December 1, 2014 / 12:36 AM / 5 years ago

コラム:「歴史的円安」を招く2つの増幅装置=唐鎌大輔氏

[東京 1日] - 8月下旬に再開した円安の流れは日銀追加緩和や公的年金運用改革、増税先送り解散といった巨大イベントに背中を押されて、勢いを増している。

大方の市場予想を超える円安加速に対し、財界から不安の声を耳にすることも珍しくなくなった。円安はどこで止まるのか、どのくらいのスピードで続くのか――。フェアバリューのない為替の世界では、過去の経験則から「当たり」をつけて議論することが多い。だが、現在の円安局面は過去とは決定的に異なる要素を抱えており、経験則から水準を予想することが困難というのが偽らざる本音である。

具体的に、何が違うのか。それは、巨大な貿易赤字と大幅なマイナス実質金利である。

まず、一点目について説明すると、円安基調が定着するためには「日本人の円売り」が必要との筆者のかねてからの主張を思い起こしていただきたい(2012年8月14日掲載コラム「日本人の円売りは出てくるか」参照)(here)。

円相場の歴史は基本的に「円高の歴史」であったが、それでも過去5回ほど円安局面があった(あくまで筆者のラフな区切りだが、1978―84年頃、1988―90年頃、1995―98年頃、2000―02年頃、2005―07年頃を想定)。このうち、米同時多発攻撃やITバブル崩壊などに乗じて「有事のドル買い」が幅を利かせた2000年代初頭を除けば、生命保険会社など投資家を中心とした「日本人の円売り」が円安局面を支えてきた印象が強かった。

前回の円安局面である2005―07年ではミセス・ワタナベと称される個人投資家の円売り・外貨買いが注目を集めたことも記憶に新しい。莫大な経常黒字を抱え、株式は(少なくともアベノミクス以前は)アンダーウェイトされることが多く、国債に至っては9割が国内で消化される円相場の構造を踏まえれば、「売れる円」は基本的に日本国内に集中しており、だからこそ基調的な円安には「日本人の円売り」が必要とされてきたのだと筆者は考えている。

今回は変動相場制移行後から数えて「6回目の円安局面」という位置付けであり、過去の例に漏れず「日本人の円売り」が寄与しているものと考えられる。だが、その日本人には投資家に限らず貿易赤字を背景とする実需(輸入企業)も含まれている点が過去とは決定的に異なる。

日本の貿易収支は2011年に1980年以来31年ぶりの暦年赤字に転落して以降、2012年、13年と過去最悪を更新し続けているが、今年もさらに過去最悪を更新することがほぼ確実視され、恐らくは第一次所得収支(旧名:所得収支)から得られる黒字をほとんど食いつぶす格好になりそうである。

参考までに2014年1―9月合計の貿易赤字を年率換算すると14兆円であり、第一次所得収支の過去10年の黒字額平均(約14兆円)とほぼトントンだ。これほどまでの実需の激変は過去に例がなく、近年のドル円相場の底堅さに寄与していることはほぼ間違いない。

<際立つ円のマイナス実質金利>

次に「大幅なマイナス実質金利」について考えてみたい。過去の円安局面でも、現在ほど実質金利が大きなマイナス幅に陥ったことはない。

ここでは実質10年金利(名目10年金利-消費者物価指数総合)を議論の対象とするが、1989年4月の3%消費税導入時と97年4月の5%への消費増税時でも、現在ほど大きなマイナス金利を経験することはなかった。今回は未曾有の金融緩和で名目金利を抑制し、緩和期待で演出された円安を背景にヘッドライン・インフレ率(エネルギーや食品を含む総合指数)が高め誘導された結果、実質金利が押し下げられているわけだが、その実質金利下落がさらに円売りを正当化するような循環が生じているのが実情である。

こうした状況が反転するには、米金融政策の正常化路線が頓挫し量的緩和第4弾(QE4)がスタートする、もしくは日銀が実質賃金下落などを理由として引き締め路線に転じるなどのシナリオが必要になるが、どちらもメインシナリオとしては想定し難い。

前述したように、「円高の歴史」において円売りが加速していた局面ではほぼ「日本人の円売り」を伴っていたが、そのような局面は往々にして内外金利差が拡大し、印象としては投機的な円キャリー取引が盛んになることが多かった。恐らく現状もそのような局面に差し掛かっていると考えて良いだろう。

だが、重要なことは、過去のそうした局面においては、貿易黒字に特徴づけられる実需構造も、デフレ通貨としての買い妙味である高い実質金利も健在だったということである。足元を見れば、米金融政策の正常化に伴って円キャリー取引が誘発されやすい環境であるにもかかわらず、実需の円買いもなければ、実質金利の水準もない。今まで支えてくれた、まっとうな通貨高要因はもういないのである。

特に実質金利の水準に関し、国際比較を試みると(名目10年金利-消費者物価指数総合で算出。増税の影響除く)、円のマイナス実質金利が目立つ構図となり、主要通貨における投資妙味の低さはいかんともしがたい。こうした状況は円売りを行う上では極めて良好な環境と評価せざるを得ない。

