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コラム:株高続く米国、サマーズ氏の懸念は杞憂か=竹中正治氏
2013年12月17日 / 02:07 / 4年後

コラム:株高続く米国、サマーズ氏の懸念は杞憂か=竹中正治氏

雇用統計の改善を受け、米国経済の先行きについて楽観的な見通しが強まっている。半年前に本連載で「米経済は尻上がりに改善、ドル再び100円も」(6月20日)と書いたが、ほぼその通りの展開だ。ただし、現在の米国株式の上昇に私は高値警戒感も抱いている。実体経済と株価の動向は半歩ほどのずれが生じている。

米国株式が高値更新を続ける一方で、経済学者の間では「米国経済の長期的停滞」の可能性を懸念する議論が関心を呼んできた。その代表は元米財務長官のローレンス・サマーズ氏が11月8日に国際通貨基金(IMF)の会合で行った講演だ。内外のエコノミストらの間で話題となったので、ご存じの方も少なくないだろう。

講演内容を一言で要約すると、リーマンショック以降、短期金利をゼロ近傍まで下げ、かつてない量的な金融緩和政策(非伝統的金融政策)で実質金利がマイナスになる状態を09年以降続けているのに雇用の回復が遅く、インフレ高進の気配すらないのはなぜかという問題提起だ。

そうした状況を説明するひとつの仮説として、「自然均衡利子率が大幅なマイナス水準に落ち込んでいる状況を考えてみよう」と同氏は語っている。自然均衡利子率とは様々な商品の需給が均衡し、完全雇用と資源の効率的な配分が実現している状態での実質金利である。

金融政策は短期の名目金利水準(米国ではフェデラルファンド・レート)を操作することで実質金利を変化させる。実質金利を自然均衡利子率より高くすれば、景気抑制効果が出る。反対に自然均衡利子率より低くすれば、景気刺激効果が期待できる。

ところが自然均衡利子率がプラスの値ではなく、仮にマイナス2%と大きくマイナスの領域に落ち込んだらどうなるか。インフレ率1%の下で名目短期金利をゼロまで下げても、実質金利はマイナス1%までしか下がらないので、金融政策が景気を浮揚する効果は足りない。さらにインフレ率がマイナス1%(1%のデフレ)まで下がると、ゼロ金利下でも実質金利はプラス1%に上がってしまい景気抑制的になってしまう。しかし、名目金利はゼロ以下にできない。

もしこのような現状認識が正しいとするならば、米国経済は(日本経済についても)名目ゼロ金利状態が慢性化し、そこから抜け出すことができなくなってしまう。

<サマーズ氏の真意はどこに>

もっともサマーズ氏は、現状がそうした状況にあると強く主張しているわけではない。日本では「危機は不可避」との「予言」をいたずらに繰り返すエコノミストらがしばしば目につくが、同氏の場合はそうした方々とは異なる。

どのような原因が自然均衡利子率のマイナス状態を引き起こし得るのかについて同氏は、講演ではほとんど語っていない。筆者が判断する限り、「そうしたケースがなぜ起こり得るのか、そうなった場合にどのような選択肢があるか、あらかじめ考えておこう」という問題提起が同氏の真意だと思う。これは最悪のケースも想定し、その場合にとり得る選択肢を事前に検討、用意しておくという米国らしい健全でプラグマティックな思考法だ。

「自然均衡利子率」は直接計測することができない。しかし、物価動向から推測することはできる。1990年代後半以降の日本のように短期金利をゼロにしても長期に執拗に続くデフレが起これば、それは自然均衡利子率がマイナスに陥っている証拠と受けとめて良いだろう。

米国の物価動向は消費者物価指数(以下CPI)の前年同月比で見ると、10月時点で総合がプラス1.0%、食料・エネルギーを除くベース(コアCPI)がプラス1.7%だ。米連邦準備理事会(FRB)が望ましいと考えるプラス2%水準から見るとディスインフレである。果たしてこれはサマーズ氏が懸念した自然均衡利子率のマイナスへの落ち込みとその慢性化の兆しだろうか。この点を考えてみよう。

