January 24, 2014 / 2:58 AM / 6 years ago

コラム:円安・株高の持続力決める5つの世界標準化政策=植野大作氏

第二次安倍内閣の発足から1年以上が経過した。衆院選で自民党が大勝した翌日2012年12月17日のドル円相場は1ドル=83―84円台だったが、年明け後は102―105円台と、約13カ月で25%以上も上昇している。

この間、米国景気の回復が続き、米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和(QE)の段階的縮小に踏み切ったことも大きいが、アベノミクスが始動していなかったら、これほど急激な円高修正と日本株上昇は起きなかっただろう。アベノミクスが2年目に突入した今年、円安・株高の持続力が注目されており、鍵を握るのは、現在日本で進行している以下5つの「グローバルスタンダード(世界標準)化」政策の行方になりそうだ。

<金融政策と消費税率の世界標準化>

第一は、「金融政策のグローバルスタンダード化」である。先の衆院選で安倍晋三自民党総裁が「大胆な金融緩和によるデフレ脱却」を選挙公約に掲げて大勝したことがきっかけになり、日銀の物価目標は13年1月から諸外国並みの2%に引き上げられた。白川方明(当時)日銀総裁は、新しい物価目標の達成時期を曖昧にしていたが、昨年春に就任した黒田東彦日銀総裁は「2年程度」での目標達成を標榜し、現行の「量的・質的金融緩和」を開始した。その日を境に日本の金融政策運営のグローバルスタンダード化は、ほぼ完成の域に達したと言える。

その後の物価情勢については、周知の通りだ。現在、物価目標2%には届いていないが、異次元緩和の開始からわずか約8カ月間で日本の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比はプラス1.2%へ上昇。同じく2%の目標を達成できていない米国とのインフレ格差は足元でほぼ消滅しつつある。

十数年も続いたデフレから脱却し、日本を「主要先進国並みの物価安定国」に変貌させようとする黒田日銀の試みは、「内外インフレ率格差に由来する構造的な円高圧力を退治するまで金融緩和を続ける」と宣言しているのにほぼ等しい。今後この政策が軌道に乗れば、ドル円相場は水平飛行に転じた購買力平価ラインの上下数十パーセント程度のレンジで循環的に推移する安定期へ移行していくだろう。

第二は、「消費税率のグローバルスタンダード化」だ。野田佳彦(当時)首相のイニシアチブで成立した現行の消費増税法により、日本の消費税率は今年4月に8%へ上昇、来年10月には10%まで引き上げられる予定になっている。来年秋の消費増税第二弾については、今年末の予算編成に悪影響が出ないギリギリのタイミングで安倍首相がその可否を判断するようだが、よほど景気が落ち込んでいない限り、おそらく反故にはされないだろう。

消費増税により生じる国内物価の上昇は、「前年比のインフレ率」に対する影響こそ1年で消えるが、将来税率が引き下げられない限り、「物価の水準」に対してはずっと影響が残る。「消費増税による財政再建」とは、日本国内で流通するモノやサービスに対する円の購買力を目減りさせた差分を税収に転化する政策に他ならない。このため、消費税率が引き上げられた場合、他の条件が一定なら購買力平価の水準は円安方向にシフトする。今後予定されている消費増税2連発により、我々の機械的な試算では日本の物価水準は企業物価で約5%、消費者物価で約3%押し上げられるとみられ、理屈の上では相応の円安圧力を喚起することになりそうだ。

むろん、現行法で定められた消費増税については、すでに市場が織り込んだ可能性はある。ただ、財務省は「税率10%までの引き上げで安定的な社会保障財源の確保が保障された」とは考えておらず、長期的にみた場合、消費税には「霞が関発の上昇圧力」がかかる可能性が高そうだ。

「間接税率のグローバルスタンダード」については諸説あるが、財務省がホームページに掲載している間接税の国際比較などを参考にすると、たとえば経済協力開発機構(OECD)加盟諸国の付加価値税率の平均は約18.9%程度となっている。おそらく財務省は将来日本の消費税率を少なくとも15%程度には引き上げたいと考えているのではなかろうか。

現内閣が現行法の枠を超える消費増税を決定する可能性は低そうだが、超長期の時間軸でみた場合、時局に応じて主役が変わる永田町よりも、官僚機構特有の人事の安定が保たれている霞が関の意向の方が、「あるべき日本の税制」への影響力が強い可能性もある。まだ市場に織り込まれていない「日本の消費税率のグローバルスタンダード化」の是非が、今後長い時間軸の中で政官財学民を巻き込んだ議論の俎上にのぼる機会はあるだろう。

仮に日本の消費税率が10%からさらに引き上げられていく場合、日本の物価水準は一段と押し上げられ、消費増税に由来する円安圧力がさらに追加されることになる。その都度、為替市場への影響を考える必要に迫られる可能性は意識しておきたい。

<資産運用と法人税率も脱日本標準へ>

第三は、「個人資産運用のグローバルスタンダード化」だ。周知のように、今年1月から金融業界が期待するNISA(少額投資非課税制度)が始まっている。国税庁の発表によれば、昨年末時点で開設されたNISAの口座数は475万件のロケットスタートになっているようだ。新制度導入を起爆剤として、個人金融資産の半分以上が現預金に冷凍保存されている「ジャパニーズスタンダード」の資産運用を少しずつ「グローバルスタンダード」に近づけようとする試みが、今年から本格化する。

筆者の試算では、NISA導入によって海外に漏出する可能性がある個人マネーの金額は、大きく見積もって年間1兆数千億円だ。為替市場の規模の大きさを考えると、この程度の資金が「外貨系の投資信託」などを通じてドル円やクロス円に分散しつつ、為替市場に染み出て行っても、実際に喚起される円安インパクトは非常に小さいと考えられる。

