April 16, 2014 / 2:42 AM / 4 years ago

コラム:新たな「東西冷戦」が招くユーロ安・円高=斉藤洋二氏

ソチ五輪閉幕を待っていたかのように2月末、ウクライナ危機が発生した。ベルリンの壁そしてソ連の崩壊以来、20年以上にわたり死語となっていた「東西冷戦」の記憶が蘇り、金融資本市場はリスクオフとリスクオンの狭間を揺れている。

ウクライナ発の地政学リスクの高まりは、ロシアと地理的に近く、また経済的に相互依存関係にある欧州に多大な影響を与える。ついてはウクライナ情勢の背景と今後の展開を探りつつ、2012年7月以降堅調に推移してきたユーロを中心に為替市場への影響を考えてみたい。

<対立軸は理念よりエネルギー>

東西冷戦が終結して四半世紀、新自由主義の下、米国は「グレート・モデレーション(大いなる安定)」の時代を迎え、金融資本市場は飛躍的に成長した。また、欧州でも北大西洋条約機構(NATO)そして欧州連合(EU)が軍事・経済両面で東方へ拡大し、加盟国はそれぞれ28カ国に増加するなど平和の配当を十分に享受してきた。

一方、東欧圏さらにはバルト三国が西側に取り込まれ、版図が縮小していく圧迫感から、ロシアでは「強いロシア」を熱望する国民意識が醸成され、プーチン大統領を後押ししている。黒海艦隊の拠点である不凍港セバストポリが位置し、ロシアの核心的利益であるクリミア半島を有するウクライナで、ロシア対欧米の構図に至ったのは必然だったとも言えよう。

目下、対ロ経済制裁をめぐり足並みの乱れる欧米各国と、「強いロシア」を掲げるプーチン大統領の国益についての思惑は錯綜している。ウクライナ危機が国家の領土的な野心の実現が可能であることを証明する結果となれば、「第2次東西冷戦」は俄然現実化する。

すでに金融問題や環境問題など国境を超える問題を、米国と当事国だけで解決する困難が明らかとなった現在、米国一極体制は終焉し、米欧中による多極化や無極化へ移行したとする認識が強まっている。3月下旬、国連総会はロシアが編入の根拠としているクリミアの住民投票を「無効」とする決議案を賛成多数で採択したが、その決議に際して欧米など先進国が賛成する一方で、中国、インド、ブラジルなどの主要新興国が棄権したことは、この時代の流れを象徴していると言えよう。

現在、国際通貨基金(IMF)加盟188カ国のうちIMF定義による新興国・途上国は153カ国を数え、その国内総生産(GDP)の合計は先進諸国を抜き世界経済の過半を占めている。今後も経済成長を背景に新興国のプレゼンスが一層高まるにつれ、政治的にも強権国家であるロシア・中国および経済的につながりの強い新興国家群と、民主主義を旗印にする欧米諸国群との対立の構図が鮮明化していく可能性は高い。

そして、「第2次東西冷戦」はかつてのイデオロギーではなく、経済力、とりわけエネルギーを基準とするものになるのではないだろうか。

<主役はオバマ米大統領よりメルケル独首相>

ウクライナにおいてクリミアを編入し、さらに東部騒乱の背景にいると見られるロシア。この広大な領土を有する大資源国家は、歳入の約5割を世界1位の生産量を誇る石油と天然ガス関連の収入で賄っている。ニッケル・プラチナ・ダイヤモンドといったその他の鉱物資源でも軒並み世界生産の大きなシェアを占め、また小麦など穀物の供給国でもあり、万が一、ウクライナ情勢の緊迫化を受けて、欧米が禁輸措置を講じるような事態に発展すれば、国際商品市況に広範な上昇圧力が及ぶことになろう。

いわずもがな、ロシアにとって最大の貿易パートナーはEUだ。そのシェアは輸出で約5割、輸入で約4割を占める。輸入相手国の首位はドイツから中国に移ったが、今も欧州から自動車や機械などの工業製品を大量に購入している。

