September 25, 2013 / 6:53 AM / 6 years ago

コラム:米QE維持の背後に潜む「政治的事情」=上野泰也氏

市場にとって大きなサプライズとなった米量的緩和(QE)縮小の見送り。18日のニューヨークダウ工業株30種平均やS&P500種は史上最高値を更新し、米10年債利回りは急低下した。

為替市場ではユーロ買いドル売りが加速し、ドル円相場は一時97.76円まで円高ドル安に動いた。だが、時間の経過とともに、パニック的な動きは終息してきた。

筆者も同日(日本時間19日)は午前2時半に起床して午前3時に発表された米連邦公開市場委員会(FOMC)の決定内容を自宅と会社でフォローしたが、ポイントは主に以下の3点となる。

1)FOMCは今回、10月にヤマ場を迎える連邦政府債務上限引き上げ問題の決着点がまだ見えていないことを含む、財政緊縮による景気への悪影響や、大幅な住宅ローン金利の上昇が住宅市場にこのところ及ぼしている悪影響などを勘案しつつ、「石橋を叩いても、とりあえず渡るのをやめておく」かのような「安全策」を取ったということ。

2)しかし今回の決定は、FOMC声明文の記述内容からも明らかな通り、決してQE縮小の「白紙撤回」ではなく、「先送り」にすぎないということ。米国の金融政策の方向感は従来と同じである。したがって、決定内容が発表された後の各市場のオーバーシュート(特に米長期金利の過度の低下やドルの過度の下落)には要注意。ドル円の97円台ではドルの押し目買いを検討してもよいし、米10年債は2.7%未満での購入は見送りが望ましい。

3)経済指標(特に雇用統計)がFOMCも市場も納得するほどの強い内容になること、および連邦政府債務上限引き上げなど財政問題の解決が大前提になるが、次回10月またはその次の12月FOMCでQE縮小が決まる可能性が十分にあるということ。

5月下旬から入念に市場に織り込ませてきた「QE縮小の9月開始」というシナリオを、まるではしごを外すかのように見送った理由について、FOMC後の記者会見におけるバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長の説明内容は、どうにも歯切れが悪かった。市場からは「対話の失敗」あるいは「市場の不安定化を自ら招来した」といった声も出ている。

だが、批判を覚悟でそうした決定を下したからには、口にはっきり出せないことも含めた、それ相応の「本当の理由」があるはずである。そして、20年を超える筆者の中央銀行ウォッチの経験を踏まえて言うと、中央銀行当局者の発言がクリアカットでない場合、政治関連の問題が裏にある場合が少なくない。

<視界不良の米財政問題が影響か>

今回のFOMCの票決は、最終的に賛成9・反対1となった。だが、そこに至るまでの議論の過程で、投票権を有しない参加者も含めた意見の分布はほぼ真っ二つになったのではないかと推測される。すなわち、QE縮小はこれまで市場に織り込ませてきた通り9月に淡々と開始すべきだという主張と、足元で雇用者数の伸びが減速しているうえに、議会における財政問題(暫定予算・連邦政府債務上限引き上げ)の決着点が示されていないのだから、縮小開始を1―2カ月先送りして様子を見るべきだという主張の2つである。

共和党が多数派である米下院は20日、政府機関の予算を10月1日から12月15日まで手当てする一方、医療保険制度改革法(通称「オバマケア」)への予算打ち切りを盛り込んだ法案を可決した。法案は民主党が過半数を握る上院に送られるが、リード民主党上院院内総務は「オバマケア」の資金凍結や実施延期を盛り込んだ法案を支持する考えはないと明言しており、それに関連する文言を削除した修正案を下院に送る見通しである。

ここで大きな問題になるのは、茶会党のような保守派の影響力を無視できない下院の共和党では、ベイナー議長ら指導部によるグリップの強さと今後の運営方針が明確ではないことである。一部の共和党幹部は、指導部が党内保守派の説得に手間取っており、明確な戦略がないようだと明かしているという。

