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ブログ:漫画「COPPELION」の怖いリアル感

写真は昨年1月、福島第1原発から20キロ圏内にある、人の姿が消えた商店街(2013年 ロイター)

伊賀 大記

「COPPELION(コッペリオン)」という漫画をご存じだろうか。この秋からアニメーションの放送も始まったのでご覧になった方もいると思う。2011年3月の東日本大震災でアニメ化が延期されたという、ちょっといわくつきの作品だ。

なぜなら、作品の舞台は原発事故が起きて死の街になった東京。いろいろ問題があるのだろう。ようやく放送されたアニメでは、原作にある「放射能」とか「原発」といった言葉は一切出てこない。

作品が始まったのは2008年。福島第一原発の事故をまるで予言したかのような内容が話題となった。企業や科学者の「絶対に安全だから」との言葉を信じて作った東京お台場の原子力発電所。しかしながら、現実のように万が一のことが起きてしまう。

主人公たちは、遺伝子操作で放射線への抗体を持たせることで、汚染地域でも防護服なしに生身で活動できるようになった通称コッペリオン(人形の意の造語)と呼ばれる女子高生だ。その辺が漫画であり、フィクションなのだが、遺伝子操作でもしなければ生きていけない放射線まみれの街を舞台にしたことで、現実感のある原発事故の恐ろしさが作品にはにじみ出ている。

事故から20年経っても放射線がいまだ薄れない壊れかけの東京にいるのは、分厚い防護服を身にまとった人たちと、放射線への耐性を身に着けた逞しい昆虫や動物だけだ。どの国も手におえない高レベル放射性廃棄物が、ステルス機でこっそりと「ゴミ捨て場」東京に運びこまれる。それでも「故郷」から離れられない人々を主人公たちは救い出そうとする。

電気は欲しい。CO2も増やしたくない。現代でエネルギーは安全保障であり、生活そのものだ。しかし、人間のすることだから、万が一のことがこれからも起きるに違いない。チェルノブイリや福島のような街は、これからも増えるのだろう。それでも原子力というエネルギーを求めるのか。いまだ答えは出ていない。

作品の主人公の名前は荊(いばら)という。

(東京 21日 ロイター)

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