April 4, 2014 / 7:48 AM / 5 years ago

コラム:英国に学ぶ「成熟した債権国」への道=山口曜一郎氏

黒田日銀の異次元緩和から4日でちょうど1年となった。この間、円安・株高の進行、緩やかな物価上昇に加えて、衆目を集めたのが貿易収支の赤字拡大を主因とする経常収支の悪化である。

しかし、日本の経常収支が悪化に転じたのは、実はもう何年も前のことである。黒字額は2007年の24.9兆円から13年には3.3兆円まで縮小。さらに14年に入って発表された1月の数字は1.6兆円の赤字となった(現在の算出基準が適用された1985年以来で最大の赤字)。

こうした中、日本は経常赤字国に陥るのではないかとの懸念が高まりつつあり、現在、貿易赤字を中心に様々な分析が行われているが、貿易収支以外の項目にも着目する必要があろう。筆者は英国の歴史が参考になると見ており、ここで19世紀以降の同国の経常収支動向をひも解いてみたい。

<戦前英国と現代日本の共通点>

フランスの経済学者ミシェル・ボー氏によれば、英国の経常黒字は1816―20年の年間700万ポンドから1911―13年には同2億600万ポンドまで拡大した。

こう聞くと、産業革命によって大量生産が可能になった工業品の輸出で黒字を計上していたと思われるかもしれないが、実はそうではなく、貿易収支はずっと赤字続きだった。しかし、それを上回る海運収入、海外投資からの利益・金利・配当収入、保険・仲介手数料などの貿易外収支が巨額の黒字を生み出し、経常収支を黒字化させていた。当時、全世界に市場を持っていた英国が、財の貿易に伴う海運サービスをしっかりと押さえ、海外投資で収益を上げる体制を作っていたことは、仕組みづくりの巧みさを示している。

だが、第一次世界大戦後の1920年代から経常黒字は縮小に転じた。主な理由としては、1)当時は新興国だったドイツ、米国が積極的な工業化を推進し、保護貿易主義をとって自国産業を守り、国内重点投資で力を付けたこと、2)大戦後、英国がポンドを旧平価で金本位制に戻したことで通貨が過大評価され貿易収支が悪化したこと、3)1929年の米国の大恐慌が世界中に広がり、貿易収支が一段と悪化、貿易外黒字が大幅縮小したこと、が挙げられる。

英国は1931年に再び金本位制を離脱し、ポンド通貨圏の創設に注力したものの、産業の競争力を回復させることはできず、その後、経常赤字体質に陥る。ただし、それでも、海外投資で得られる所得収支は好調を維持し、サービス収支は黒字基調を保った。そして、この流れは英国が大英帝国時代に培ったヒト・モノ・カネのネットワークと海外投資のノウハウを生かして金融業に新たな活路を見出した後も続き、サービス収支、所得収支で黒字を計上する体制を確立した。

この変遷からはいくつも学ぶべき点がある。当時見られたドイツ・米国といった新興国の台頭、ポンド高、世界恐慌などは、数年前に日本が経験した、中国など新興国の台頭、円高、リーマンショックに通じるものがある。また、ポンド通貨圏などの延命策が産業の競争力回復につながらなかったことは日本にとっての教訓となる。

一方、英国が歴史的な財産をフル活用してサービス収支や投資収支の黒字を積み上げたことは、日本のモノづくりのノウハウ、企業の海外進出意欲、多額の対外資産、をどう活用するかの示唆を与えてくれる。そこで次に、日本の国際収支の構造はどう変化しているのか、どの方向に向かっていくのか、ということを考えてみる。

<経常黒字体質の持続は可能か>

国際収支には発展段階説という考え方がある。これは、ある国の経済が発展するのに伴って、貿易・サービス収支、所得収支、金融収支、対外純資産残高の赤字、黒字が変化し、国際収支の構造が、1)未成熟な債務国、2)成熟した債務国、3)債務返済国、4)未成熟な債権国、5)成熟した債権国、6)債権取り崩し国、の6段階に変化していくという説だ。

