February 3, 2014 / 2:57 AM / 4 years ago

コラム:アベノミクスに必要な「シュレーダー改革」=丸山俊氏

積極財政や異次元金融緩和で長引く景気低迷・物価下落にひとまずピリオドを打った日本経済だが、今後は個人消費や住宅投資、民間企業の投資・イノベーションによって自律的な景気回復に移行していくことが求められていく。安倍政権の2年目は文字通り「正念場」である。

インフレ(期待)によって消費・投資を活発化するという黒田日銀総裁流のトランスミッション・メカニズムも良いが、中長期的な(実質)成長期待から家計や企業が積極的に消費や投資を行うようになった方が、自律的で持続的な景気回復をもたらすことは明らかである。そもそも大規模な量的緩和(QE)によって株価が史上最高値を更新した米国ですら、企業は内部留保の使い途としていまだに投資よりも自社株買いを選んでいる。

アベノミクスだからといって、グローバルに活動している輸出企業が今回だけ特別に投資を行うだろうか。内需企業が近い将来に消費税率が10%に引き上げられるかもしれないのに、財政支出や株高に伴う目先の消費活況を当てにして今回だけ特別に投資を行うだろうか。残念ながら家計や企業は、政治家が思っているほど、近視眼的ではない。

それよりも個人や企業の行動をがんじがらめにしてきた規制を緩和・撤廃したり、日本経済が活力を失う要因になっている雇用制度や社会保障制度の改革などによって、中長期的な成長期待を高めていくことが安倍政権に求められている。

その意味で、東西ドイツ統一後の景気低迷により「欧州の病人(Sick Man of Europe)」と揶揄され瀕死の状態だったドイツを、構造改革によって蘇らせる礎(いしずえ)を築いたシュレーダー元首相から学べることは多いのではないだろうか。以下では、近年、再評価の気運が高まっているシュレーダー改革の要諦と日本への教訓を示したい。

<世界一高いと言われたドイツの労働コスト>

シュレーダー氏の下、ドイツ社会民主党(SPD)が連邦議会選挙を経てコール保守政権から16年ぶりに政権を奪回したのは今から15年ほど前の1998年秋のことである。英労働党のブレア首相(当時)の「第3の道」に対応する「新たな中道」をスローガンとして左派のイデオロギーに囚われない現実路線を唱え、支持基盤の労組だけでなく中間層も取り込んだことが勝因となった。

ドイツ経済は当時、東西ドイツ統合に伴う財政負担や社会保障負担の増大、硬直的な労働市場がもたらす労働コストの上昇とそれに伴う競争力の低下によって低成長と10%を超える失業率に喘いでいた。そこで、シュレーダー政権が実行した政策が、戦後労働市場政策の基本姿勢に大幅な変更を迫る労働市場・社会保障改革だった。

フォルクスワーゲン(VW)(VOWG_p.DE)の労務担当役員だったハルツ氏を委員長とするハルツ委員会報告書で提言された労働市場の柔軟化(人材派遣の活用、低賃金労働の拡大、解雇制限緩和)、失業給付と社会扶助の一本化、失業手当・失業扶助の期間短縮といった施策は、ドイツの労働政策が失業対策から雇用創出へ大きく舵を切る転換点となった。具体的には、雇用主が期限付きの臨時雇用契約を結びやすくしたり、経営上の理由による解雇の場合に補償金解決制度を導入したり、あるいは中小の雇用主に解雇制限法の適用除外を認めるなどして労働市場の柔軟性を高めた。

また、失業給付はそれまで32カ月間にわたって失業前給与の67%、その後も57%まで無期限で支払われていたが、ハルツ改革により55歳未満は12カ月、55歳以上は18カ月に給付期間が短縮された。

さらに、それまでは再就職すると失業給付や社会扶助は大幅に削減されるため、再就職するインセンティブはあまりなかったが、ハルツ改革により失業給付期間を超える長期失業者には以前の給与と失業給付の関連は断ち切られ、資産調査の上、低い額の定額支給に切り替わるようになった。加えて、失業給付の請求者はいかなる適切な求人も受けることが義務付けられ、拒否すると失業給付がさらに減額された。こうした労働市場改革によって、世界一高いと言われたドイツの労働コストは抑制され、産業の国内回帰や他の欧州連合(EU)諸国などに対する競争力回復に寄与した。

<持ち合い解消でコーポレート・ガバナンス改善>

労働市場改革と並んで税制改革も進められ、所得税率の最高税率は51%から05年には42%へ、地方税などを合わせた法人実効税率も52%から39%に引き下げられ、当時、国際比較で日米仏を下回る水準となった。この過程で法人税については、内部留保(40%)と配当利益(30%)への異なる課税率が一本化されて25%となった。一連の社会保障負担軽減や法人税減税は、企業負担の軽減を通してドイツ企業の国際競争力を強化すると同時に財政赤字の削減を図る「一石二鳥」の狙いがあったと言えるだろう。

もっとも、こうしたマクロ経済政策が効果を発揮する条件として、供給サイド、つまりミクロの企業制度改革が必要不可欠である。特にアングロサクソン型資本主義に対してライン型資本主義を標ぼうしてきたドイツは、日本と同様に間接金融が中心で、株主だけでなく従業員、取引先、顧客などステークホルダー全体を重視し、終身雇用・年功序列を採用するといった特徴を有していた。

