July 5, 2013 / 1:57 AM / 7 years ago

コラム:アベノミクスの現実逃避、高すぎる成長目標=河野龍太郎氏

経済成長は重要である。全てではないにせよ、多くの問題を緩和、解決できるからだ。しかし、現実には成長率を高めることは容易ではない。それゆえ、歴代政権は同じような成長戦略を繰り返し策定してきたとも言える。それにしても、到底達成できない非現実的な高い成長目標を掲げる政権が後を絶たないのはなぜか。

かつて大平正芳元首相は「政治が甘い幻想を国民にまき散らすことは慎まなくてはならない」と述べた。まず、我々はこの言葉を重く受け止めるべきである。追加財政や金融緩和で好況を作り出すことを、成長率を高めることだと考える人がいるが、それは明らかに誤りだ。追加財政は「将来の所得の前借り」を行っているだけに過ぎない。借金をいつまでも続けるわけにはいかないのである。

金融緩和についても同様で、もし効果があるとすれば、それは「将来の需要の前倒し」を行っているだけであり、これも永久には続けられない。追加財政や金融緩和で一時的に景気が良くなっても、我々の所得を稼ぐ力が高まっているわけではないのである。所得を稼ぐ力が高まっていなければ、支出水準を持続的に高めることはできない。

ここで重要なことは、持続的に成長率を引き上げること、つまり潜在成長率を引き上げることである。景気サイクルには好況期だけでなく不況期もあり、両期を通じた成長率を高めなければならない。厳密に言えば、労働者1人当たりの潜在成長率を高める必要がある。ただ、残念なことに、そのための即効薬は存在しない。規制緩和や規制改革などは、いずれも時間を要し、辛抱強い努力が必要である。効果もそれほど大きいわけではない。

また、規制緩和や規制改革が功を奏して潜在成長率が高まる場合、それは経済資源がより効率的に使われ、新たな付加価値が生み出されることを意味する。つまり、より効率的な手段によって、さらに高い付加価値を生み出すことができる供給者に、経済資源がいっそう多く利用されるようになる、ということである。

当然にして、既存の供給者がこれまで享受していた既得権は失われる。既得権者は死に物狂いで、規制緩和や規制改革を阻止しようとするだろう。この結果、大きな効果の期待できる改革ほど、政治的な反対によって前に進まない。

<生産年齢人口減少の厳しい現実>

安倍政権が打ち出した成長戦略でも、当初、目玉とされていた政策は、目玉であるがゆえに、既得権者からの政治的反発が考慮され、参議院選を前に早々に取り下げられた。たとえば、労働市場改革であれば解雇法制の緩和、医療改革であれば混合診療の解禁、農業改革であれば株式会社の農地所有などである。

もちろん、残った政策が小粒だと言っても、有用なものも多数盛り込まれ、それらが着実に実行されれば、潜在成長率を多少なりとも引き上げることは可能だろう。ただ、多くの人が新味に欠けると判断したのは、歴代政権が繰り返し掲げてきたものばかりであったためだが、それが繰り返されているのは、既得権者の反発で改革が進んでいない証拠でもある。今回だけは上手くいくという保証はない。

もう一つ大きな問題がある。それは、2%成長という過大な潜在成長率の目標を掲げている点だ。今後、10年間の平均成長率として2%を目指すというが、過去20年間の成長率がどの程度だったか、十分認識されているのだろうか。1990年代以降の平均成長率は0.9%だから、それを一気に2倍にするということである(2000年代以降の平均成長率は0.8%だから、2.5倍というべきか)。

70年代後半から80年代までの4%成長に比べれば、控えめな数値と言いたいのかもしれない。しかし、それこそが、まさに「昭和時代の発想」なのだ。90年代後半以降、少子高齢化によって、日本の労働力は減少に転じ、経済成長をめぐる環境は劇的に変化している。

まず、今後10年間で、日本の生産年齢人口は年率1.0%のペースで減少する。筆者は安倍政権が女性就業率を高めるための政策を打ち出したことを高く評価しているが、たとえ女性の就業率がある程度高まることを考慮しても、労働力は年率0.7%のペースで減少する 。そうした中で、2%の潜在成長率を達成するということは、1人当たりの同成長率を2.7%まで引き上げることを意味する。もちろん、好況期には達成可能かもしれない。しかし、好況期と不況期を平均して2.7%というのは相当にハードルが高い。

ちなみに、2.5%を超える1人当たりの潜在成長率は、80年代後半まで遡る必要がある。当時、日本は大規模な不動産バブルに直面していた。小泉政権時代、日本は戦後最長の景気拡大期に沸いたが、その時でも1人当たりの潜在成長率は2%に届いていない。さらに、戦後最長の景気拡大が可能だったのは、欧米や新興国がバブルに沸き、日本で輸出バブルが生じていたからである。

<バブル下でのみ達成できる高成長>

各国成長率を見ると、安倍政権が掲げる成長目標はかなりハードルが高いことが分かる。2000年から07年の各国の1人当たり成長率は、米国が1.4%、英国は2.3%、ドイツは1.3%、フランスは1.2%、イタリアは1.1%である。

前述した通り、この期間、欧米は信用バブル期に当たる。それよりも高い1人当たり潜在成長率を掲げるのは、相当に無理があるのではないか。もし、達成されるとすれば、それは日本で相当に大規模なバブルが醸成されているということではないだろうか。

