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アングル:夢が一変、印移民労働者が向き合うコロナ帰国の現実

[イェローア(インド) 31日 トムソン・ロイター財団] - まだ夜明け前だが、イェローア村はとっくに目覚めている。「ガルフ通り」からは生産活動の響きが伝わってくる。この緑豊かな大通りの呼称は、毎年、インド南部に位置するケララ州を離れて湾岸諸国に出稼ぎに行く何千人もの労働者にちなんでいる。

 この1年間、海に面したケララ州には、一時的な規模としては過去50年以上見られなかった数の出稼ぎ労働者が湾岸諸国から帰国してきた。海外で高収入を得て家族の将来を変えたいという夢が、パンデミックによりついえてしまったからだ。写真は2014年6月、ケララ州コチで、モンスーンが近づくなか漁網を準備する人(2021年 ロイター/Sivaram V.)

だが今、労働者たちは村に戻っている。機械オペレーターのサディーシュ・クマールさんは、生計を維持するためにイェロール村での肉体労働を再開せざるをえなかった。銀行業界で働いていたビノジ・クッタパンさんは、州都ティルヴァナンタプラムでドッグブリーダーの仕事を始めた。

<成功者としての祝福も過去に>

この1年間、海に面したケララ州には、一時的な規模としては過去50年以上見られなかった数の出稼ぎ労働者が湾岸諸国から帰国してきた。海外で高収入を得て家族の将来を変えたいという夢が、パンデミックによりついえてしまったからだ。

かつては高価なアクセサリーやサングラス、衣類を身につけ、住宅購入資金を手にし、豊かで尊敬される存在として帰国した出稼ぎ組が、今は無一文で所在なげに戻ってくる。

「コロナ禍以前には、成功者として祝福されていた。だが、今では何も手にしていない」と語るのは、インド最南端のケララ州における移民の動向を研究してきたイルダヤ・ナジャン教授。

ケララ州開発研究センターに所属するラジャン教授は、「彼らが手ぶらで帰国し、借金や資産売却を余儀なくされているのは、今回が初めてだ」と話す。

同州は湾岸諸国に向けて最も多くの労働者を送り出している州の1つで、湾岸諸国で働く600万人のインド人労働者のうち約250万人が同州出身者だ。2018年に在外労働者がインドに送金した額は786億ドル(約8兆7080億円)だが、このうち約19%はケララ州が受け取っている。インドは海外送金の流入額で世界首位だが、その中でもケララ州はトップである。

だが公式データによれば、過去10カ月で110万人以上の労働者がケララ州に戻っている。70%は家事労働、建設業、ウェイター、料理人などの職を失ったことによるものだ。

これによって、労働者とその家族の生活は一変した。インドから湾岸諸国への移民労働に依存しているビジネスも崩壊している。

<「どこで間違ったのか」>

クマールさん(50)は22年間中東地域で働いていた。最後の仕事では、サウジアラビアのジッダ空港の排水処理部門の機械を操作し、ケララ州の平均賃金の3倍を稼いでいた。

2020年3月、クマールさんは故郷に戻った。少しの間だけの帰省にしようと彼は考えていた。だが、新型コロナウイルスの感染を抑え込むため、移動しようにも飛行機はすっかり飛ばなくなってしまった。

2児の父親であるクマールさんは今、人口1万3000人の村で、農作業と石切り場での仕事を掛け持ちしている。

「22年前にここを離れたときには、人生の計画があった。平凡な人間なら誰でも夢見るように、家を買い、子どもに良い教育を与えたいと思っていた」。自宅の外でトムソン・ロイター財団の取材に応じたクマールさんは、額に汗を光らせつつ、疲れ切った様子で語った。

クマールさんは、ガルフ通り沿いに購入した4ベッドルームの自宅のローン返済のために、車と農地を手放さなければならなかった。

現在の収入は1日400ルピー(約600円)。ジェッダでは月2万ルピーの固定給に残業代が追加された。

「肉体労働が嫌だというわけではないが、どうしてここに戻る羽目になったのか。どこで間違えたのか」とクマールさんは言う。

<ショッピングモールから石切り場へ>

30年前の湾岸戦争や2008年のグローバル金融危機のときも多くの労働者がケララ州に戻らざるをえなかったが、今回はその数がはるかに多く、雇用市場はいっそう厳しくなっている。

帰国者に仕事を紹介する全国規模の取り組みは登録者数も3万人を超えて本格化しているが、政府の発表によれば、その約80%はバーレーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、オマーンといった湾岸諸国からの帰国者である。

シャムナ・カーンさん(30)は、右脚がリンパ浮腫のためひどく腫れているが、これまで働く必要に迫られたことはなかった。夫のシャフィールさんがカタールのきらびやかなショッピングモールで働いており、十分な仕送りをしてくれていたからだ。

夫妻は土壁と粘土の家からコンクリートとタイル貼りの家へと引っ越した。バスルームは屋内にあり、脚の悪いシャムナさんのために家事代行も雇った。

だが昨年3月、シャフィールさんが失業して帰国した後、シャムナさんもインドの村落雇用促進制度に登録した。村内での道路建設や農場での井戸・水路の掘削といった作業を、1日300ルピーで最低100日間保証する仕組みだ。

村内のゴム農場で水路の掘削に従事しつつ、シャムナさんは「働いて家計を支えられるのは嬉しいが、私の脚は感染症に弱い」と語る。

石切り場で働く夫のシャフィールさんは生活の不透明な先行きが気がかりだ。ローンの返済はまだ終っていない。シャムナさんの健康状態も不安をぬぐえない。

「この村では他に仕事がない」とシャフィールさんは言う。

<情熱と計画>

国際連合によれば、インドからの移民労働者の90%以上は湾岸諸国と東南アジアで働いており、そのほとんどが非熟練・半熟練労働者である。

彼らに仕事を紹介するのは人材派遣会社・旅行会社で、労働者と雇用主を結びつけ、渡航のためのフライトを予約する。アジモン・マクさん(45)がケララ州の州都ティルヴァナンタプラムで14年にわたって従事してきた多忙なビジネスだ。

「航空券の手配が私の主な仕事だ。情熱を注いでいたし、いつも忙しかった。だがロックダウンが続く間に、すべてが無に帰してしまった」とマクさんは言う。彼は鮮魚店に転職し、最近になってティルヴァナンタプラムに店を開いた。

銀行業界で働いていたビノジ・クッタパンさん(40)も、昨年、金融サービス企業から解雇されてアブダビから帰国した後、新たな道を切り開いた。大の犬好きであるクッタパンさんは、それをブリーダー業に活かすことに決めたのである。

「パンデミックがなければ、この仕事を始めることもなかっただろう」と言いつつ、クッタパンさんは15万ルピーで仕入れた7匹の犬を見せる。

ペット用品ショップやドッグランの経営、空調付き犬小屋の販売といった計画もあり、クッタパンさんとしては湾岸諸国に戻る予定はない。だが他の労働者は、再び戻れる日を心待ちにしている。

クマールさんは、湾岸諸国での仕事を求めて代理店に電話を始めている。

「将来のための蓄えは尽きてしまい、今のところ、今後の見通しは暗い」とクマールさんは言う。「もう高収入を得ようとは思っていない。その日その日を生き延びることだけを考えている」

(Roli Srivastava記者、Rakesh Nair記者、翻訳:エァクレーレン)

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