January 28, 2014 / 3:27 AM / 5 years ago

コラム:ドル100円割れあるか、押し目の目安と円安余地=竹中正治氏

経常収支の赤字が大きいなどファンダメンタルな脆弱性を抱える新興国の経済・金融面の動揺で、為替相場と株価は再び波乱局面に入る雲行きだ。これら新興国は「フラジャイル5」(インド、インドネシア、ブラジル、トルコ、南アフリカ)と呼ばれているが、直近ではアルゼンチンも加わって「フラジャイル6」となっている。

米国の量的金融緩和縮小が新興国から投資資金の引き揚げを起こし、それが動揺の原因となっているとの解説が一般には流布しているが、やや近視眼的な見方だろう。昨年7月30日掲載の本コラム「新興国襲ったドルキャリー巻き戻しの残存リスク」で指摘した通り、経済協力開発機構(OECD)の景気動向指数を見れば、これら新興国の景気動向は2011年から波打ちながらもスローダウンする局面に入っていることが明らかだ。投資資金の対外的な流出・引き揚げ、株価の低迷も当該諸国のファンダメンタルな変化を反映しているに過ぎない。

一方、同景気動向指数は12年後半以降、日本、米国、英国、ユーロ圏で穏やかながらも景気回復が持続していることを示している。つまり、世界経済は回復基調をたどる先進国と相対的に停滞する新興国に2極化しているのだ。

これは株価指数の動向にも明確に現れている。新興国の合成株価指数であるMSCIエマージング(ドル建て)は11年4月に高値をつけてから、以後一度もその高値を更新することなく低迷している。一方、米国株価は高値を更新し、日本株も日経平均でリーマンショック前の07年末の水準を超えた。

アンチ・アベノミクスの論者らは、現在の日本の景気回復は蜃気楼の様なもので、4月の消費税率引き上げを契機にアベノミクスは幻想だったことが明らかになるだろうと、陰鬱な見通しを呪詛のように繰り返している。筆者は現在の景気回復は実体を伴うものであり、消費税率引き上げ後、駆け込み需要の反動減による一時的な後退はあるものの景気の腰折れはないと考えている。

いずれにせよ、今年第2四半期以降も景気回復が持続するかどうかは、これまでの経済政策論争のひとつの決着点になると同時に日本経済の長期的な分岐点にすらなるだろう。

<当面はリスクオフ局面へシフトか>

このように筆者の見通しは基本的には楽観的であるが、目先は日本を含む先進国の株価、円相場ともに既存ポジション(株買い、円売り)の巻き戻しで株価反落、円高の波乱相場になる可能性が高そうだ。鍵を握るのはグローバルな投資家のリスク許容度の変化だ

相場の不安定化(変動性の上昇)と投資家のリスク許容度の低下は相互に依存しているが、いずれもVIX指数(米国株価指数S&P500の株式オプション取引のボラティリティ)の上昇や、米国社債市場のリスクプレミアム(低格付け債券と高格付け債券の利回り格差)の拡大を伴う。

今回も日米の株価や上記のMSCIエマージング指数の下落と同時に、これらリスク指標が跳ね上がっている。これは投資家のリスク許容度の低下、いわゆる「リスクオフ局面」へのシフトを意味している。米国株価については、S&P500で見ると今月24日の時点ではまだ高値から3.1%の下落でしかないが、昨年秋頃から割高感が強まっており、直近の高値から5―10%程度の反落はいつ起こっても不思議ではない。

ドル円については、リスク指標の上昇が円高、低下が円安をもたらすという相関関係が05年以降見られ、13年に入ってからこの傾向はますます強まっている。ヘッジファンドなど海外投資家が日本株買いと同時に先物取引などを使った円売りをセットで行う投資スタイルに傾斜している結果だ。

<実質金利格差は中期的な円安持続を示唆>

一方、中期的(1年から3年程度の期間)には円安基調の持続を示唆する重要な変化も生じている。日本の企業物価と米国の生産者物価の変化(前年同月比)で見ると、米国物価上昇率が日本より高い従来の状態から、日本の物価上昇率の方が高い状態に逆転しているのだ。13年12月時点で日本の企業物価は前年同月比2.5%、米国の生産者物価は同1.2%となり、1.3%の物価上昇率逆転となっている。

この逆転を起こしている要因は、米国ではシェールガス・オイルの増産でエネルギー価格が抑制されている一方で、日本では円安と原発停止によるエネルギー・電力価格の上昇が企業物価を押し上げていることだ。経済理論的にはエネルギー価格の変化が引き起こすものは「相対価格の変化」であって物価全般の変化ではないはずだ。しかし、現実に少なくとも短期・中期のタイムスパンでは物価水準の変化を起こしており、これは中期的に持続しそうな事情であると言えよう。

