November 13, 2014 / 10:08 AM / 5 years ago

コラム:日銀「誤薬投与」の巨大リスク=上野泰也氏

[東京 13日] - 日銀の黒田東彦総裁が今月5日、10月末の「量的・質的金融緩和」の拡大決定後では初めてとなる講演を行った。事務方が準備したとみられる原稿を淡々と読み上げる姿に派手さこそなかったものの、2%物価目標実現への総裁の強いこだわり、人々の期待・マインドに働きかけることを非常に重視する姿勢が伝わってくる内容だった。

デフレから脱却するために「できることは何でもやる」という宣言が講演の最初と最後に配されたほか、「物価の下振れリスクが大きくなったのであれば、追加的な措置を行うことは当然の論理的帰結」という、5対4の僅差での決定になった追加緩和を正当化する発言があった。さらに、以下の印象的なメッセージが発信された。

「デフレマインドの転換は着実に進んできています。今、この歩みを止めてはなりません。デフレという慢性疾患を完全に克服するためには、薬は最後までしっかりと飲み切る必要があるのです。中途半端な治療は、かえって病状を拗(こじ)らせるだけです」

この発言は、卑近な言い方をすれば「突っ込みどころ満載」である。

特に筆者が問題視すべきと考えるのは、日銀が日本経済に飲ませている「薬」は、本当に「正しい処方箋」に基づくものなのかという点だ。そのあたりをいったん立ち止まって点検・検証することなく、あるいは緩和拡大によるメリットとデメリットの比較考量を、中長期的視野を交えて入念に行うことなしに、「2%への強いこだわり」から自縄自縛になったまま、日銀は総裁主導で突っ走っている感が強い。

今回の黒田総裁講演もそうだが、いまの日銀はデフレの原因論において、実物経済における需要と供給のバランスの悪さという基本的な部分よりも、デフレマインドが日本の家計・企業に染み付いていることが最大の問題だという主張を前面に出すことが多い。「景気は気から」ならぬ「物価は気から」の論理構成である。だが、モノやサービスの値段が下がると予想していることを理由に家計が消費を先送りしたり、企業が設備投資を先送りしたりする事例は、実際にどのくらいあるのだろうか。

日本人ではなく東京在住の外国人によるものだが、今月6日に英フィナンシャル・タイムズ(FT)電子版に掲載された追加緩和に関する投書の内容は、実に興味深いものだった。「日銀の現在の政策は災難をもたらす可能性が高い」と題したこの投書は、多年にわたり、きわめてマイルドなデフレを(日本で)経験してきた立場からの見方として、不動産や株式における投機目的以外で、将来は値下がりするだろうと考えて人々が買い物を遅らせているようなことはないと断言。物を買う必要がないから(役に立たないか、そうした価格で買うだけの魅力がないのかもしれない)、あるいは買うだけの経済的余裕がないと感じているから人々が買い物を遅らせていることはあるかもしれないが、日銀の政策がそうしたことを変えるのは不可能だとした。

また、人口が増えない国での「プリンティング・マネー」で株価は短期的に上昇するかもしれないが、日本における生活水準を押し下げるだけになってしまうのではないか、とも述べていた。傾聴に値する、正しい指摘だと筆者は思う。デフレマインドがあるがゆえに消費や投資が先送りされているとする日銀のトップダウン的な状況認識は、人々の生活実態や企業の投資行動の実情とは、ほとんどかみ合っていないのではないか。

筆者がコンタクトしている機関投資家からは、「誤った処方箋」に基づいて日銀がこれまで以上に大量に「投薬」を行うことによる「患者の容体悪化」を懸念する声が、より頻繁に聞かれるようになっている。

<偽薬効果で官製バブルの懸念>

「第1の矢」がもう一度放たれたことによる、マーケットに対する「偽薬(プラシーボ)」的な効果の先行きも警戒されるところである。

潜在成長率を引き上げるのは政府の役割であり、中央銀行による金融緩和が主役を務めることはできない。この面での主役は、広い意味での成長戦略である。黒田総裁が「バズーカ2」を撃ち込んだからといって、日本経済や世界経済が急に理想的な状態になるわけではないことは自明だろう。しかし、電撃的な金融緩和を受けたユーフォリアの中でそうした点が忘れられてしまい、株価の上昇が進んだ。

為替市場では「円の売りやすさ」が、内外の投資家によって強く意識されている。背景には、日銀が2015年のいずれかの時点で、「15年度を中心とする期間」における「物価安定の目標」2%の達成を断念する方向で見通しを修正するとともに、さらなる追加緩和に追い込まれるだろうという読みがある。利上げを模索する米国とは金融政策のベクトルが今後も長期にわたり正反対だとすれば、少なくとも120円前後、ひょっとすると07年のドル高値である124.14円まで円安ドル高が進む余地あり、という話になる。

過剰流動性を背景とする「カネあまり」相場は現在、グローバルな広がりをみせている。さらに、日本の株式市場は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)とともに日銀が下値を支える役回りを果たすことによる「官製相場」の色彩が濃くなっている。このため、ファンダメンタルズで正当化されるよりも一段高い水準で日本の主要株価指数が推移しやすくなっているのが実情だろう。

ファンダメンタルズで正当化できる水準を超えた資産価格上昇は、それが進めば進むほど「バブル」の色彩を濃くする。そして、「バブル」はいずれかの時点で何らかのきっかけで行き詰まって崩壊するというのが、歴史の教えるところである。

<姿を消した「債券自警団」>

薬の例え話でもう1つ言うと、「誤った投薬」を長く続けすぎることによる「中毒症状」あるいは「機能まひ」も問題である。これはもっぱら債券市場にあてはまる。

流動性が枯渇してしまったわけではないものの、日本の債券市場は健全な価格形成機能が大幅に損なわれた状態にあり、日銀主導の需給相場という性格がきわめて濃い。経済指標への感応度はきわめて弱く、日銀による長期国債買い入れが市場の最大の関心事になっている。債券ディーラーは「日銀ウォッチャー」ならぬ「日銀オペウォッチャー」と化している。

そして、財政規律の緩みに対し、長期・超長期ゾーンの金利が上昇することで警告を発する「自警団」的なシグナル発信の機能は、もはやほとんど期待できないのが実情である。

筆者の以前からの予想に沿って、2015年10月の次回消費増税は政治・経済両面にわたる理由から先送りされる見通しになったが、「悪い金利上昇」は限定的で一時的なものにとどまる可能性が高い。一部で警戒されているような「手がつけられない」金利上昇にはならないだろう。もっとも、そうした債券市場の著しい機能低下が日本経済にとって望ましくないことは論をまたない。

異様なまでの規模で緩和を積み重ねる一方、「出口」論議を封印し続けている日銀。筆者が先日面談したある国の中央銀行当局者は、日銀の大規模緩和を「壮大な実験」と評した上で、「中央銀行の信認に傷が付くことはないのか」と尋ねてきた。日銀がこのまま走り続ける場合、そうなってしまうリスクはきわめて大きいと筆者はみている。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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