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コラム:ヘイトスピーチは脳を傷つける
2017年10月14日 / 23:00 / 1ヶ月前

コラム:ヘイトスピーチは脳を傷つける

[10月6日 ロイター] - 米ラスベガスのカントリー音楽フェスティバル会場で銃乱射事件が1日夜に発生してから1時間も経たないうちに、スティーブン・パドック容疑者をリベラル派やイスラム主義者と結びつける自信に満ちた発言が保守派のコメンテーターや活動家から次々に発せられた。

 10月6日、他人が口にする偏見で、苦しまなければならない、そんな状況に異を唱える勢力は増大しており、少なくとも欧州では、国家レベルでの行動が実現しつつある。写真はニューヨークで8月、白人主義に対する抗議デモで「ヘイトではなく愛を」と書かれたメッセージを掲げる女性参加者(2017年 ロイター/Joe Penney)

ラジオのトーク番組で右翼の長老として知られるラッシュ・リンボー氏は、同容疑者のイデオロギーの源泉は過激派組織「イスラム国」だが、リベラル系メディアはそのことを隠ぺいしていると主張。

その理由は「米国の左派にとっては、イスラム主義戦闘員によるテロなどというものは存在しないことになっている」と言う。

社会的保守派の活動家でテレビ宣教師のパット・ロバートソン氏は、今回の事件は、報道メディアとリベラル派の活動家が抱く「大統領に対する根深い軽蔑」に由来していると述べている。

アメリカの文化戦争における反対側では、CBS副社長で弁護士のヘイリー・ゲフトマンゴールド氏は、「カントリーミュージックのファンは往々にして共和党支持の銃所持者だ」という理由で、「(犠牲者には)同情さえできない」というコメントをフェイスブックに投稿。

だが右派の論者と異なり、彼女はこの代償を支払うことになった。弁護士として憧れだったはずのポストから解任されてしまったのだ。

いずれも、数秒とは言わずともせいぜい数分ほどの浅慮で発せられた発言だが、国家としてこれを問題視すべきだろうか。

あっさり「悪趣味」として片付けてしまうのは簡単だ。ただゲフトマンゴールド氏の冷笑的で無慈悲なコメント(後に彼女はこれについて謝罪している)など一部の発言は、近親者の負傷や死亡によるトラウマを乗り越えようとしている人々に、一段と不幸な思いをさせかねない。

米国においては特に、こうした発言に対して政府は関与すべきではないというのが一般的な論調だ。米政府としては、こうした発言が引き起こしかねない怒りや苦悩は、米国憲法修正第1条によってほぼ絶対的に保護される「言論の自由」の下で、耐え忍ぶべきなのである。

だが、一般市民は、こうした言葉の暴力を我慢すべきなのだろうか。これを「治療」することはできないのだろうか。リンボー氏のように意見表明で豊かな暮らしを得ている人も多いというのに、他人が口にする偏見で、苦しまなければならないのだろうか。

こうした状況に異を唱える勢力は増大しており、少なくとも欧州においては、国家レベルでの行動が実現しつつある。

欧州連合(EU)のベラ・ジョウロバ欧州委員(司法担当)は、フェイスブックやツイッターなどの巨大ソーシャルメディアに対し、ヘイトスピーチとフェイク(偽)ニュースを根絶するよう促し、さもなければ事業者の怠慢を処罰する法律が生まれることになると警告した。

これは「言論の自由、危うし」といった警告がふさわしい領域にまで実質的に深く踏み込むような、あまりに十把(じっぱ)ひとからげの発言だ。

フェイクニュースはヘイトスピーチと同列には論じられないが、やはり社会的な対立をあおるために使われる場合がある。イタリア独占禁止法当局トップのジョバンニ・ピトルツェッラ氏は、EUはフェイクニュースを排除する政府任命の期間を創設し、違反メディアに罰金を科すべきだ、と発言している。

だが、人工知能にせよ、人間の判断にせよ、どうやってフェイクニュースと真実のニュースを判別するのか。これは難しい問題だ。なぜなら「真実」であろうと努めているニュースの多くにも誤った情報が含まれているし、多くのフェイクニュースにも真実が含まれており、反証するためには慎重な調査が必要となるからだ。