<原発再稼働でも需給は変わらず>

ところで、1番目の貿易赤字について補足すれば、「原子力発電所が順次再稼働されれば需給環境も変わるのではないか」との質問をよく受ける。もちろん、原発再稼働の影響は軽視できないが、2011年以降に見られている需給激変の流れを止められるとは思わない。

確かに原発が再稼働すれば、足元の原油価格下落も相まって、輸入金額膨張の原因である鉱物性燃料の輸入金額が減少し、収支が改善に向かうことは間違いない。ただし、赤字幅を縮小させる話ではあっても、赤字が解消するまでの展開は難しく、「需給で円売り」の状況は不変というのが筆者の認識である。

見落とされがちだが、原油や天然ガスを含む鉱物性燃料だけが貿易収支悪化の原因ではない。貿易収支に関しては、2007年が約10.8兆円の黒字、13年が約11.5兆円の赤字となっており、6年間でマイナス約22.3兆円の悪化が生じたことになる。これを主要品目別収支で見ると、悪化幅は確かに鉱物性燃料の約6.7兆円が最も大きいが、これに続く電気機器、輸送用機器、一般機械も順にそれぞれ約5.9兆円、約4.8兆円、約2.7兆円と著しく悪化している。

後者3品目は過去日本の貿易黒字を支えてきた品目ばかりだが、巷で指摘されているように、円高や国内市場縮小を受けて供給能力(生産拠点)が海外へ移管されているため(もしくはそもそも競争力を喪失しているため)、かつてのような黒字の稼ぎ頭ではなくなっている。こうした事実を踏まえると、仮に原発再稼働により鉱物性燃料の輸入を削減しても、全体の赤字傾向を覆すまでには至らないと考えられる。

また、貿易収支からは話がずれるが、需給という点からは、公的年金運用改革の影響も無視できない。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のポートフォリオ変更では、国内債券の比率が25ポイント引き下げられ、これが日銀の追加緩和で上積みされる長期国債購入額30兆円とほぼ一致することが話題となっている。

実際、それが一番重要な変化だが、外国債券及び外国株式の保有比率が計17ポイント引き上げられ、金額にして約20兆円の円売り・外貨買いフローが見込まれる点も見逃せない。史上最大の介入を含む2011年の円売り為替介入額が合計14.3兆円だったことなどを踏まえれば、20兆円がいかに大きなインパクトを持つかが分かるだろう。

ちなみに、2014年9月末時点の運用実績をベースにGPIFの「円売り余力」を試算してみると、ターゲットとする保有比率に至るまでにまだあと14兆円ほどはあるが、保有比率は最大で外国債券が19%まで、外国株式で33%まで上振れることが許容されている。GPIFによる「円売り余力」は依然かなり大きいものと考えた方が良いだろう。

また、これらの規模感は来年10月以降に運用一元化が予定される主要3共済(国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済組合連合会、日本私立学校振興・共済事業団)の運用資産約30兆円が付加されることでさらに膨らむことになるし、その他公的年金の追随も推測される。

事実、財務省「対外及び対内証券売買契約等の状況(指定報告機関ベース)」から投資家部門別のフローを見ると、年度当初から見られる生命保険会社に加えて、8月以降は「銀行等及び信託銀行(信託勘定)」も顕著に買い越しを行っていることが分かる。信託勘定はGPIFのポートフォリオ変更などを受けた公的年金系のフローを反映している可能性が指摘されることが多い。

こうした状況を考慮すれば、今後、米連邦準備理事会(FRB)の政策正常化がつまずくことで金利面からドル円相場が押し目を迎えることはありそうだが、需給面での押し目はかなり希少なものになっていくと考えた方が良いだろう。

<円安対応が当たり前の時代に>

最後に言い添えれば、2期連続のマイナス成長となった7―9月期国内総生産(GDP)1次速報値を見る限り、日本が直視すべきはもはや「消費増税の反動」ではなく「円安がさらなる実質所得の悪化を招く」可能性であるように思える。増税の影響を過小評価するつもりはないが、円安経由の物価上昇で実質所得が悪化し、国内の消費・投資行動を抑制した経路を全く見ようとしないのも真摯な姿勢とは言えないはずだ。

筆者としても「円安は全体としてプラス」という立場を全否定はしないものの、財界からアラームが出ている傍らで経済学者やエコノミストが執拗にそのメリットばかりを強調する構図には違和感を覚える。上述してきたような現状認識に基づけば、もはや円安は日本経済にとって所与の条件であり、かつて日本企業が円高対応に苦しんだように、今後は「円安との付き合い方」をうまく考えなければならない局面に入ってくるのではないだろうか。

なお、今回の主題からは逸れるが、先に述べた実質金利の国際比較において、相対的に高水準を誇る国はユーロ圏に多く、需給に関してもユーロ圏が世界最大の状況が続いている。要するに、かつて円が備えてきた逃避通貨としての特性はそのままユーロへ引き継がれており、それゆえに「ユーロの円化」説を筆者は指摘してきた。恐らく、アジア通貨危機やリーマンショックのような「次の危機」が到来した時に、我々はその地力を目にするのではないかと考えている。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below