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コラム:新興国襲ったドルキャリー巻き戻しの残存リスク=竹中正治氏
2013年7月30日 / 02:37 / 4年後

コラム:新興国襲ったドルキャリー巻き戻しの残存リスク=竹中正治氏

今年5月以降、それまで新興国に流入していたマネーフローが流出に転じ、これら諸国の株価も為替相場も下落に転じた。このことが世界経済の不安定化要因のひとつとして懸念されている。しかも、米連邦準備理事会(FRB)の量的金融緩和(QE)縮小見通しの表明がその原因になったという論評が多い。しかし、そうした理解は私には「原因」と「きっかけ」を混同しているように思える。

たとえば、本フォーラムでも散見される一般的解説に、5月のバーナンキFRB議長によるQE縮小見通し表明が相場調整の引き金を引き、一部新興国の株価と通貨下落をもたらしたというものがある。そして、その結果として、新興国のインフレと景気減速、金融市場の不安定化を招き、それが世界経済に波及することが想定される最悪の事態だという。

ただし事実関係を見ると、新興国への資金流入の減少、あるいは資金流出の傾向は、FRBがQE縮小の可能性を表明する以前の今年2月頃から始まっている。たとえば、日本経済新聞は4月8日の記事で新興国の株価低迷と日米など先進国の株価上昇の対照的な動きを指摘し、次のように述べている。「世界の投資信託の資金の流れを追う調査会社EPFRグローバルによると、2月下旬以降、先進国の株式に投資するファンドへ資金流入が増える一方、新興国株ファンドから資金が流出している」。

また、国際通貨基金(IMF)の「国際金融安定性報告書(2013年4月)」によると、新興国への海外からの資金流入(直近1年間の累積ベース)は、リーマンショック後の09年後半から急激に回復し増加したが、11年前期に流入諸国の国内総生産(GDP)比率5%弱でピークを打ち、12年には同2―3%の水準まで減少していた。

そこで新興国の代表的な株価指数であるMSCIエマージング指数(中国、ブラジル、インド、ロシア、韓国、台湾の株式比率が高い)と各国の景気動向を示す経済協力開発機構(OECD)のコンポジット・リーディング・インディケーター(以下、OECD景気動向指数)を使って、これら諸国の株価と景気動向の関係を見てみよう。

掲載図ではブラジル、中国、インド、ロシア、南アフリカのOECD景気動向指数の平均値を計算し、その前年同月比の変化を横軸にした。縦軸はMSCIエマージング指数の前年同月比である(期間は11年1月―13年6月)。

<新興国の株価指数は2011年にすでに下方シフト>

図を見れば、MSCIエマージング指数とOECD景気動向指数の変化に明瞭な相関関係があることがわかるだろう。

絶対値で0―1までの値をとる両者の相関係数は0.774で1に近い。決定係数は0.6であり、これはOECD景気動向指数の変化で株価指数の変化の60%が説明できることを意味する。対象期間をリーマンショック前の08年1月から13年6月までに拡大して計算すると、相関係数はさらに高くなり0.891、決定係数は0.793となる。

補足すれば、OECD景気動向指数は国によってある程度内訳が異なるが、景気動向に敏感な数種類から10前後の経済統計データの合成でできている。データには当該国の代表的な株価指数も含まれるので、株価指数自体とある程度の相関が生じるのは当然だが、ここで計測された相関度はそれよりずっと高い。また、図では6月のOECD景気動向指数は未公表なので、5月と同じ値を暫定使用した。

図を見てわかる通り、11年5月(緑のスポット)以降、OECD景気動向指数は中心軸の左側に移動し、対前年比較で景気が弱くなっていることを示している(後述するが興味深いことにロイター・ジェフリーズCRB商品指数が示す国際商品市況もほぼ同じ時期に上昇から下落トレンドに転じている)。

それに応じて、株価指数は下方向にシフトし、11年9月(黄色のスポット)には前年同期比でマイナスとなった。つまり、新興国の株価下落はこれら諸国の景気動向を反映したもので、今年5月のバーナンキ議長によるQE縮小の示唆発言よりずっと前に始まっていた変化だといえよう。