ドイツで1日、ヘイトスピーチに利用される一部のデジタル・サービスを処罰する新法が発効した。「ネットワーク執行法」(略称:NetsDG)という挑戦的な名称を持つこの法律は、フェイスブックとツイッターに対し、「明らかに違法な」ヘイトスピーチを24時間以内(侮辱的なコンテンツの違法性があまり明確でない場合には1週間以内)に削除することを求めており、これに従わない場合には最大5000万ユーロ(約67億円)の罰金が課される。

懐疑派は、同法について、何がヘイトスピーチに当たるのか厳密さに欠けているのが問題だと主張する。ネットワーク執行法は、「宗教、宗教・思想的団体に対する中傷」を違法とするドイツ刑法の一節を参照しているだけだ。では中傷とは何か。ある人の「意見」が、別の人にとって「耐え難い中傷」となるのは、どのような場合なのだろうか。

「棒や石は骨を折るかもしれないが、言葉は少しも傷つけない」というのは、嘲笑や中傷の犠牲者たちにとって、ある種の慰めだったかもしれないが、現代の精神医学においては、そうではないという。

ノースイースタン大学のリサ・フェルドマン・バレット教授(心理学)は、有害な言論とは何かを慎重に解説しつつ、「気軽な残虐行為を許容することと、自分が強く反対する意見を受け入れることの間には違いがある。前者は市民社会にとって(そして私たちの健康にとって)有害だが、後者は民主主義の生命線だ」と主張する。

「脅迫し、痛めつける」前者の言論は、「私たちの脳細胞という観点からすれば、文字通り、暴力の1つの形態だ」と同教授は言う。

このように考えれば、答えは明らかだ。他人を傷つける言論は、欧州の一部においてすでに行われているように、身体的な暴力と同じ程度に罰せられるべきである。

現在フェイスブック、ツイッター、グーグルは、サイトを一掃し、単に不快なだけでなく、脳に実際のダメージを与える内容の投稿を阻止するよう、国家や社会からの高まる圧力にさらされている。

多くの課題を抱えている英国のメイ首相は、先月の国連演説で、テクノロジー企業は、サイトに投稿されている危険なメッセージと闘うために、さらに踏み込んだ対応を加速するよう求めた。

先週、ロンドンで行われたグーグル社員との非公式な会合で、この問題が取り上げられた際、政府や社会が抱く懸念を同社は認識しており、改革が進行中だとの話を聞いた。

企業にとっては「利益がすべて」であるため「この問題には対応していない」という、反過激主義の英啓発団体「フェイス・マターズ」を率いるフィヤズ・ムガル氏の見解について、筆者がその場で引用すると、決してそのようなことはないと保証された。

巨大コミュニケーション企業においては「言論の自由」の絶対視が当然のデフォルトだったが、それに代わり、因果関係の厳密な検証や、懸念への合理的な対応として何が可能かを、細かく検討するようになったという。

言論の自由とこうした懸念対応という双方の要請をうまく折り合わせることが、民主主義国家にとって、そしてテクノロジー企業にとっても、最大の倫理的、そして実践的な問題として浮上しているのは事実だ。

そして、企業が利益第一主義だというムガール氏の主張がたとえ正しいとしても(そうでない企業がどこにいるだろうか)、改革の要請に応じないことに対して準備されつつある巨額の罰金は、変化に向けた大きなインセンティブになるだろう。

とはいえ、セキュリティ―と言論の自由、利益と法令遵守という複雑な綱渡りの過程で、民主主義諸国が戦後守ってきた言論の自由と報道メディアに対して、大きなダメージが及ぶ危険性がある。

リベラル派は今後、ヘイトスピーチと好戦的なメッセージを危惧する人々、そして、それを阻止する手段について警戒する人々の双方に対処するという難題を抱えることになる。しかも、ややこしいことに、この両者が同じ人々ということもあるのだ。

*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)

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