March 7, 2014 / 3:12 AM / 4 years ago

コラム:ウクライナ混迷でも円安基調が続く3つの理由=植野大作氏

早春の為替市場で新興国通貨不安が断続的に噴出している。1月下旬に勃発したアルゼンチンショックがようやく収まったと思ったら、今度はウクライナ情勢が緊迫化。同国の通貨グリブナ、そしてロシア・ルーブルが相次ぎ過去最安値を記録した。

きっかけは、ウクライナの親ロシア派ヤヌコビッチ政権の崩壊だ。政権転覆を主導した野党勢力は2月27日にヤツェニュク元経済相を首相に指名。議会の承認を経て欧米親派の新内閣が発足した。こうした動きに対抗し、ヤツェニュク政権を合法と認めないロシアは、ロシア系住民の保護などを名目に、ウクライナへの軍事介入を可能にする法案を可決した。ウクライナ南部クリミア半島は駐留ロシア軍によって事実上制圧されたと報じられている。

内憂外患の見本市となったウクライナでは、中央銀行がグリブナの買い支え介入をいったん放棄、自国通貨の暴落を容認せざるを得ない状況になった。このため同国債務のデフォルト懸念が急激に高まる場面もあった。米国、欧州連合(EU)、ロシアなどが当面の金融支援を表明したことで、極度の不安はひとまず治まっている。

だが、ウクライナ政府が求めている「2年間で350億ドル」という大規模支援をどのように賄うのか、国際通貨基金(IMF)も巻き込んだ具体策の策定にはかなりの時間を要しそうだ。また、クリミア半島での軍事的な動きに非難を強めるEUがロシアに対する段階的な制裁措置を取ることを決めたほか、米国でもオバマ大統領がロシアとウクライナの一部当局者を対象に、渡航禁止や資産凍結などの制裁を発動する大統領令に署名した。

このような状況下、「なかなか治まらない新興国通貨不安が、いずれ円全面高の引き金になるのではないか」との警戒感が明滅し始めている。「対外純資産国かつ戦争忌避国の通貨」というイメージを持つ日本円は、グローバルな在外資産引き揚げ合戦において無類の強さを発揮する「リスクオフ・カレンシー」の典型だとみなされているからだ。

今後、新興国市場が大混乱して世界金融危機を誘発した場合、「リスクオフの円高祭り」が喚起されて日本でようやく動き始めたデフレ脱却のプロセスが暗礁に乗り上げないとも限らない。最近のドル円相場は101―103円台で推移しており、100円割れまでの「のりしろ」はそれほど分厚いとは言えない。大丈夫だろうか。

結論から先に述べると、今後のウクライナ情勢の展開次第では、短期的にはドル安・円高方向への調整色が強まる可能性は否定できない。海外投機筋のドル買い・円売りポジションは、一時に比べて整理が進んだとはいえ、依然として高水準だ。今後ウクライナ情勢が一段と緊迫して「地政学リスク」の高まりが意識された場合、既存の円売り持ち高をひとまず解消する動きが加速し、ドル円相場が思わぬレベルに差し込む可能性はある。

多くの市場参加者が3月期末のドル円相場を気にし始めた矢先に、「ピンポイント予想」を複雑にする撹乱要因が乱入してきた。当面のウクライナ情勢の落ち着きどころについては、合理的な予測が不可能であることは認めざるを得ない。目先のドル円相場については、ある程度の幅をみておく必要があるだろう。

ただし、足もとのウクライナ問題が世界景気全体の腰を折るほどの強力な感染力を持つパンデミックに発展しない限り、ドル円相場のトレンドが趨勢的な円高・ドル安基調に転舵する状況にはなりにくそうだ。以下、そう考えている理由を三つ挙げておきたい。

<リーマン危機時のパンデミックとは違う>

第一に、近年の新興国通貨のプライスアクションを俯瞰すると、売り圧力に晒されている通貨はそれぞれ個別の事情を抱えており、選別色が濃厚という意味で、比較的冷静な「覚めた危機」にみえる。

