March 11, 2014 / 10:08 AM / 5 years ago

コラム:日銀は「一段の円安」を望んでいるのか=佐々木融氏

日銀は大方の予想通り3月10―11日の金融政策決定会合で金融政策を据え置いた。海外勢の中には依然として追加緩和期待が強く、4月30日の会合でも追加緩和がなければ、いったん円の買い戻しとなり、円高圧力が強まる可能性は高いと見ている。

日銀の追加緩和を期待する向きは、それが円相場を一段と円安方向にシフトさせ、消費増税に伴う景気鈍化をサポートする必要があると考えているのだろう。しかし、ここまでの円安はともかく、今後一段と円安が進むことは日本経済にとって果たしてプラスなのだろうか。そもそも、日銀は本当にここから一段の円安を望んでいるのだろうか。

<貿易黒字国に戻れない可能性>

以前にも本コラムで指摘した通り、日本の貿易収支は2010年の6.6兆円の黒字から13年は11.5兆円の赤字へと18.1兆円も悪化した。そして、これは原発停止によるエネルギー輸入増ではなく、アジア諸国からの輸入増加という構造的な変化が主因となっている。

14年1月の貿易収支(通関ベース)も2.8兆円の赤字と、赤字額は前年同月比7割増にまで悪化した。1月の季節性、消費増税前の駆け込み需要という特殊要因も考えられるが、それでも急激な悪化である。これもまたアジアからの輸入増加が原因で、対アジアの貿易赤字は前年同月の3倍となり1兆円に迫っている。

このように貿易収支が急速に悪化しているのは、製造業が海外に生産をシフトした結果、景気が良くなり内需が上向くと、アジアからの輸入が増加するという経済構造に日本が変化したためと考えられる。

生産が海外にシフトしているのだから、円安になっても輸出が増えないのも頷ける。アベノミクスが始まる前の12年10月から今年1月までの15カ月間で、実質輸入(輸入量)は16%も伸びたが、実質輸出(輸出量)は2%しか伸びていない。

単純化して言うと、日本ではアベノミクスで経済に対するセンチメントが改善したうえ、消費増税前の駆け込み需要もあって、内需は増加している。しかし、その増加した内需が向かっている先は輸入品なのである。

昨年10―12月期の国内総生産(GDP)の伸び率が前期比年率0.7%程度にとどまっていることもそれを表している。0.7%成長に対する寄与度は、国内最終需要がプラス2.6%ポイントだが、純輸出はマイナス1.7%ポイントとなっている。つまり、国内需要のかなりの部分が輸入で賄われているということである。

こうした構造的な背景を考えると、日本はもはや簡単には貿易黒字国には戻れないかもしれない。日本経済全体を企業に例えるならば、さらに円安が進んだ場合、売り上げよりもコストの方が大きくなっていく構造になっている。

実際、すでに交易条件(輸出品1単位と交換に輸入できる量を示す指標)は足もとで、08年に原油価格が1バレル=147ドルまで急騰した時と同水準まで悪化しており、大規模な所得流出が発生していることを示している。円安がさらに進んだ場合、輸入物価の上昇率が輸出物価のそれを上回り続ける可能性もあり、交易条件はさらに悪化する懸念もある。こうした状態で日本企業は本当に賃金を上げていけるのだろうか。

<円安で拍車かかるアジアからのインフレ輸入>

ここで気がかりなのは、インフレ率の円安に対する感応度である。実は、これまで日本のインフレ率は円安になってもそれほど敏感に反応しなかった。内閣府経済社会総合研究所の「短期日本経済マクロ計量モデル(2011年版)」では、10%の円安・ドル高がもたらすインフレ率(消費デフレーター)の押し上げ効果は1年間で0.12%、3年間でも0.39%しかないとされている。

しかし、恐らく日本の経済構造はこれまでとは大きく変化しており、円安が与えるインフレ率の押し上げ効果は格段に上がっている可能性がある。従来のモデルでは全く想定されていない変化が日本経済には急速に起きているかもしれない。

貿易赤字国となった日本は、言うなればアジア諸国からインフレを輸入している可能性があるのではないか。アジア諸国は一頃に比べ勢いは衰えたとはいえ、今でも賃金は比較的高い伸びを示している。

特に日本の貿易赤字が大きいのは対中国、マレーシア、インドネシアだが、中国人事社会保障省によれば、13年の中国主要都市の最低賃金引き上げ率は平均17%だった。また、インドネシアでは最低賃金の上昇率がここ数年毎年二桁を記録している。さらに、マレーシアでも賃金上昇率は5―6%台となっている。つまり、日本の消費者は、アジア諸国の賃金上昇がコストとして反映された物価を受け入れる必要が出てきているのかもしれない。そして、それに円安が加わることによって、さらにインフレ率を押し上げている可能性も考えられる。

実際、日本のインフレ率は当初の予想よりも速いペースで上昇している。日銀が2%のインフレターゲットを導入した13年1月頃、民間エコノミストの同年第4四半期のコア消費者物価指数(CPI)上昇率の見通しはプラス0.2%程度だった。しかし、実際には昨年12月のコアCPI上昇率はプラス1.3%に達している。

<好ましくない方向に動きがちな相場>

確かに、12年11月から現在までの円安が、日本経済にプラスの効果をもたらしたことは間違いないだろう。ただ、実質実効レートベースで見ると、円相場の水準はすでに歴史的な最安値近辺にある。さらに、日本の経済構造が変化し、対GDP比2%以上の貿易赤字を抱えるようになったことに加え、交易条件が悪化する中、賃金がインフレ率以上に上がる見通しがつかない状況では、さらなる円安進行がネットで見て本当に日本経済にプラスの影響を与え続けるのかどうかは慎重に見極めるべきだろう。

最後に言い添えれば、本コラムで指摘した内容は、「したがって、為替相場は今後円高に向かう」との結論を導くものではない。むしろ、長期的には逆方向を示唆している可能性もある。相場は過半数が好ましくないと思う方へ動くのが常である。だから、これまで長期的に円高基調が続いたと言えるのかもしれない。

もし筆者の懸念が正しく、極端な円安が発生すると好ましくない形に日本の経済構造が変わっているとするなら、円相場の長期的な基調は円安方向に向かっていくのかもしれない。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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