April 14, 2014 / 3:47 AM / 4 years ago

コラム:ウクライナ「管理された危機」の落とし穴=田中理氏

ウクライナ東南部の都市で親ロシア派勢力が政府機関を占拠するなど、同国情勢をめぐる緊張が続いている。だが、市場参加者の多くは危機の発生当初から、ロシアと欧米諸国の間で全面的な軍事衝突や本格的な経済制裁合戦に発展する事態は回避されるとみてきたようだ。

VIX指数など投資家の不安心理を表す株価の恐怖指数は、クリミア半島情勢が緊迫化した3月初旬に一時的に急騰する(不安心理が高まる)局面もあったが、上昇した際の水準も2001年の米同時多発攻撃の発生時や03年のイラク戦争開戦時などには遠く及ばなかった。その意味で今回のウクライナをめぐる緊張も、基本的には「管理された危機」とみることができよう。

東西冷戦崩壊後、欧米諸国とロシアの間では経済・金融面での相互依存関係が深まっている。とりわけ欧州諸国はエネルギー供給の多くをロシアに頼り、ロシアも輸出の半分以上を欧州向け資源に依存し、両者は一蓮托生の関係にある。一段の経済制裁強化でロシアとの貿易・金融取引を全面的に停止する事態となれば、双方にとって経済的な打撃が大き過ぎる。

<ロシアはすでに一定の目的達成>

過去にロシアの領土だった歴史的な経緯もあり、ロシア国民の間で待望論が多かったクリミア編入を実現し、プーチン大統領の自国内での支持率は大幅に上昇している。

ウクライナの欧州接近でロシアが最も危惧したことは、黒海の制海権と北大西洋条約機構(NATO)との緩衝地帯を失うことだった。クリミア編入により、同半島の南端に位置するセバストポリの軍港はロシア軍の支配下に入った。

ロシアの強硬姿勢を受け、ウクライナのヤツェニュク首相はNATOへの早期加盟を求めず、軍事的な中立を保つ可能性を示唆している。ウクライナ政府がロシアの権益確保に配慮する姿勢を示していることで、ロシアはある程度の目的を達成したと言えそうだ。

ウクライナ東南部で相次ぐ政府機関の占拠には、ロシアの関与を疑う声もある。だが、クリミア同様の手順を踏んで、同地域を実効支配下に置き、住民投票を焚きつけてロシア編入を強行に進める可能性は低い。

プーチン大統領は冷静な戦略家だ。欧米諸国はロシアがウクライナ東南部への介入を強めれば、追加の経済制裁措置に踏み切ると警告している。さらなる軍事侵攻によるデメリットはメリットを上回る。ロシアの目的はあくまでウクライナへの揺さぶりをかけることにある。

ロシアはウクライナに対して、ロシア語の第2公用語化や、地方政府の自治拡大と連邦制への移行を可能にする憲法改正などを求めている。ロシア系住民の権利保護が表向きの理由だが、ウクライナ東南部での中央政府のグリップを弱め、ロシアの影響力を強めることで、欧米への過度な接近に睨(にら)みを利かせる狙いがある。

ロシアは、ウクライナの暫定政権が「クーデターによって誕生した」と主張し、その正統性に疑問を呈している。ヤヌコビッチ前大統領の不正蓄財への国民の不満や、親ロシア派候補の大票田だったクリミアのロシア編入により、5月25日の大統領選挙で親ロシア派の候補が勝利する芽は事実上消滅した。

大統領選後に誕生する新政権については、ロシアも正統性を否定しづらい。プーチン大統領は、親欧州派の新政権誕生を妨害するため、今後も様々な手段で揺さぶりをかけてくることが予想される。

<天然ガス紛争再燃の恐れ>

ロシアはウクライナ東南部での緊張を高めることや軍事的な牽制に加えて、同国に対する経済的な圧力も強めている。乳製品など一部産品についてウクライナ企業との取引を禁じているほか、セバストポリ軍港の租借の見返りとして適用してきたウクライナ向け天然ガス価格の割引価格を廃止し、料金滞納を理由に値上げに踏み切った。