たとえば、近年の代表的新興国通貨の対ドル相場を並べてみると、まずアジア地域においては、インド・ルピーやインドネシア・ルピアはともに数年以上にわたって断続的に値下がりしているが、台湾ドル、韓国ウォン、シンガポール・ドル、マレーシア・リンギなどは比較的しっかりしている。

また、南半球・ラテンアメリカ地域においては、ブラジル・レアル、南アフリカ・ランド、アルゼンチン・ペソなどは数年間にわたって下落しているが、メキシコ・ペソは比較的安定している。一方、欧州東方諸国では、数年間に及ぶトルコ・リラの下落が目立っており、ここにきて前述の通りウクライナ・グリブナやロシア・ルーブルなども今回の情勢緊迫化を受けてそれぞれ2月27日と3月3日に過去最安値を更新するまで売り込まれたが、ポーランド・ズロチは概ね堅調に推移している。このように、濃淡は明らかに異なる。

率直に言って、近年の為替市場で断続的な売り圧力を浴びている通貨には、「ちゃんとした売られる理由」がある。個別の事情は様々だが、具体的に言うと、経常収支が赤字でインフレの制御が上手くできていなかったり、政治が極度に混乱していたり、外貨準備が底をつきかけていたり、軍事的緊張の当事国になっていたりする。

各々の国が抱える問題は根深く、容易に解消されないだろうが、「売られる理由のある通貨が売られる」のは、市場メカニズムでは当たり前だ。今のところ、高付加価値産業の集積が進んでいる新興国などには、極端な売り圧力は及んでおらず、他国への感染力は控えめだ。その意味で、今回の新興国通貨危機は、ほぼ全ての新興国通貨が玉石混交のまま、問答無用の売り圧力の犠牲になったリーマンショック型のパンデミックとは、かなり趣が違っている。

<米金融政策「犯人説」は間違い>

第二に、米国で年明けから始まった資産購入の減額は、昨今の新興国通貨問題の主因ではなく、それを理由に米金融政策の方針が変わる可能性は小さい。

一部市場参加者の間で、米量的緩和(QE)縮小が新興国からの資金流出の主因だとの見立てもあるが、いわゆる「フラジャイルファイブ(脆弱な5カ国)」の通貨下落が始まったのは、米国がまだQEの最中にあった2011年の中頃からだ。過去数年間にわたって大幅に下落した一部の新興国通貨が売られた根本的な原因は、米国の金融政策運営にあるのではなく、新興国側の国内事情が主因とみるのが妥当だろう。

個別の事情で根深い問題を抱えている各々の新興国経済は、自国通貨の防衛やインフレ抑制のための利上げなどによって当面厳しい経済状態が続きそうだ。ただ、それに巻き込まれて米景気の回復力が著しく蝕まれる事態にならない限り、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長は段階的な資産購入の減額を粛々と継続するだろう。

「QEからの卒業計画が動き始めている米国」と「異次元緩和からの卒業時期がみえない日本」という印象格差が変わらない限り、一部の新興国における金融不安が、ドル円相場のトレンドまでをねじ曲げてしまうほどの猛威を発揮することはないだろう。

今後、「ウクライナ情勢の緊迫」を理由にイエレン議長が段階的な資産購入の圧縮計画をキャンセルするなら話は変わってくるが、現時点のウクライナ情勢が、米国にとってそれほどまでの経済的脅威に発展しているとは思い難い。

第三に、今後しばらくの間は、先進国主導の金融緩和が進み、世界景気腰折れ懸念の防除に寄与すると考えられる。

現在、米国は段階的に毎月の資産購入額を減らし始めているが、今年の晩秋から年末頃まではペースを落としながらもドル建て過剰流動性の散布を続けそうだ。デフレ克服に向けた異次元緩和を継続中の日本では日銀の保有資産が異例の速度で拡大し続けており、円建て過剰流動性の散布はいつ止むのか分からない。

一方、金融危機対応で供与した長期資金供給オペ(LTRO)の満期前返済が進んだ結果、欧州中央銀行(ECB)だけは受動的なユーロ建て流動性の回収を進めてきたが、域内の健全行による繰り上げ返済も進み、最近はそのペースが淀んできている。世界の三大中央銀行の合計でみると、地球的規模での流動性供給は依然拡大し続けているのが実情だ。