他方、欧州における天然ガスのロシア依存度は30%に上り、ウクライナのパイプライン経由での輸送は6割に達する。1973年のパイプライン開通以来40年以上にわたるエネルギー協力関係を通じて、ロシアと欧州は大きな利益を共有してきた。このように現代国家の生命線とも言うべきエネルギーをめぐり、両者の相互依存関係は極めて強く、政治的対立があっても経済的にその関係を簡単に断ち切ることは難しい。片方が破綻すれば他方も同様の運命をたどる共同体の様相を呈している。

特に脱原発を掲げ天然ガスへの依存度を高めてきたドイツでは、ロシアとの関係を戦略的パートナーシップとする考え方が支配的だ。かつて東西ドイツ統一に関する同意をゴルバチョフ大統領(当時)から取り付けたが、それ以降、旧ソ連諸国へ積極的な経済支援を行い、またロシアをG7に招き入れ、G8を形成する提案を行ったことにも独ロ関係の深さを見て取れる。

また、金融面においても、ロシア企業の欧州系金融機関への依存度は高く、欧州からロシアへの資金流入が続く一方、違法資金も混じるロシアマネーは、ロンドンとキプロスの金融センターそして不動産市場に流れ込んでいる。

今後、ウクライナ情勢が膠着(こうちゃく)化すれば、同国の金融危機懸念の増大にとどまらず、外資流出に伴うルーブル安や株価下落、そして現状1%台にまで落ち込んでいる経済成長率のさらなる鈍化などを通じて、ロシアの金融情勢の不安定化も懸念される。

それは同時に欧州の景気、金融機関のエクスポージャーの毀損(きそん)など通貨ユーロを取り巻く環境の悪化、つまりユーロの下落へとつながるだろう。

これまで述べてきたように独ロの緊密な関係を踏まえれば、現在世界の主要国トップの中で最も強いリーダーシップを有すると評されるプーチン大統領に対して影響力を行使できるのは、オバマ米大統領ではなく東ドイツ出身であるメルケル独首相となりそうだ。

<ユーロ円の上昇相場は最終局面>

19世紀にインド洋を目指し南下政策を進める帝政ロシアとインドでの権益を守ろうとする英国の情報戦に始まった衝突はチェスに例えられ、「グレート・ゲーム」と呼ばれた。その後、場面はアフガニスタンから西は黒海、東はベトナムなどへと転じ、また相手役も英国から米国などへと変わりつつも、ロシア対欧米のグレート・ゲームは続いてきた。

このゲームには日本も日露戦争において登場したが、ロシアとの領土問題は200年を超えて続いている。ただ、日本にとって今回の震源地であるウクライナは地理的にはるかに遠く、さらに日ロ関係には雪解けムードが高まっている。そして、エネルギー分野についても、サハリン産ガスの輸入が増えているとはいえ、ロシア依存度は欧州に比べれば低水準である。

これらの事実は、ウクライナ情勢が緊迫化した場合は日本を再評価させることとなり、マネーを逃避させる先として円が選好される根拠となるだろう。

このような環境でユーロ円の長期チャートを眺めれば、08年7月の高値169.98円から12年7月に安値94.09円へと下落したが、その後反転し、一時145.67円を付ける場面はあったものの、現状140.99円の節目を中心に横ばいで推移している。

この水準は高値から安値に至る下げ幅の61.8%戻しにあたる。つまり、「黄金比」と言われ、古代ギリシャ時代から最も均整のとれた究極の美を示すところであり、中世イタリアの数学者フィボナッチの数列に基づいたチャート分析手法のフィボナッチ・リトレースメントにおいて極めて重要な節目である。したがって、過去数カ月の相場は上下動を繰り返しつつもこの水準に収れんしてきたが、やがて抵抗線としてユーロ円相場の天井を形成していく可能性が高い。

上述のテクニカル分析に頼るまでもなく、地政学リスクに加えてディスインフレの深刻化に直面するユーロと、アベノミクスへの期待感が剥落し株高・円安のモメンタムを失いつつある円を比較すれば、ユーロ円の長期上昇相場も最終局面にあると考えるのが妥当ではないだろうか。

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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