[9日 ロイター] -銀行の自己勘定取引を禁止する「ボルカー・ルール」について、5つの米金融規制当局が10日、一斉に採決を行う。成立すれば、米銀行界は訴訟で対抗しそうだ。
ボルカー元連邦準備理事会(FRB)議長が音頭を取り、米金融規制改革法(ドッド=フランク法)に土壇場で盛り込まれたこのルールは、金融危機前に銀行のドル箱だったビジネスに切り込む内容。政府による最終的な後ろ盾を享受する銀行が、自己資金で取引するのはリスクが高過ぎると当局は見なしている。
しかし銀行側は800ページにおよぶこのルールについて、利益追求の取引と、リスクヘッジおよび顧客の代わりに行う取引とを区別できていないと主張する。
コンサルタント会社、パトマク・グローバル・パートナーズのアドバイザーであるブライアン・カートライト氏は「これほどの規模で、これほど議論を呼んだ事だけに、訴えを起こす者が出てくるだろう」と言う。
銀行は2年前の当初提案を骨抜きにしたい意向だったが、JPモルガン・チェースJPM.Nが2012年に起こした巨額損失事件「ロンドンの鯨」によってその夢もついえた。
最終的な規則では考え得る抜け穴がふさがれる見通しで、ゴールドマン・サックスGS.Nやモルガン・スタンレーMS.N、JPモルガンといった大手行の年間収入は数十億ドル規模で圧縮される可能性がある。
法律専門家によると、規則が成立すれば銀行側は(1)手続き面の不備(2)費用便益分析の不足(3)金融規制改革法との矛盾──の3点を突いて訴訟に持ち込む可能性がある。
10日に採決を予定しているのは連邦準備理事会(FRB)、連邦預金保険公社(FDIC)、通貨監督庁(OCC)、証券取引委員会(SEC)、商品先物取引委員会(CFTC)の5機関。
<高くつく賭け>
単独で当局を訴えそうな銀行はほとんどない。この問題に関係する弁護士によると、金融規制改革法の他の規則について訴訟を起こした業界団体が主体となりそうだ。
米商業会議所や証券業金融市場協会(SIFMA)など、そうした団体はこれまでのところ訴訟を起こすかどうかについて口を閉ざしている。
弁護士によると、訴訟当事者にとってのハードルは、当局側が訴訟に至る明白なルートのいくつかを既に塞いでおり、提訴がリスクもコストも高い賭けになってしまう可能性だ。
法律事務所デベボイズ・アンド・プリンプトンの銀行グループ担当共同会長、サティシュ・キニ氏は「規制当局は、採決後のルールに関して訴訟を起こしそうな者が多くいるという事実を重々意識してきた」と指摘する。
銀行は手続き面で当局を訴える可能性がある。規制当局が「裁量的かつ気まぐれな」規則を策定することを禁じる「行政手続法」に基づく形だ。
最終規則が従来案より厳しく、新たな要素を大量に盛り込んでいれば、銀行側はこれらの要素にコメントする機会を与えられなかったと主張するかもしれない。既にボルカー・ルール案について1万7000ものコメントを当局に送ってはいるのだが。
法律事務所キャドワレーダー・ウィッカーシャム・アンド・タフトのパートナー、スコット・キャマーン氏は「(規制当局は)いかなる変更も当初提案の範囲内に収まるよう、細心の注意を払う必要がある」と言う。
しかし別の弁護士は、ルール案は既に非常に詳細な内容であり、350を超す質問事項を盛り込み銀行側に回答を求めてもいると指摘した。
<経済への影響>
銀行業界はまた、一部の規制当局はルールによる経済への影響を測るための適切な費用便益分析を怠ったと主張する可能性がある。
業界団体は既にこの戦術を用いて金融規制改革法の他の規則について訴えを起こし、CFTCとSECに勝訴した実績がある。
OCCはこの戦術に対して弱い部分があるかもしれない。OCCは連邦法の下、規則が政府あるいは民間部門に1億ドル以上のコストをもたらす場合には予算説明書を準備する必要があるが、準備しないことを決めたからだ。
商業会議所は11月に当局向けの書簡で、この決定は「明らかに間違いだ」と批判している。
もっとも単一の機関を訴えるという戦略は簡単ではないし、大手米銀を監督するのはFRBだ。
パトマクのカートライト氏は「(FRBの監督下にある)銀行持ち株会社に適用される規制を訴えられなければ、その他の規制への訴訟も成功の見込みが薄いだろう」と見る。
銀行側は金融規制改革法との矛盾点を突く可能性もある。例えば、議会が許容する意向を示したヘッジ取引やマーケットメーク(値付け)をボルカー・ルールが制限している場合などだ。
カートライト氏によると、判事はトレーディングの複雑な問題に踏み込むことに二の足を踏むかもしれない。「『裁量的かつ気まぐれ』な規制かどうかを判断できるほど自分たちがトレーディングの問題を十分理解していることを、自ら納得する必要がある」という。
(Douwe Miedema and Sarah N. Lynch記者)
私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」