ただ、為替市場の住人は、「いつ、誰が、どの通貨を、どの程度の金額で、売買する(かもしれない)」などといった「他人の売り買いに関する噂話」が大好きである。NISA導入によって動く可能性がある日本の個人マネーは、たとえその金額が小さくても、制度変更という分かりやすい背景によって促されるため、「円安系の需給トーク」として活用されやすい素質を秘めている。ファンダメンタルズに由来する市場心理が円安に傾いている昨今の局面ではそれを助長するスパイスにはなるだろう。ただ、その程度はNISAマネーによる「外貨系投資信託」の選好の強さによって決まる。今後、NISAによる売れ筋商品情報などをしっかりフォローする必要がありそうだ。

第四は、「年金資産運用のグローバルスタンダード化」だ。昨年6月に国内最大の運用資産を持つ年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が基本ポートフォリオを5年ぶりに変更、国内債の運用比率を67%から60%へ引き下げる一方、国内株、外国債、外国株への配分を数%引き上げた。この投資配分の変更は、当時急速に進んでいた株高、円安、外貨高によって生じた運用比率の変動を事後的に追認したという色彩が強かったが、公的年金改革を議論する有識者会議が示している「国内債に偏った運用比率の見直し」という答申内容に沿う結果となり、「日本の年金マネーの外貨建て資産への運用比率が地味に上昇した一例」として、為替市場でも関心を集めた。

その後も、有識者会議の関係者は、「主要先進国の年金運用比率の国際標準」などを引き合いに出しながら、「国内債に偏った運用比率見直し」を様々な機会で提言しているが、現在日本で活性化している年金運用の見直し論議は、安倍首相が国是に掲げる「デフレ脱却」という政策指針との親和性が高いと言える。「多くの年金基金が国内債に過半以上の運用比率を配分している」という現状は、「デフレ継続」を前提とする投資環境の下では優れたパフォーマンスを発揮しやすいが、今後日本が「諸外国並みのインフレ国」に変貌することを前提にした場合、中長期的な妥当性に疑義が生じる可能性もあるからだ。今後、日本の年金資産運用の平均像が「脱デフレ仕様」にモデルチェンジしていく場合、為替市場では「円安系の需給トーク」が断続的に惹起される可能性がある。

第五は、「法人税率のグローバルスタンダード化」だ。現在、日本の法人税の実効税率については、復興特別法人税の前倒し廃止により、たとえば東京都の場合、14年度以降、現行の38.1%から35.64%に引き下げられることがすでに決定している。産業界からの要望が強い法人実効税率の一段の引き下げに関しては、現時点では何も決まっていないが、安倍首相は「経済の好循環」実現の目玉政策として推進したい意向だと伝えられている。今年6月頃にとりまとめる成長戦略第二弾に向け、政府の経済財政諮問会議では「産業界が賃上げ要請を受け入れること」などを交換条件に、「国際標準の25―30%程度」への法人税率引き下げを実施すべきだとの議論が始まっている。

代替財源の無い法人税率の引き下げに関し、財務省は「恒久的税収減による財政再建の遅滞リスク」などを理由に官邸一派との距離を保つ姿勢を維持しているため、現時点では法人税率の追加引き下げが進むかどうかは分からない。ただ、官邸サイドが「法人税を下げなければ、10%への消費増税には応じない」などという交渉戦略を持ち出した場合、さすがに財務省も「ゼロ回答」では済まなくなる可能性はある。仮に法人税率の追加引き下げが決まった場合の為替市場の反応について、予め想定しておく必要はあるだろう。

当然、株価は上昇の反応を示すだろうが、それに伴い円金利が急騰すれば円高要因にもなり得るのが悩みの種だ。ただ、これまでの財務省のスタンスを踏まえると、恒久的な法人減税が財源措置のないまま実施され、財政赤字の膨張懸念が一気に盛り上がるとは思い難い。当該時点で日銀の長期国債購入が続いていれば強力な金利上昇抑制機能が働くとみられ、円金利の急騰による円高圧力は台頭し難いのではなかろうか。その場合、日本株高に伴う「リスク許容度上昇観測による円安圧力」が意識されやすいとみられる。

大胆な法人減税によって、中長期的な日本経済の成長力が増し、日本市場への外資流入や日本企業の国内回帰が活性化する場合は、いずれ円高圧力が台頭するかもしれないが、近年の流行では日本株高と円安の共鳴現象が強まっており、現下の局面で日本が法人税率引き下げに踏み切った場合、初期反応は円安となる可能性が高そうだ。

むろん、これらグローバルスタンダード化の流れは、全てが現内閣のイニシアチブで始まったわけではない。先達が準備した政策を推進する役割をたまたま安倍首相が務めているものもある。ただ、「長期デフレからの脱却と財政再建を同時に成し遂げる」という困難な課題に取り組む際の政策としては、いずれのパーツもなぜか同じタイミングで円高抑止・株価上昇を促す方向に動き始めているように思われる。

年初恒例の初詣を済ませた直後なのでそう感じるのかもしれないが、安倍首相の治世下に偶然集中し始めた5つのグローバルスタンダード化政策は、もしかすると、古来我々の祖先が数多の国難を克服する際に尊崇意識を持って接してきた「目に見えない力」の発露なのかもしれない、などと感じる今日この頃だ。長期デフレ局面で萎縮し続けた日本経済中興の基礎をここで築くことができるかどうか、今年はまさに正念場の局面にさしかかっているのではなかろうか。2014年も株高・円安の流れが続くか否か、「アベノミクス」2年目の政策運営の巧拙が問われることになりそうだ。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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