March 25, 2014 / 2:02 AM / 5 years ago

コラム:「法人減税でも税収増」のまやかし=河野龍太郎氏

法人税の実効税率引き下げ論が勢いを増してきた。長年、税収減を恐れる財務省によって抑え込まれてきた議論だが、衆参両院での与党優位と高い支持率を背景に勢いに乗る安倍政権が成長戦略の一環として、財源論を切り離した法人税減税を進めようと奮闘している。

実効税率を引き下げれば、経済活性化によって将来の税収も増え、単年度では無理でも中長期的に税収中立に向かうという「法人税パラドックス論」も経済財政諮問会議や政府税調で論じられ始めている。今回のコラムでは、法人減税について、改めて考えてみたい。

<財源論棚上げの減税は不適切>

まず、筆者の立場を簡単に述べておく。白地の世界で、1)財源を切り離して考えることができるなら、経済活性化のために法人税の実効税率引き下げは妥当であり、2)税制を望ましい姿に一気に変更できるなら、所得再分配は別のツールで行うとして、資源配分への歪みの比較的小さな消費課税のウエイトを高め、法人課税や所得課税については現状よりも抑えるという考えは確かに適切である。

しかし、とりわけ税の議論となると、現実の制約を無視するわけにはいかない。日本の財政運営は現在、巨額の財政赤字の存在を前提としたものとなっており、その結果、公的債務は未曽有の水準まで積み上がっている。将来世代の犠牲の上で、現在の世代が公共サービスを享受しているのが現状だ。さらに世代間の公平性が大きく損なわれていることが、近年の潜在成長率の低迷にも無視し得ない悪影響を及ぼしており、財源論を棚上げした減税は適切ではないと考える。

「法人税パラドックス論」の主張についても筆者は懐疑的である。欧州各国では1990年代後半以降、法人税率を大幅に引き下げたにもかかわらず、2000年代に法人税収が増加したために、パラドックスと呼ぶ人がいる。しかし、ユーロ統合後、2000年代に大規模なブームがユーロ圏に訪れていたから税収が増えていたのであり、ブーム崩壊後の不況期まで考慮すれば、パラドックスは生じていなかったと結論付けるべきだろう。

また、日本経済が現在抱えている問題の一つは、企業部門が利益を増やしても、設備投資を必ずしも活発化させず、人件費についても抑制姿勢を続け、高率の企業貯蓄が維持されていることにある。支出性向の低い経済主体に所得を移転することが有効な景気刺激策となり得るとは思えない。以下、詳しく説明しよう。

<租税特別措置は特定企業を利する政策>

「租税特別措置を撤廃し、それを財源に法人税の実効税率を引き下げる」。理論と現実の折衷案として、ここ数年、法人税減税に関し、筆者はこのような主張を行ってきた。

日本ではこれまで法人税の実効税率引き下げ論が現れると、税収の大幅減を恐れる財務省が論点を変え、多くの場合、時限的な設備投資減税が実施されてきたが、それは資源配分の効率性の観点からは不適切だった。安倍政権もスタート直後に、実効税率引き下げを試みたが、最終的には設備投資減税が決定された。設備投資減税を行うくらいなら、わずかであっても実効税率の引き下げに財源を振り向けたほうが良かった。

筆者がそう考えるのは、まず設備投資減税などの租税特別措置は一部の企業だけを利する不公平な税制だからである。それでも一国経済全体において、設備投資が増えるのなら、妥当と考える人も少なくない。しかし、政府の補助がなければ実行されない収益性の低い投資プロジェクトが促されることも大きな問題である。

一国経済において、設備投資が重要であるのは、設備投資が行われた際に、資本財の生産が増え、その時点の国内総生産(GDP)が増えるからだけではない。新たに作られた生産設備から、将来、より高い付加価値が生み出されるためである。政府の補助で、収益性の低い資本ストックが生み出されることは、単に資源の無駄遣いである。