<物価と単位労働コストの相関性に注目>

CPIの変化と最も相関度の高い経済指標は単位労働コスト(Unit LaborCost、以下ULC)だ。米国について70年代以降の四半期データでULCの変化(前年同期比)とコアCPIの変化(前年同期比)の相関関係を測ると、相関係数は0.87(正の相関係数は0から1の変域をとり、1で相関度最大)と極めて高い。これは米国に限らず日本を含む多くの国で共通している。

ULCは実質GDP一単位を生産するのにどれだけの労働コストがかかるかを示す指標だ。マクロ的には雇用者報酬(名目総賃金)を分子に実質GDPを分母にした比率として計算される。雇用者報酬が減少(賃金減少)して労働分配率が下がる(=資本分配率が上昇する)とULCは下がる。また労働生産性が上昇する場合には、それに比例して賃金が増えないと労働分配率がやはり下がるのでULCも下がる。そして、それは物価の下落を伴う。

図は日米のULC(四半期ベース前期比)の推移である。毎期のぶれが大きい統計なので4四半期移動平均で平準化した値を示してある。これを見ると、日本はULCが90年代後半から大きくマイナス方向に落ち込み、それが07年頃まで続く。まさに日本のデフレをぴったりとなぞっている。

08年前半に国際的な商品市況の高騰で日本ではCPI(総合)が前年比2%台まで上昇した。やはり同時期にULCもいったんプラスに上昇し(グラフは4四半期移動平均なので09年にピークがずれている)、リーマンショックを経た09年以降の世界景気後退で再び大きくマイナスに転じた。その後ジグザグな推移でトレンドとしては上昇してきている。しかし、13年第3四半期時点では前年同期比でまだマイナス2.1%だ。

米国ではITバブル崩壊後の景気後退で02年にULCの変化率が短期間だがマイナスまで下がった。当時のグリーンスパンFRB議長が米国経済のデフレ転落リスクを懸念した時期である。ただしデフレにはならず、その後はマイルドインフレと景気回復が続いた。リーマンショックで再びULCの変化はマイナス域に低下するが、やはり短期でプラスに回復し、13年第3四半期では前年同期比プラス1.5%である。

<日本はデフレ脱却の正念場>

CPIとの高い相関性を踏まえて考えると、以上のULCの推移は次の3点を示唆している。第1にULCの推移を見る限り、米国が慢性デフレになるリスクは当面は低そうだ。その結果、自然均衡利子率の大幅マイナスというシナリオもとりあえず杞憂に終わるだろう。

第2点として「杞憂に終わる」という判断は短期か中期のことであって、長期ではサマーズ氏が指摘したリスクを米国経済は抱えている。米国の労働分配率は90年代の平均値65.8%から2000年―13年の63.4%まで趨勢的に低下し、13年第3四半期では61.0%まで下がっている。

労働分配率は景気回復過程では低下し、景気後退期には上昇する。したがって、現下の低さには景気回復と企業収益の改善を反映した短期・中期的な面もある。しかし、ULCの趨勢的な低下がこのまま続けば、ディスインフレからデフレへと転じる危険性を高めるだろう。

資本分配率の上昇を伴った企業収益の伸びで株価が高値更新を続ける一方で、ミドルクラスを中心に賃金は上がらず、労働分配率は低下しているのだ。この傾向が続けば、いずれまた到来する景気後退期にインフレ率の底がさらに下がり、サマーズ氏が懸念したような自然均衡利子率が大幅なマイナスに落ち込むシナリオへの道を開いてしまう危険性が高まる。

第3に日本はまだULCの変化が前年同期比でマイナスであり、デフレ脱却、マイルドインフレ達成のためには賃金上昇が欠かせない。各種賃金動向を見る限り、その兆しは見られるが、それが明確な変化になるかどうかの見極めには、最低あと数カ月はかかるだろう。

不幸にして「賃金上昇、国内物価上昇、賃金上昇」の連鎖が始動しなかった場合には、目標とされるマイルドインフレ期待の後退によって「円売り持高の巻き戻し、円高への急激な揺り戻し」が起こり得る。このシナリオも杞憂に終わって欲しいが、そうなるかどうかはまだわからない。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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