November 12, 2014 / 7:13 AM / 6 years ago

コラム:日銀追加緩和、「劇薬」の副作用リスク=山口曜一郎氏

[東京 12日] - 相場の値動きには落ち着きが出てきたものの、10月31日の日銀「サプライズ緩和」の余韻は根強く残っており、日経平均は1万7000円、ドル円は115円を挟んだ推移となっている。非伝統的手段を用いて期待に働きかける金融政策において、市場の価格形成に影響を与えたかどうかを成功の判断基準とすれば、今回は大成功と言えるだろう。

それでも、今回のサプライズ緩和は誰のためだったのかという点はやはり気になる。日銀は声明文で「これまでに着実に進んできたデフレマインドの転換が遅延するリスク」を指摘しており、好転している期待形成のモメンタムを維持することを政策変更の理由とした。日銀にとっては、企業、家計、投資家、その他市場参加者、と全ての経済主体のためだったのだろう。政策当局は、物価を上げるためには何でもやることを示さなければ企業も家計も信じない、との決意を持って金融政策に臨んでおり、今回、中銀は揺らいでいないというメッセージは間違いなく伝わった。

しかし、このサプライズ緩和は、金融市場関係者、中でもデフレマインドから抜け出せていない一部の投資家やエコノミストの背中を強く押すという意味では大きな効果があったが、実体経済を担う企業や家計に対してはインパクトが強すぎた恐れがある。

筆者は、企業も家計もモノの値段が上がることはすでに実感し始めていると見る。大手小売業者が8月に値上げに踏み切るなど、企業は少しずつ価格転嫁を始めている。一方、家計は、名目所得の増加を感じながらも、持続的な賃金上昇に対する不確実性と足元の消費増税の影響で、財布のひもを緩めていいものかどうか考えあぐねている状況だ。デフレマインドからインフレマインドへの漸進的な転換も手伝って、先を見据えた企業行動から設備投資が堅調な動きとなる一方、消費動向には不透明性があり、消費増税後の反動減の長期化から在庫が増加し生産活動に調整が入っている。

総合的な消費者の行動を示す消費総合指数は9月までの発表しかないが、前月比プラス0.5%の106.4にとどまっており、これは3月の114.1に遥か及ばないどころか、2012年10―12月の水準に過ぎない。大手小売業者の決算発表でも、高価格帯の商品が売れているといった明るい話題がある一方で、前回の増税時よりも売り上げの戻りが鈍い、消費者が慎重になっている、日本の景気は良くなっておらず良いのは東京だけ、といったコメントが出るなど、不透明感は拭えない。

経産省が発表した9月の小売業販売額は前年比プラス2.3%と3月の11.0%以来の高い伸び率となっており、秋に入ってからの持ち直しに期待したいところだが、大手百貨店の10月の売り上げ速報は前年同月比でプラス、マイナスまちまちであり、明確な回復トレンドは描けていない。円安に伴う観光客の消費増を取り込んでいるはずの百貨店にしてはやや失望的な状況だ。

これらに呼応するように、生産面では、9月の鉱工業生産が前月比プラス2.7%と8月のマイナス1.9%から反発したが、7―9月期は前期比マイナス2.0%と鈍い着地だ。先行きを見ても、生産予測調査で10月が前月比マイナス0.1%、11月がプラス1.0%となっているように、本格的な生産回復期待は11月以降に先延ばしされている。

<中小企業と消費者は劇薬に耐えられるか>

このような環境下で、サプライズ緩和によって株価が上昇したら、人々は資産効果で消費を増やすだろうか。おそらく、もうその段階ではないだろう。サプライズ緩和によって一段の円安が進んだら企業収益はどうなるだろうか。大手輸出企業は恩恵を受けるが、輸入比率の高い内需型の中小企業は苦しいだろう。

ドル円が3桁水準に定着し、105円、110円と円安が進む中で、輸入企業はもちろん輸出企業も、今後のビジネスモデルや戦略において様々なケースを検討し始めているであろうことは想像に難くない。多くの専門家が、円安にもかかわらず予想ほど輸出が伸びなかった要因を分析し、企業の現地生産シフトという構造変化、販売数量ではなく収益確保に対する強いインセンティブ、製品競争力の低下などを指摘しているが、それ以上に、これらの分析を通じて強く感じるのは、5年にわたって2桁の為替レートを経験し、円高継続を想定したビジネスモデルを構築した企業は、急に円安が進んだからといってすぐに構造や戦略を変えることはできないということだ。