<新興国から流出している資金の正体>

では、どのような資金が新興国から流出しているのだろうか。米国の対外・対内資金フローを示す統計として同国財務省が毎月公表している「国際資本統計(TIC、Treasury International Capital)」を見てみよう。

新興国からの資金流出が在米投資家の対外証券投資の引き揚げとして生じているならば、米国の対外証券投資の本国還流としてこのデータに表れるはずである。ところが、債券も株式投資も、米国からのアウトフローは今年1月から5月まで旺盛な対外投資が継続している。とりわけ対外株式投資は昨年の月間平均46億ドル(約4600億円)に対して今年1―5月は月間平均195億ドル(約2兆円弱)に跳ね上がっている。

さらに、今年3―5月について米国の対外投資フローの国別の内訳を見ると、日本と欧州向けの証券投資フローは大きく増加する一方で、より小さな規模ではあるが、対中国(含む香港)、対シンガポール、対ケイマン諸島向けのフローは米国への還流(引き揚げ)超過となっている。

いうまでもなくケイマン諸島はタックス・ヘイブンとしてヘッジファンドなどが多数登記されており、登記上は米国と海外のマネーフローを仲介する地域となっている。米国の対外証券投資は昨年より増加しているが、内訳として新興国から先進諸国へのシフトが生じているといえよう。

しかし、もっと大きな変化を示している項目がある。証券投資以外の資金フロー、具体的には在米銀行のドル建て負債勘定が米国への資金還流方向に大きく動いていることだ。この項目での米国への資金還流額は4月999億ドル(約10兆円)、5月1380億ドル(約14兆円)と巨額なものとなっており、既述の証券投資フローより桁がひとつ大きい。

この還流規模はリーマンショック直後の08年10月に次ぐものだ。この項目は在米銀行の対外的な負債勘定であり、その資金還流とは在米銀行の一種の対外的なデレバレッジが起こっていることになる。

<ドル売りキャリートレードの手仕舞い>

これは何を意味するのか。ここからはある程度推測である。07年前半まで円のゼロ金利下で円売りキャリートレードの残高が世界的に膨張したように、ドルのゼロ金利下で「ドル売りキャリートレード」の残高がリーマンショック後の世界経済の回復過程で積み上がったのだろう。

ドル売りキャリートレードの投資主体には2つある。第1は米国外のタックス・ヘイブンなどに登記されていることの多いヘッジファンドなど金融レバレッジを常用する投資ファンドである。第2は新興国内の各種法人である。

ここでいう「ドル売りキャリートレード」とはドル借入を負債サイドに置くもので、資産サイドには新興国の株式、債券、不動産、さらに金(ゴールド)や銅をはじめとする様々な資源系国際商品が載っている。ドル相場が上昇(現地通貨が下落)すると為替損が生じるリスクがあるが、負債(ドル借入)と資産(現地通貨建て資産や資源系国際商品)の期待リターン格差が拡大したことが、強い誘因となってドル売りキャリートレードが拡大した。その過程で、新興国では自国通貨相場の上昇、株価や不動産価格の上昇、ならびに国際商品価格の上昇などが起こった。

しかし、中国をはじめ新興国の景気動向に陰りが濃くなると、キャリートレードの投資リターンは次第に悪化した。OECD景気動向指数が11年5月から前年比でマイナスに転じたことはすでに述べた通りだが、ロイター・ジェフリーズCRB商品指数も11年4月をピークに下落トレンドに転じている。資源暴食で走ってきた中国の経済成長に陰りが濃くなるにつれて、資源価格上昇への期待が剥げ落ちたのだろう。

ここで冒頭のような一般的解説に従うならば、今年5月のバーナンキFRB議長によるQE縮小見通しが、すでにドル売りキャリートレードの縮小、撤退のタイミングを模索していた投資家を手仕舞いへと駆り立て、新興国の株価と通貨相場の同時下落の動きが強まったということになる。