バブルが崩壊すれば、経済は大きく落ち込む。一時的に高成長が達成できても、結局、マクロ経済が不安定化し、大きな後遺症を長期にわたって抱えるだけに終わることを我々は身に染みて分かっているはずである。あるいは、もう忘れてしまったのだろうか。

それでは、バブルを伴わなければ達成できないような高成長が目標に掲げられるのはなぜか。それは、我々が直面する最も大きな経済問題に真正面から取り組むことを政治が避けているから、というのが筆者の仮説である。

喫緊の課題は本来、財政・社会保障制度改革であるはずだ。日本が未曽有の公的債務残高を抱えるのは、潜在成長率が高かった時代に作った社会保障制度を、潜在成長率が低下した現在も放置しているためである。このまま改革を先送りすれば、財政、社会保障制度はいずれ破綻する。

当然にして、潜在成長率が大きく低下し、それを引き上げることが困難なら、低成長の下でも持続可能な制度に改革するしかない。給付水準を維持したいのなら、大幅な負担増(増税)が必要である。負担の水準を増やしたくないというのなら、給付水準を大幅に削減しなければならない。

しかし、選挙に直面する政治家は、有権者に増税や給付水準の削減のいずれも提示することを躊躇する。このため、潜在成長率の低下という「不都合な真実」に目をつむり、逆に高い潜在成長率の目標を掲げる。高い潜在成長率を前提に、税収増で増税も給付水準の削減も抑えられる、というのは皮算用に過ぎない。高い成長をうたう政治家は、結局、単に増税や給付水準の削減を口にできないだけなのである。

成長戦略を掲げるのなら、せめて潜在成長率を高めるための規制緩和や規制改革が実行に移されればまだ良い。しかし、既得権益層の反発から改革も進まない。結局、アグレッシブな財政政策や金融緩和ばかりが追求されることになる。

繰り返すが、そうした政策で一時的に高い成長が達成されても、その源泉は「将来所得の前借り」や「将来の需要の前倒し」に過ぎず、将来、大きな反動が必ず訪れる。昨秋から筆者は、マネタイゼーション政策によって、マクロ経済を不安定化させる資産価格の急激な変動が生じることを警告してきた。残念ながら、それが早くも現実のものとなってきた。

デフレ不況下では、増税や歳出削減などは不可能だと反論される。もちろん、深刻な不況の下で急激な財政調整を進めることは、経済そのものを殺し財政調整を頓挫させる。すでに我々は、97年末にそうした経験をしている。不良債権問題を放置したまま、財政構造改革を進め、日本経済は金融危機に陥った。

しかし、不況であることと、潜在成長率が低いことは全く別のことである。不況であれば、その間は財政健全化の手綱を緩める必要がある。ただ、潜在成長率そのものが低下しているのなら、成長率が低くとも、好況期には財政・社会保障制度の改革を進めなければならない。成長率が低いことを理由に財政・社会保障制度改革をしないということは、永久に改革をしないということであり、財政危機を待つだけということになる。潜在成長率が低下しているという事実を受け入れる必要がある。

<議会制民主主義の限界とマネタイゼーション>

ただ、これは日本だけの話ではない。欧米でも潜在成長率の低下を認めることができない国は多い。目の前の低成長はあくまでも一時的なものとして、既得権益層の利益に手を付ける厳しい構造改革を回避し、財政・金融政策で対応しようとする。各国で財政が政治的・経済的に限界に達し、現在はアグレッシブな金融緩和が追及されているのは、潜在成長率の低下という「不都合な真実」を政治的に受け入れることができないためである。

よくよく考えれば、議会制民主主義が、低成長に伴って発生する様々なコストの分担を決定することが苦手なのは当然のように思われる。

議会制民主主義が発達したのは18世紀のことである。ほぼ同時期、経済では第二次経済革命、すなわち産業革命が始まった。経済が持続的に成長するようになったのは、第二次経済革命以降であり、それ以前はマルサスの法則が支配する農耕・牧畜社会であり、経済成長とは無縁だった。そもそも、その開始時点から、議会制民主主義は、経済成長の果実である税収をいかに分配するか、という問題にしか対応してこなかったのである。

2000代半ばまで、日本だけがあらゆる問題を解決する政治的能力が欠如していると考えられていたが、今や多くの国が同じ問題に直面している。結局、議会制民主主義が苦手とする問題が、最も早いタイミングで日本において生じていただけだったのではないか。この国で最初に大規模なバブルの生成と崩壊が生じたのも、その後、社会保障問題によって未曽有の公的債務残高が最も早い段階で積み上がったのも、最も早いタイミングで少子高齢化による潜在成長率の低下が始まったためだったのである。

日本で、中央銀行制度にあからさまに手を加え、結果的にマネタイゼーション政策が開始されたのは、潜在成長率の低下が引き起こす問題に対応できない議会制民主主義の限界を示すものなのかもしれない。潜在成長率が低下する中で、積み上がった公的債務の削減を増税や歳出削減で対応することは困難である。

これまでのコラムでも論じている通り、各国とも緩やかなマネタイゼーション政策である金融抑圧政策に徐々に手を染めているように見える。多くの国でインフレ・タックスという議会制民主主義のプロセスを経ない手法が、低い潜在成長率の時代における、公的債務問題の解決方法となっていくのだろうか。上手くいく保証は全くないのだが。

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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