面下で進みそうだ。

安倍首相が「増税の是非を判断する時期を先送りする」と決断した場合も、類似の懸念が市場に残ることになる。このケースでは「消費税率の引き上げが予定通りに実施されるかどうか分からない」という不透明な状態が単に数カ月程度長引くだけだからだ。数カ月後に安倍首相が下す結論が「増税凍結」や「増税延期」となった場合の市場混乱リスクは当然残るため、「少しだけ延期」された安倍首相の決断時期に向けて一層強まる永田町付近の緊迫ムードや霞が関界隈の困惑が、金融・為替市場にも伝染しやすくなるだろう。

安倍首相が最終判断の時期を先送りすればするほど、結論の分からない焦らされた状態で放置される市場関係者の欲求不満の蓄積が進む可能性がある。決断時期を先送りした上で増税の凍結あるいは延期が発表された場合は、市場の撹乱リスクが待たされた分だけ増幅される可能性があるだろう。

<予定通り増税なら地味な円安進行へ>

他方、安倍首相が意外にあっさり予定通りの消費増税を決断した場合はどうだろうか。上記の議論の逆だと考えれば円高に振れそうな気もするが、少子・高齢化がかなりの勢いで進んでいる日本において、財政政策に長期的な持続可能性を付与するためには、一層の歳出入構造の改革が必要だと言われており、消費税率10%程度までの引き上げだけで、中長期的な日本の財政再建に対する市場の信頼感が急激に高まるとは考えにくい。

また、消費増税によってほぼ確実に引き起こされる「万人に予見可能な日本の物価水準の上昇」は、教科書通りに考えれば、比較的分かりやすい円安要因だ。

一般に間接税の増税とは、自国通貨の購買力を低下させてその差分を国庫に収めるという意味で「現代版の貨幣改鋳」による国家財政の立て直しに他ならない。このため、他の条件が一定ならば、消費増税によって財貨・サービスに対する円の使用価値(=購買力)が落ちる分だけ、外国通貨に対する円の理論的な交換価値も下落、購買力平価の均衡水準が円安方向にシフトする。

筆者の同僚エコノミストの試算では、15年10月に消費税率が現行の8%から10%へ引き上げられた場合、日本の消費者物価は1.3%、国内企業物価は1.9%程度押し上げられるそうだ。足元のドル円相場に当てはめると、恐らく購買力平価の水準が1.5円から2.0円前後は円安方向にシフトする計算になる。

加えて、安倍首相が国民に痛みを与える増税を決断する前後の時期においては、景気への悪影響を緩和するための「鎮痛剤」の投与が政治的にみて不可欠になるだろう。その際、「財政的に無い袖は振れない」という雰囲気が霞が関界隈で強ければ、金融政策への期待が強まり、日銀に追加緩和を求める声が政府・与党内で強まる可能性がありそうだ。

過去日本で消費税が導入あるいは引き上げられた後に実施された国政選挙の結果をみると、1)1989年7月の第15回参議院選挙で自民党が結党以来初の過半数割れとなる、2)98年7月の第18回参議院選挙で自民党が大敗して橋本内閣が総辞職に追い込まれる、といった具合に当時の政権与党が非常に厳しい国民の審判に晒されている。

大幅増税を実施した政権が国民の不興を買うのは止むを得ない面があり、今秋に安倍首相が消費税率の追加引き上げを決断する場合、「増税後の景気悪化リスクを減じ、デフレ脱却を確実にするために必要」などといった名目で、「永田町発、三越前行き」の金融緩和要請が強まる可能性は意識しておくべきだろう。

むろん、政府からの協力要請があった場合にそれに応じるか否かは、日銀の独自判断に委ねられる。ただ、最近の黒田日銀総裁の語録をみると、「もしも必要であると判断した場合は、躊躇(ちゅうちょ)せずに追加緩和を実施する」「日銀が購入できる資産はいくらでもあるため、金融緩和に限界はない」といった主旨の発言が目立っている。安倍首相による消費増税決断を踏まえ、「日本経済の順調な回復支援」や「できるだけ早期の物価目標2%確保」に必要であると日銀執行部が判断した場合、デフレ再発の予防という位置づけで「異次元緩和の上塗り」がアナウンスされる可能性が高まるだろう。

安倍首相の消費増税判断に歩調を合わせて日銀が追加緩和に動く場合、教科書通りに考えれば「増税と金融緩和」という通貨安圧力を生みやすいポリシーミックスが再現されるほか、日本よりも一足先に金融政策正常化のプロセスに入っている米国との印象格差が一層際立つことになる。いったん市場に織り込まれてしまった感のある「日米金融政策格差」という円売り・ドル買い要因に新鮮な喝が入る可能性が高まるだろう。

総じて、15年10月に予定されている消費増税実施の是非をめぐる議論については、1)計画が反故にされて無期限に凍結される場合はもちろんのこと、2)税率10%への増税計画が16年の国政選挙後に先送りされる場合でも、中長期的にみた財政の発散リスクが意識され、潜在的には円価値の不安定化要因になりそうだ。

他方、予定通りの消費増税が決まった場合でも「不可逆的に生じる日本の物価水準の上昇」が日本円の購買力平価水準を地味に円安方向にシフトさせるほか、日銀の対応次第では相応の円安圧力が発生する可能性もある。ここもとのドル円相場は約6年ぶりのドル高・円安水準に吹き上がった後、神経質な乱高下を演じているが、さほど遠くない将来に安倍首相が下す政治決断は、アベノミクス相場の第2ラウンドにおけるドル円相場の振る舞いを考える上で、必須の考察ポイントの一つになりつつある。

恐らくは想像を絶する重圧の中で安倍首相が下す最終決断を虚心坦懐に受け止め、その後のドル円相場のプライス・アクションを注視したい。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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