伝統的にドイツ銀行(DBKGn.DE)やアリアンツ(ALVG.DE)といった巨大金融機関が大企業の大株主であることが多く、株主としてより債権者として君臨する金融機関の影響力が大きいこともあり、コーポレート・ガバナンスの欠如が資本の収益性を損なっていた。そこで、シュレーダー政権は02年から企業が持ち株を売却した場合の利益を非課税とした。それまで法人(金融機関)はキャピタルゲインに課せられる法人実効税率が50%台と高かったため、やむを得なく保有していたこともあったが、これにより金融機関による持ち合い解消が進んだ。塩漬けになっていた非効率な保有株式の売却により、株主であった金融機関の資本効率が向上するだけでなく、企業側も物言わぬ株主として株式持ち合いに甘えてはいられなくなるため、コーポレート・ガバナンスを改善せざるを得なくなる。

持ち合いを通じた資本関係が崩れる中で産業再編が進み、外国人株主が増加して株式市場も活性化するなど、ドイツ型経営・ライン型資本主義そのものが劇的に変化した。ドイツポストDHL(DPWGn.DE)、ドイツテレコム(DTEGn.DE)、シーメンス(SIEGn.DE)、フォルクスワーゲン、ダイムラー(DAIGn.DE)、メトロMEOG.DE(小売り企業)など我々にも馴染みある主要上場企業で構成されるDAX30はグローバルで活躍する企業が多い。日本でも金融機関による株式持ち合い解消は不良債権処理や自己資本増強などに迫られる過程で8合目まで進ちょくしつつあるが、労働市場改革や社会保障改革などの遅れによって日本型経営が変わったとの声はあまり聞かれない。

その意味で安倍政権が取り組む公的年金基金の運用見直しが、大株主として存在する年金基金の投資行動を通じて、コーポレート・ガバナンス改善に寄与する余地は大きいだろう。今後は、運用見直しの対象になっている各基金が2月の財政検証結果、そして15年10月の厚生年金一元化に備えて厚生労働省で行われている「積立金基本方針に関する検討会」の3月最終報告を受けて、新しい運用計画を発表する見込みである。安倍政権は6月に発表する成長戦略第2弾に公的年金基金改革の具体化を盛り込む方向性であり、その内容が注目される。

<構造改革は株高の即効薬ではないが特効薬>

ところで、ドイツ経済の成長率は92年から05年までほぼ一貫して先進国経済(G7)を下回り、特に労働市場改革が断行されたシュレーダー政権2期目の02年から05年はG7に対して成長率が大きく落ち込んだ。しかし、06年からは改革が功を奏したこともあり、G7を大きく上回る成長率を実現している。

これらの単純な観察結果は、構造改革が短期の成長にはマイナスの影響を与えるものの、中長期の成長にはプラスの影響を与えることを示唆している。80年代の英国や90年代のドイツの歴史は、サッチャー首相やシュレーダー首相といった強い政治のリーダーシップが痛みを伴う構造改革を断行したことで、低迷から脱け出せないと思われていても経済が復活することはあるということを、我々に教えてくれる。

成熟した資本主義国が陥りやすい先進国病、すなわち出生率低下による高齢化、社会保障費の増大、産業の空洞化による失業率上昇などの問題に対しては、労働市場の柔軟化、社会保障制度改革、国内の規制緩和を断行することが強い経済を取り戻す唯一無二の秘訣なのかもしれない。

シュレーダー氏も最初から改革者だったわけではない。1期目はどちらかと言えば労働者寄りの姿勢が強かったが、それが明確に変わったきっかけは2期目に入って労働市場改革を中心とする社会保障制度改革を抜本的に行うという構造改革方針(アジェンダ2010)を発表したことである。

ドイツ連邦議会ではもともと構造改革を主張していた保守政党・キリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟(CDU/CSU)の協力で法案はスムーズに可決していった。しかし、失業率が20%台と高かった旧東ドイツ地域で抗議デモが盛んに行われ、SPDでは左派の伝統的理念が失われたと考えるグループの離反を招き、地方(州議会)選挙で同党は議席を失った。皮肉なことに、ドイツ国民の支持はより大胆な構造改革を主張していた保守のCDUに向かい、05年の連邦議会選挙でシュレーダー陣営はCDU(党首はメルケル現首相)に僅差で比較第一党の地位を奪われ、ドイツ経済が改革の恩恵を享受し始めるのを首相として見ることなく退陣を余儀なくされた。

翻って現在の日本経済の基礎体力に鑑みれば、これ以上の株高は高望みであることを、多くの人は薄々と気付いていよう。それよりも、子や孫の将来のために、現役世代にとっては痛みを伴う構造改革を進めてでも、将来の経済的繁栄を取り戻したい――。そう思い始めている人が多いと信じたい。そして、実は構造改革こそさらなる株高をもたらす「即効薬」ではないが「特効薬」であることを歴史は示している。

*丸山俊氏は、BNPパリバ証券の日本株チーフストラテジスト。早稲田大学政治経済学部卒業後、三和総合研究所に入社し、クレディ・スイス証券を経て2011年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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