このことは二重の意味で円安基調の持続を示唆している。第一に長期的には二国間の為替相場の変化は物価上昇率の格差を反映した相対的購買力平価(PPP)で最も良く説明できるが、日米物価上昇率の逆転はPPP水準自体の円安・ドル高方向への変化をもたらす。1ドル=100円をベースにラフに言うと、上記の1.3%のインフレ率格差は、企業物価・生産者物価で計測したPPPを1年に1円30銭ほど円安・ドル高にシフトさせる。

第二に市場の為替相場は短期的・中期的にはPPPから乖離と回帰を繰り返すが、その要因として名目金利からインフレ率を引いた実質金利の格差が重要であり、とりわけ05年以降の局面では実質金利差がドル円相場の変動に強く影響している。

掲載グラフは、ドル円の市場相場(名目相場)、実質相場指数(=名目相場/PPP、1973年=100)、そして実質相場指数の推計値を示したものだ。推計値は、リスク指標(米国社債のリスクプレミアム)と日米実質金利差の2つの変数で実質相場指数の変化を筆者が回帰分析して得た推計式に基づく。実質相場指数が長期の平均値から乖離と回帰を繰り返していること、また推計値が現実の実質相場指数を概ねなぞっていることに気づいて頂きたい(統計的な説明度は63%)。

短期の政策金利は日米ともに依然ゼロ近傍なので、実質金利は両国ともマイナスである。ところが、日米の物価上昇率の逆転は、米国の実質金利が日本のそれを上回る(マイナス幅が米国の方が小さい)ことを意味する。これは中期的なタイムスパンでドル円相場をPPPから円安・ドル高方向に乖離させる、すなわち実質相場指数を円安・ドル高方向へ変化させる力として働いている。

以上総合して考えると、目先は既存の円売り持高の巻き戻しで円高方向への波乱相場となりそうだが、中期的な円安基調は継続する可能性が高く、ドル円相場の円高局面を利用して円売り・ドル買いに動くことに分がありそうだ。

ただし、より長期で考えるならば、「この先のドル買いはハイリスク・ローリターン」(13年5月22日掲載)で述べた通り、名目相場で1ドル=100円超えの円安・ドル高は、円割安・ドル割高圏であり、ドル建て投資を増やすのではなく、ドル売りヘッジを行う方に分があると筆者は判断している。

この判断がひっくり返るような超円安シナリオ(中期的に1ドル=120円やそれ以上)は現実的だろうか。最後にこの点を考えてみよう。

<超円安シナリオの蓋然性は低い>

超円安シナリオが現実味を帯びるケースは2つ考えられる。まず上記の企業物価、生産者物価で見た日米のインフレ率の逆転が経済全体に及び、消費者物価やGDPデフレーターなどでも日米逆転となり、しかも持続的なものになる場合だ。しかし、現状では日本経済のリスクは、インフレ率の趨勢的な上昇よりも、依然としてデフレに引き戻されてしまう方向に傾斜している。経済全般のインフレ率の日米逆転とその恒常化を想定するのは極端な円安論者のシナリオではあるが、現状では蓋然性は低い。

現時点で筆者がよりあり得そうなシナリオとして考えているのは、既述の通りエネルギー価格の変化の違いから、日米の消費者物価指数を含むインフレ率が年率1%から2%程度でほぼ同じ水準になることだ。その場合は、80年以降継続してきたPPPの円高トレンドは消え、PPPは横ばい推移に転じるが、一段の円安の必然性を意味するわけではない。

もうひとつの超円安シナリオは、リスク指標に対する円相場の反応が逆転する場合である。投資家のリスク許容度が低下するリスクオフ局面で円買いの動きが強まり、円高になるのは05年以降の特徴に過ぎない。

実際、銀行の不良債権問題から日本での金融危機が懸念されていた90年代末から2000年代前半の円相場は、リスク指標に対して今と反対の反応を見せていた。すなわち当時はリスク指標の上昇(リスクオフ)は円安、低下(リスクオン)は円高だった。このようにリスク指標と為替相場の関係は、グローバルな投資家がその時期の主要なリスクを何として認識するかによって異なるのだ。

たとえば将来、日本の膨張した政府債務リスクがいよいよ顕現化し、日本国債の急落(利回り急騰)を起こすような局面が到来すれば、リスク指標の上昇が円安を引き起こす方向に逆転する可能性はある。ただし、この危機シナリオも1年から3年程度の中期ではやはり蓋然性のかなり低いシナリオにとどまるだろう。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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