このような状況下、先進国主導の世界景気の回復がいきなり頓挫するリスクは小さいだろう。日米の中央銀行を中心に当面投与され続ける量的金融緩和という「薬」は、一部の新興国を発生源とする金融不安の感染を防除する働きを持つと考えられる。昨今の世界景気の回復は、新興国頼みではなく、先進国主導で進んでいる。世界景気の回復基調が頓挫しない限り、一部の新興国において台頭している景気悪化圧力が「リスクオフの円全面高」を引き起こす事態に発展する可能性は小さいのではなかろうか。

混迷の度合いを深める足もとのウクライナ情勢は、国際政治・民族問題としてみた場合、非常に根深いしこりを抱えており、すぐに解決する可能性は極めて小さい。しかし、ウクライナが国際社会から見放されて無秩序なデフォルトを余儀なくされる、あるいは北大西洋条約機構(NATO)軍とクリミア半島に展開するロシア軍による軍事衝突が勃発するなどのテールリスクが暴発しない限り、マーケットへのインパクトは徐々に落ち着いてくるだろう。

今後のウクライナ情勢は政治ネタとしては引き続き注目度の高いテーマであり続けるだろうが、健全な新興国や先進諸国を巻き込んだ景気腰折れ懸念を誘発しない限り、ドル円相場に与える影響は一過性のものにとどまるだろうと筆者はみている。

<ユーロドルの悩ましい局面>

ただし、今回のウクライナ政変をきっかけに、今後米国とロシアの関係が急速に冷え込み、冷戦状態が深刻化した場合は、ユーロドル相場に対して様々な思惑が錯綜する可能性はある。

もしも米国がロシアへの強力な経済制裁を単なる脅しではなくリアルに実施した場合、ロシア政府が報復措置として「米ドル離れ」を起こすなどと警告している一方、米国などの国々による経済制裁の強度によっては、ロシア経済が深刻な打撃を受ける可能性が意識されているからだ。

一部のロシア系メディアが伝える「ロシアのドル離れ」という抽象的な表現が一体何を意味するのかは不明だが、仮にロシア政府による米ドル債の売却や、貿易決済通貨としての段階的なドル離れなどを意味する場合、短期的には為替市場に少なからぬ心理的インパクトを及ぼし、「ロシアのドル離れ=ドル売り・ユーロ買い要因」との連想を刺激する可能性はある。

ただ、米国や英国による経済制裁によって、ロシア経済が無視できない打撃を受ける場合、その悪影響は東欧諸国、ひいてはユーロ圏にも及びかねない。世界第8位前後の規模を誇るロシア経済が停滞を余儀なくされた場合、それに伴う被害は、地政学的にみて米国や日本よりもユーロ圏諸国の方が強そうだ。こちらのロジックを重視するマーケット・トークが為替市場に流布した場合「ロシア経済の停滞=ユーロ売り・ドル買い要因」という雰囲気が盛り上がる可能性もある。

米ロ冷戦が常態化して日常の風景になってしまえば、為替市場のテーマとしての鮮度は次第に落ちてくるだろうが、両国の関係悪化を市場関係者が織り込む初期段階では、相場の連想ゲームがドル売り、ユーロ売りのどちらに矛先を向けるのか、現時点では即断できない。

年明け以降のユーロドル相場は1.35ドル前後では底堅く、足もとでは1.38ドル台へ上昇している。3月6日の理事会でECBが追加緩和を見送ったことがユーロ高の背景だが、域内でディスインフレ(物価上昇率の鈍化)が進む中、「いずれ追加緩和に追い込まれる」との見方も根強く、1.40ドルに接近してくると高値警戒感も出ているようだ。昨今のウクライナ情勢緊迫の副産物として強まる米ロ関係の悪化などにもアンテナを張りつつ、これからユーロとドルのどちらを買うべきなのか、ユーロドルファンにとっては非常に悩ましい局面が続きそうだ。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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