財政問題の決着が、たとえば歳出削減の追加など、米景気に対する逆風の強まりにつながる場合、あるいは暫定予算が成立しないまま10月初旬の政府機関閉鎖という事態に陥る場合には、ポリシーミックスとして、FRBによるQE縮小が望ましくないことは言うまでもない。

こうした見方をある程度裏付けるのが、歯に衣着せぬ発言が多いセントルイス連銀のブラード総裁のコメントである。同総裁は20日、米メディアとのインタビューで、「(QE縮小)決定はボーダーライン上にあった」が、「FOMCは静観しようという判断に落ち着いた」とした。そのうえで、経済指標で一段と強い景気動向が示された場合、次回10月のFOMCで小規模な緩和縮小に踏み切ることもあり得るとも述べている。

また、FRB指導部を構成する主要メンバーの一人であるダドリー・ニューヨーク連銀総裁は23日の講演で、債務上限引き上げに関する協議など財政をめぐる問題が差し迫った最大の不透明要素だと指摘したうえで、年内にQE縮小を開始するというバーナンキ議長が6月に示した枠組みに変更はないと述べた。

バーナンキ議長はFOMC後の記者会見で、財政問題の行方が米景気動向にとって大きなリスクであるという認識に言及していた。「政府機関の閉鎖、あるいは債務上限の引き上げができないという事態になれば、金融市場や経済に非常に深刻な結果をもたらし得る。FRBは、経済が軌道に乗り続けているために、できることはなんでもするという方針だ。そうした事態が経済減速につながるのなら、考慮しなければならない。したがって、われわれが政策について考える際、着目するリスクの一つだ」という部分である。

<円安ドル高再開には「きっかけ」が必要>

もう一つ、FOMCの今回および今後の決定内容以上に市場が重視すべきは、バーナンキ議長の後継者候補リストから、ややタカ派的とみられているサマーズ元財務長官の名前が消えて、バーナンキ氏以上にハト派寄りと目されるイエレン副議長の議長昇格がほぼ確実になったという点である。イエレン副議長は10月1日にニューヨークで行う予定だった講演を延期した。オバマ大統領による次期FRB議長候補への指名が近いという観測を強める話である。

今回のFOMCでQE縮小への着手が見送られたことから、米金融政策の正常化に向けたスケジュール感は、これまでの想定よりも若干後ずれすることにならざるを得ない。さらに、「早すぎる金融引き締めのリスクは遅すぎる金融引き締めのリスクよりも大きい」とみているイエレン氏が次のFRB議長になる場合、QEの停止は最速でも14年7月、利上げの開始はおそらく15年半ばではなく、15年後半にずれ込むだろう。

ちなみに筆者は、米国経済の今後について、引き続き強気の見方を持っている。07年の住宅バブル崩壊に起因する大きな痛手を克服して「退院」したこの国の経済には、1)「人口増加社会」であること、2)産業・企業の新陳代謝がきわめて活発であること、3)「シェール革命」の恩恵という、3つの強力な武器がある。

ファンダメンタルズの強さに金融緩和の長期化見通しが加わっているわけで、米国株にとってこれ以上の好条件はないと言える。ニューヨークダウは1万6000ドルに到達するだろうというのが、筆者の従来からの予想である。一方、米長期金利やドルについては、「サマーズリスク」が消滅したこともあって、一段と上昇するためのきっかけが当面見出しにくくなった感が強い。

むろん、筆者の相場観の基本線は、これまでと同様、米10年債利回りには米国経済のファンダメンタルズに鑑みて3%台前半への上昇余地があり、ドル円には米住宅バブル崩壊以降の「リスクオフ」局面で累積した逃避的な円買いの巻き戻しから、今後1―2年以内に110-112円程度までの円安ドル高の進行余地があるというものである。だが、ドル金利の先高観が再び強まり、円安ドル高が一段と進行するためには、米雇用統計で非農業部門雇用者数が市場予想比で大幅に上振れるというような経済指標面でのサプライズが必要だと考えられる。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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