2年前、ドル円は80円だった。再び3桁の為替レートが定着すれば、内外価格差や海外進出コストを考慮し、徐々にグローバルな生産拠点のアロケーションを見直す動きが出てくると予想される。しかし、戦略見直しには時間がかかる。為替や株なら、環境や方向性が変われば、ポジションを閉じたり、買い持ちから売り持ちに変更すればいいが、操業を始めたばかりの工場を閉鎖したり、違う国に移転することは不可能だ。

特に心配なのは、今回の追加緩和に伴う急激な円安が、生き残りをかけてビジネスモデルの転換を図ろうとしていた内需型企業や中小企業に致命的な打撃を与えてしまわないだろうかという点だ。

誤解しないでほしいのは、筆者は第二次安倍政権および黒田日銀体制の発足から、一貫して両者の支持者であり、ここは全くブレていない。2012年秋から2013年春にかけて、当時、筆者は海外駐在だったが、海外投資家から質問されるたびに、自分自身も期待に胸を膨らませながら「日本は変わる」と熱く語ったものだ。

今回も、日銀は本気だというメッセージを打ち出したこと自体は評価できるものであり、筆者もインフレとインフレ期待のアンカーのためには追加緩和を実施すべきと考えていた。ただし、サプライズ緩和は、劇薬の投与が必要な患者に、まだ薬は打ちませんよ、と伝えておいて、いきなり打った感がある。その結果、突然の劇薬投入で驚いた患者は、初期に強い回復反応を示したが、影響が強すぎて反動や副作用が出てくる恐れがある。

果たして、一部の市場参加者を除く、多くの人々は足元の急激な円安と株高についてこられるのだろうか。すでに述べたように、企業も家計もモノの値段が上がることを実感し始めているというのが筆者の見立てだが、企業行動が変わるには一定の時間がかかる。中小企業庁によれば、中小企業の数は総企業数の99%以上を占め、従業員数は全体の約7割を占める。彼らはわずか2年間でドル円が80円から115円に上昇した為替相場に耐えられるのだろうか。

同様に家計の資産ポートフォリオのシフトにも一定の時間がかかる。一部の富裕層を除けば、多くの家計はいろいろと悩みながら、少しずつポートフォリオに占める株式の割合を増やしていくだろう。そのような中、いきなり日経平均が1万7000円レベルまで上昇してしまった。海外勢でさえ若干躊躇(ちゅうちょ)するような水準で果たして家計が株式投資に積極的に乗り出してくるのか、また乗り出してきた場合に株価は彼らの資産形成にプラスとなるような値動きを見せてくれるのか、10月末のサプライズ緩和を経て、筆者の疑問は深まるばかりだ。

この疑問に政府はどう対応すべきか。ゾンビ企業を延命させる必要は全くないが、現時点で最も重要な政府の経済政策は、マクロ景気刺激策よりも、内需型企業や中小企業に対して急激な円安の打撃を和らげる措置を講じることだと考える。

さて、最後に相場見通しだが、実体経済への不安要素をよそに、日銀の追加緩和を受けて株高と円安は継続する公算が大きい。短期的には金融市場と実体経済の乖(かい)離を懸念する動きから、相応の調整局面があると見るが、米国で連邦準備理事会(FRB)が年央から利上げを開始し、日本で日銀が年間80兆円のバランスシート拡大を実現するようであれば、来年のドル円は120円台まで上昇するだろう。また、それに伴って上場企業の増益が期待できるため、日経平均は1万8000―1万9000円に値を上げる可能性がある。

ただし、これが実体を伴った価格水準となるかどうかは、今後の企業、家計の行動および政府のサポート次第だ。第2弾の消費税率引き上げ判断についても、この文脈の中で検討すべきだろう。柔軟性と機動力をもったアベノミクスの実行が期待される。

*山口曜一郎氏は、三井住友銀行市場営業統括部副部長兼調査グループ長で、シニアエコノミスト。1992年慶應義塾大学経済学部卒業後、同行入行。法人営業、資本市場業務、為替セールスディーラーを経て、エコノミストとして2001―04年にニューヨーク、04―13年ロンドンに駐在。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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