今後の火種になりそうなのが、ウクライナとロシアとのガス紛争の再燃だろう。ロシアは料金滞納への対抗手段として、ガス料金の全額前払い方式への移行を求めている。このままウクライナが料金滞納を続ければ、同国向けガス供給を停止する可能性があると警告している。

4月10―11日に開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議では、ウクライナ支援で各国の協調を確認した。国際通貨基金(IMF)との間で融資枠設定での基本合意に達したことで、ウクライナの債務不履行(デフォルト)危機はひとまず回避される見込みとなった。だが、金融支援と引き換えにウクライナ政府は、国内燃料費を低く抑えるために導入していたガス補助金の撤廃を約束した。度重なるガス料金の引き上げと同補助金の廃止で国民の不満が高まり、政権の求心力低下を引き起こす可能性がある。

万が一、ガス供給を停止されたウクライナが同国を横断するパイプラインを経由する欧州向けガスの「抜き取り」を行えば、欧州向けの天然ガス供給が滞る恐れもある。

実はウクライナは過去にも度々、料金を滞納しては供給を停止され、欧州向けガスの抜き取り行為を繰り返してきた。もしもウクライナの抜き取りで欧州向けガス供給が細る事態となれば、ウクライナ政府と欧州諸国との関係にヒビが入るリスクもある。IMFや欧米諸国によるウクライナ支援が暗礁に乗り上げればロシアにとって好都合で、ウクライナ政府はロシアに支援を求める以外に道がなくなる。

<軽視できないアベノミクスへの影響>

このようにウクライナ情勢をめぐっては、5月25日の大統領選挙に向けて、ロシアとのつばぜり合いがしばらく続くことになりそうだ。市場参加者の間では「管理された危機」との見方が支配的だとはいっても、東部で政府の治安部隊と親ロシア派勢力との衝突で死傷者が出るなど、事態は引き続き流動的だ。

万が一の事態となれば、地政学リスクの高まりや国際商品市況の高騰を通じて世界的に影響が大きく、市場参加者は身構えざるを得ない。米国株の調整地合い、新興国不安、中国の景気減速やシャドーバンキング問題をめぐる不透明感、欧州のデフレ懸念、さらには「五月病(Sell in May)」の季節が近づいてきていることも相場の重しとなりそうだ。

具体的な市場の反応は、不安再燃のトリガーが何になるかによって異なる。ウクライナ東南部で親ロシア派住民と親欧州派住民との対立が先鋭化し、軍事衝突や内戦への懸念が高まる局面では、地政学リスクが意識され、世界的な株安と新興国通貨売りが再燃しよう。

その場合、日本にとっては、アベノミクスを支えてきた「円安、株高、消費増」の好循環シナリオが断ち切られる恐れが出てくる。消費増税後の景気の冷え込みと重なるタイミングの悪さも気がかりだ。

ロシアがウクライナへの介入姿勢を強め、追加経済制裁への懸念が高まる局面では、商品市況の高騰を通じた世界経済への悪影響が懸念される。ロシアは原油と天然ガスの生産量が世界第1位のほか、プラチナ、ダイヤモンド、ニッケル、パナジウムなどで軒並み世界生産の10%以上のシェアを占める資源大国だ。

また、小麦や大麦などの穀物類、丸太や製材などの木材分野でも、世界有数の輸出国である。万が一、欧米諸国が全面的な禁輸措置に踏み切れば、商品市況全般に上昇圧力が及ぶ恐れがある。

日本にとっては、ロシア向けの輸出シェアが大きい自動車や建機類といった一部産業への影響が出るほか、ロシア産原油や液化天然ガス(LNG)の輸入が停止され、燃料の代替調達先の確保が急務となる。原料輸入コストの増加で、企業や家計負担が増し、貿易赤字の拡大要因にもなる。

世界景気回復の足取りは鈍く、各国が脆弱性や不安要素を抱えている。ウクライナ情勢をめぐる不透明感が続き、市場の調整局面が長引けば、全面的な軍事衝突や経済制裁合戦などの有事に発展しない場合にも、無視できない影響が広がる恐れが出てくる。ウクライナ危機はまだ終わっていない。

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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