筆者は、日本の潜在成長率が低迷している理由の一つは、特に輸出企業に対し、租税特別措置を含め、収益性の低い資本ストックの蓄積(=過剰ストック)を促す政策が多いからだと考えてきた。日本の設備投資は過少であり、それゆえ、潜在成長率が低いと考える人が少なくないが、収益性の低い投資が多いという点では、明らかに過剰投資である。投資が不足しているのではなく、収益性の高い投資が不足しているのである。

近年、日本で雇用を増やしているのは、新興企業や外資系企業であり(これらが成長企業に他ならない)、それらの企業にとって租税特別措置の恩恵は乏しい。お金に色はついていないから、高い実効税率の下で新興企業や外資系企業が納めた税金が、既存企業が享受する租税特別措置の財源に流用されているとも言える。

常々論じているが、こうした既存企業を利するプロビジネス(親企業的)政策が成長分野出現の足かせとなり、潜在成長率を抑制する。租税特別措置や一部企業を利する補助金を止め、それを財源に法人税率を少しでも引き下げれば、資本収益率の改善によって、内外から新たな参入が促され、税収中立の下で日本経済を活性化することができると考える。

<法人税パラドックス論の罠>

我々はそろそろ「設備投資を行う企業が成長企業だ」という昭和時代の発想を捨て去る必要がある。確かに、昭和時代の工業化社会では、成長企業は資本集約的な産業の中に多いと考えても差し支えなかった。しかし、脱工業化社会(知識社会)においては、高度なスキルを持った労働者を集約的に使う産業こそが、成長企業であるかもしれない。経済成長に資本蓄積が必要だという事実は変わらないが、その資本はもはや必ずしも物的資本ではなく、無形資本や人的資本というケースもあり得る。そうした意味で、様々なタイプの企業の資本蓄積に対し経済政策が中立であることは重要である。

内外から新たな参入を促すために、規制緩和を進めると同時に、法人税減税を進め資本収益率を高めるというのは、成長戦略の視点からは望ましい。とはいえ、やはり財源が制約となる。筆者は租税特別措置の廃止を財源にすることを主張してきたが、全廃しても1兆円に満たない。法人税の実効税率を1ポイント引き下げるには4900億円を要するが、それでは2ポイントの引き下げにとどまる。課税ベースを拡大するため、財務省は欠損金の繰越控除制度に制限を課すことを現在模索している。同制度による減収額は2兆円程度であるが、制度の妥当性を考えると、当然にして全廃すべきということにはならない。

租税特別措置の廃止や欠損金の繰越控除制度の一部制限だけでなく、その他の課税ベース拡大を検討しても、2兆円も確保できないのではないか。租税特別措置の恩恵を受ける既存企業の大きな反発が予想されるが、それを抑え込むことに成功しても、実効税率の引き下げは最大で4ポイント程度ということになる。

しかし、それでは現在36%の日本の実効税率を、アジア諸国並みの20%台まで引き下げることができない。それを可能にするための理論として新たに持ち出されたのが「法人税パラドックス論」である。税率を引き下げれば、経済が活性化し、税収が増えるという主張なら、それは80年代初頭のレーガノミクスの理論的根拠となった「ラッファー・カーブ」と同じである。その帰結は明らかで、当時、税収は増えず、大幅な財政赤字だけが残った。当初、財政保守派からは、ブードゥー・エコノミクス(呪術経済学)の類いであろうと主張されていたが、やはり魔術は存在しなかった。

新たに現れた「法人税パラドックス論」の根拠となっているのは、前述した2000年代の欧州の経験である。2月20日に経済財政諮問会議で民間議員が提出した英独韓に関する分析では、税収増の要因として、1)経済成長による法人税収拡大、2)課税ベースの見直し、3)個人事業者の会社設立(法人成り)などが挙げられていた。特に一つ目については、規制緩和・規制改革とセットで税率引き下げを行うことが有効だということなのだろう。