しかし、5月のバーナンキ議長のコメントに反応して上昇したのはドルの長期金利である。短期金利はゼロ近傍のままだし、それが引き上げられるのはどんなに早くても14年半ば以降だと見込まれている。ドル売りキャリートレードの負債サイドは通常は短期のドル借入であるから、まだ慌てなくても良いはずではないか。

投資市場とは欲望と恐怖のゲームの場である。次第に陰りが濃くなる新興国の景気や国際商品市況の低下に不安を感じながら、ドル売りキャリートレードの手仕舞いのタイミングに気をもんでいた投資家達は、今年5月に雪崩を起こすように手仕舞いに殺到した。そのきっかけは、ある意味では何でも良かったのだ。

大手ヘッジファンドが中国のシャドーバンキングに絡む投資で巨額の損失を出して行き詰ったという観測情報も、投資残高の手仕舞いに拍車をかけたのだろう。また、「FRBのQE縮小が投機マネーの縮小を招き、資産価格の下落につながる」という直観的な連想と恐怖に突き動かされた者もいただろう。

ここで想起して頂きたいのは97―98年に勃発したアジア通貨危機だ。90年代に好景気が持続して金利が高騰していたタイバーツなどアセアン諸国の現地通貨に対して莫大に積み上がった「ドル売りキャリートレード(ドル売り・現地通貨買い)」の残高が、ヘッジファンドの現地通貨売りアタックを契機に急激に取り崩された。その結果、現地通貨相場の下落と為替損の発生のスパイラルが生じ、通貨・金融危機となった。そして、巨額損失の恐怖に怯えた投資家や金融機関が一斉にデレバレッジ(金融レバレッジの縮小)に走り、危機は世界に伝染した。

<アジア通貨危機の再来リスクは低い>

現状で同様のリスク状況がどこまで広がっているのかは、7月19―20日の主要20カ国・地域(G20)会合でも当然議論になったはずだ。もっとも、FRBは自国の金融政策の舵取りが国外事情によって縛られるのを嫌ったので、妥協の結果、G20の共同声明では次のような玉虫色の文章になった。

「金融政策は、中央銀行の各々のマンデートに従って、国内の物価安定に向けられるとともに、経済の回復を引き続き支援すべきである(中略)我々は、長期間の金融緩和から生じるリスクと意図せざる負の副作用に留意する。金融政策のあり方の将来的な変更については引き続き注意深く測定され、明確なコミュニケーションが行われるであろう」(日本の財務省のウェブサイトより引用)。

問題は、ドル売りキャリートレードの残高は一部が手仕舞われたとはいえ、どの程度残っているかだ。この点については直接的に知り得る統計データはなく、その点ではG20会合に参加した各国財務相・中央銀行総裁らも様々な金融・統計データから推測しているのが実状だろう。

前掲のIMFレポートでは、07年と12年の主要新興国の一般事業法人(非金融機関)全体の外貨建て負債残高が対GDP比率で上昇した国としてブラジル、メキシコ、チリ、韓国、タイをあげている。また、中国は対外借り入れが厳しく規制されているため同比率は低いものの、一般事業法人の自己資本に対する負債比率自体は、07年に比べて突出して上昇しており、国内の信用膨張が目立っている。

上記リスクが97年のアジア通貨危機のような激発性の危機を起こす危険性はないか。その可能性はもちろんゼロではない。しかし、楽観的な見通しを可能にする変化もある。

たとえば、アジア通貨危機の教訓としてアジア諸国を中心に短期の外貨負債の増加に対して各国は国内の規制や予防策を強化している。また、危機予防要因としての外貨準備残高は途上国を中心に激増し、95年の1.4兆ドルから11兆ドル(13年3月末時点)に増えている。そう考えると損失を抱えて行き詰まるヘッジファンドなどは今度も増えるかもしれないが、激発性の国際金融危機に転じる可能性は低いのではなかろうか。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。新著に「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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