これに従うと、日本は貿易・サービス収支、所得収支、対外純資産残高が黒字で金融収支が赤字という第四段階から、貿易・サービス収支が赤字で所得収支が黒字という第五段階に移行していることになる。これは貿易取引のフローで黒字を計上する構造から対外資産というストックから生み出される投資収益で黒字を計上するという構造へのシフトを指し示す。

過去10年間の貿易収支と所得収支の推移を見ると、従来は貿易収支が経常黒字の牽引役となっていたが、05年には所得収支が11.9兆円の黒字、貿易黒字が11.8兆円と立場が逆転し、11年からは震災・原発問題という特殊要因があるにせよ、貿易赤字の拡大が続き、所得収支の黒字がそれを埋め合わせる形となっている。

日本の12年末時点の対外純資産残高は296兆円と2位中国の150兆円を大きく凌駕しており、発展段階説に基づけば第五段階への移行はある程度自然な流れだ。そう考えると、今後所得収支がどうなりそうか、どうなっていくべきか、第五段階を維持することは可能か、という点が注目されることになる。

そこで、所得収支を証券投資と直接投資に分け、さらに受取と支払に分けると、いくつもの興味深い動きが見られる。まず、証券投資収益を分解すると、受取サイドの収益率は4%と必ずしも高くないが、支払サイドが1.5%と低く、かつ証券投資の純資産額が増加していることから、ネット収益が底堅い動きとなっている。今はこれでいいが、将来的には日本の金利が上昇することで支払負担が増える可能性があるため、投資対象の選別によって受取サイドの収益率を上げることが先行きの課題となるだろう。

次に、直接投資収益の推移を分解すると、今度は支払サイドの収益率が受取サイドの収益率を小幅ながら上回っている。13年の対外資産残高117.6兆円に対して、対外負債残高は18.0兆円と差が大きいことから、ネット収益は5.3兆円の大幅プラスとなっているが、受取サイドの収益率、つまり対外直接投資のリターンは、支払サイドの収益率、つまり海外からの対内直接投資のリターンと比べても、また米英の対外直接投資のリターンと比べても低い。今後も企業の海外進出の動きが続くことを考えると、受取サイドの収益率を高めることが重要課題であり、これが高まれば投資収益はさらなる増加が期待できることになる。

企業の海外進出の流れが継続し、海外収益が増加する中、所得収支の黒字は拡大基調を続けると見る。証券投資、直接投資の受取、支払とも収益率不変で、かつ受取・支払収益がそれぞれ資産・負債に上乗せされると仮定すると、14年のネット収益は年間でプラス2.4兆円、5%の円安があればさらにプラス0.7兆円の投資収益の増加が見込める。貿易・サービス収支が現在の水準、あるいは悪化幅が2兆円強にとどまるのであれば、経常黒字体質は持続可能だ。

ただし、これで安心することはできない。中長期的には、直接投資の収益率向上、証券投資から直接投資へのシフトなどによって対外投資の収益増加に尽力することが、この先、成熟した債権国として持続するための重要ポイントの1つになる。

また、英国が自国の特徴を生かしてサービス収支や所得収支の黒字体質を確立したように、日本にはもともとモノづくりや技術力に優位性があるため、過去の経常黒字で積み上がった多額の対外資産を活用すると同時に、産業の競争力回復を目指し、国際収支の発展段階説で言えば第四段階と第五段階を行き来するような形になるのが理想的と考える。

*山口曜一郎氏は、三井住友銀行市場営業統括部副部長兼調査グループ長で、シニアエコノミスト。1992年慶應義塾大学経済学部卒業後、同行入行。法人営業、資本市場業務、為替セールスディーラーを経て、エコノミストとして2001―04年にニューヨーク、04―13年ロンドンに駐在。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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