しかし、そうした組み合わせが経済を活性化するとしても、減税にもかかわらず税収が増えるということが本当にあり得るのだろうか。筆者はやはり慎重である。データを見ると、欧州各国で税収が増えたのは07年までだ。その後の世界経済危機によって、税収は大きく落ち込んだ。もちろん、危機さえなければ、税収は増え続けたと主張することも可能ではあるが、ブームの崩壊と共に税収が大幅に減ったというのが真相ではないのか。

言うまでもないことだが、財政を考える上では、好況と不況を均(なら)して考えるという視点が極めて重要である。ブーム期だけを見れば財政収支は著しく改善し、慢心からブーム期に放漫財政に転じ、構造的財政収支を大幅に悪化させるというのが、これまでの先進各国の財政運営の教訓である。我々の目の前にあるのは「法人税パラドックス論」の罠ではないのか。

日本では過去20年間、様々な減税策がとられてきた結果、課税ベースは浸食され、循環的な景気回復が起こっても、税収は以前ほど高い伸びを示さなくなっている。法人税減税に来年から取り組むとの官房長官発言もあるが、現在足りないのは、規制緩和や規制改革の努力であって、減税の努力ではないように思われる。セットでの実施が謳われつつも、結局、十分な規制緩和や規制改革が行われず、減税だけがつまみ食いされることになるのではないか、筆者は強く懸念している。税収の所得弾性値が高い法人税の税率が引き下げられると、景気回復局面でも税収はますます伸びなくなる。

<企業への所得移転は本当に有効か>

最後に、法人税減税論議の際に忘れられている重要なポイントを論じておく。それは支出を抑制する経済主体に所得移転をすることの是非である。

ケインズ的な色彩の強い安倍政権の経済政策の中で、支出性向の低い経済主体に所得移転を行うことをどのように位置付けているのだろうか。周知の通り、経常収支赤字が継続的に観測されるようになり、日本でも「双子の赤字」の悪影響が懸念され始めている。高齢化の影響で家計貯蓄率が低下を続けているため、今後も経常収支赤字が劇的に膨らんでいくという見方もあるが、その際、すっかり忘れられているのが企業貯蓄の存在である。

ここ数年、企業はGDP比で約20%強の粗貯蓄を毎年積み上げている。興味深いことに、家計の粗貯蓄は5%まで低下したが、それに対応する形で、企業貯蓄が上昇し、民間部門全体の貯蓄は25%強で安定している。家計貯蓄は大幅に低下したが、企業の大幅な貯蓄が続いているため、今のところ長期金利が安定を保った中で、大幅な財政赤字がファイナンスされているとも言える。

家計貯蓄と企業貯蓄を合計すると安定しているのは偶然ではない。まず、ゼロ金利政策の継続によって、家計の受取利子は大幅に減り、同時に企業の支払利子も大幅に減った。つまり、金利低下を通じ、家計から企業に所得移転が発生しているのである。さらに、ここ数年、企業業績の動向にかかわらず、雇用者報酬は相当に抑制されていた。ようやくベアの引き上げの動きが一部で始まったが、現実には過去最高益を記録する大企業でもベアは1%を下回るところがほとんどである。雇用者報酬の足踏みも、企業貯蓄を高め、家計貯蓄を抑制する要因となっている。つまり、雇用者の取り分が小さければ、企業の取り分が大きくなるゼロサム的な状況が続いている。

もちろん、企業が増えたキャッシュフローを設備投資に振り向けているのなら、企業と家計の貯蓄は必ずしも対照的な動きを示さない。しかし、少なくともこれまでのところ、企業は設備投資に対して慎重な姿勢を崩していない。企業はキャッシュフローが積み上がっても、投資や人件費など支出を十分増やしておらず、貯蓄に振り向け、純資産を増やしているということである。

ケインズ的な景気刺激策においては、支出性向が高く、しかし流動性制約に直面する経済主体に所得移転を行うことが企図される。潤沢な貯蓄を持ち、支出性向の低い経済主体に所得移転を行っても、大きな景気刺激効果は現れないだろう。それとも、安倍政権は株高を通じた別の波及経路を狙っているのだろうか。

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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