ロシアのマクロ経済は現在まで力強い発展トレンドにあり、米国発のサブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅ローン)問題で見通しが泥沼的に後退している欧米先進国経済とは対照的である。
しかし、それはロシア経済が先進国経済と非連動(デカップリング)しているためではない。石油の世界価格高騰による輸出収入の増大を背景にした財政支出の急増、食料品をはじめとする輸入品の価格上昇、流動性確保のための中央銀行による国内銀行への資金供給などによって、インフレ再燃に転じている。メドベージェフ=プーチン「タンデム」(2人乗り二輪車)政権は、石油に過度に依存しない強固な産業構造の構築のため、巨額の国家資金をインフラ投資や国策企業育成に振り向ける過程にあるが、インフレ抑制との両立は果たして可能だろうか。政府内部でも議論が沸き起こっている。他方、株価は世界市場に連動し、2007年12月をピークに08年1─3月と大きく下落し、現在もピーク時から15%程度マイナスの水準でおおむね一進一退を続けている。
<08年の成長見通しを上方修正>
07年のロシア経済は通年で見て極めて好調に推移した。実質国内総生産(GDP)成長率は8.1%で、過去8年で最高を記録した。外国ブランドの新車乗用車販売台数が前年比61%増の62.6万台となるなど個人消費ブームが継続、小売商品売上高は実質ベースで15.2%伸びた。
昨年の力強い経済成長の特徴はそれだけにとどまらず、長年弱含みだった設備投資面も活性化の兆しが出てきたことにある。固定資本投資の伸びは実質で21.1%、建設の伸びは同18.2%とそれぞれ極めて高い伸びを示した。
マクロ経済の非常に力強いトレンドは2008年に入っても続いている。1─2月の主要業種の成長率は前年同期比ベースで9.2%、小売売上高の伸びは16.3%、固定資本投資の伸びは20.2%だった。こうした動きを受けて、ロシア政府(経済発展商務省)は3月24日、08年の実質GDP成長率の見通しを従来の6.6%から7.1%に上方修正した。国際通貨基金(IMF)が08年の世界経済の実質成長率見通しを今年に入って4.4%から3.7%まで下方修正したのと対照的である。
マクロ指標を見る限り、ロシア経済の動向は、米国発のサブプライム問題で見通しが泥沼的に後退している先進国経済とは「デカップリング」(非連動)の形である。
しかし、それはロシア経済が先進国経済と非連動しているためではない。しばしば言われるように、ロシア経済が好調である最大の要因は、主要輸出品目である石油の世界価格高騰による輸出収入の増大にある。2000年に253億ドルであった石油輸出は、07年には1141億ドル(前年比11.5%増)と増え続けている。
それを背景に政府の財政支出も増えており、連邦予算の歳出総額をGDP比で見ると、2006年の16.0%から07年には18.1%と1年で急増した。特に国民経済に対する支出は4043億ルーブルから9570億ルーブルと著しく拡大した。
こうした財政支出とともに、食料品をはじめとする輸入品の価格上昇、サブプライム問題に端を発した国内銀行の流動性確保のための中央銀行の通貨供給増加によって、インフレが再燃している。07年の消費者物価(CPI)上昇率は政府目標8.5%に対し11.9%に至った。08年の政府目標は9.5%であるが、1─3月だけですでに4.8%に達している。ロシア経済の足元における最大の問題がこのインフレ再燃であり、世界経済のインフレの動きに連動していると言える。
<インフレ抑制と国家投資拡大による高成長の二兎を追う>
5月7日にメドベージェフ新大統領が就任し、8日に連邦下院でプーチン現大統領の首相就任が採決されるという。メドベージェフ=プーチンのいわゆる「タンデム」新政権は、高い経済成長を維持し、2020年までにロシアを世界第5位の経済大国にすることを次の国家戦略に定めている。
そのためには石油収入に過度に依存しない「技術革新型」の経済成長を実現する産業構造の確立が必要であるとして、潤沢な国家資金を動員してインフラ整備(2014年のソチ冬季オリンピックに向けた黒海東岸や2012年のアジア・太平洋経済協力会議=APEC=首脳会議に向けたウラジオストク臨海部の重点開発を含む)や重点産業における国策会社へのてこ入れを行おうとしている。
しかし、こうした積極的な財政の動員とインフレ抑制は、ブレーキとアクセルを一緒に踏むように本来相反するものであり、新政権の経済のかじ取りは相当難しいはずである。
インフレを抑えてマクロ・バランスを維持することを重視しているのは、現政権ではクドリン副首相兼財務相である。同副首相は今月1日、モスクワの経済高等学院が主催した経済の近代化とグローバリゼーションに関する国際会議で「ロシア経済は過熱している」と述べ、企業向け減税や財政による経済へのてこ入れに難色を示した。
同じ会合で経済構造の改善を重視するナビウリナ経済発展商務相は、経済成長こそが現時点のみならず長期にわたる安定を確保する方法であり、そのために必要なインフラ整備や人材育成は、国の関与なしにはできないと別の立場を主張した。メドベージェフ大統領、プーチン首相がこうした政策上の違いをどのように調整していくのか、注目されるところである。
株式市場に目を転じると、RTS指数(ルーブル建て)は07年12月12日に12957.36のピークをつけた後、年明けの1月14日から2月8日にかけて10369.25まで大幅に下落し、さらに3月20日に10313.17まで大きく下げた。現在は10400─11600のレンジを一進一退という状態である。
07年の力強いマクロ経済指標が伝わる中、08年の正月休み明けから3月にかけて、ロシアの株価指数が大幅に下落したのは、この局面でロシア経済の動向と株価の動向が非連動(デカップリング)であることを示した。
ロシア株価は、ロシア国内経済よりも米国を中心とする世界の株式市場により強く連動している。おおまかに見ると、ロシアの銀行・企業は高金利の国内ではなく、ロンドンなど国外で投資資金を調達している。欧米金融市場における信用収縮の影響を受けやすい位置にあると言える。
大橋 巌 ジェトロ シニアエコノミスト
(18日 東京)
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<略歴> 大橋 巌(おおはし・いわお) 日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部・主任調査研究員(シニアエコノミスト)、前ジェトロ・モスクワセンター 所長 1982年上智大外国語学部卒。同年日本貿易振興会(ジェトロ)入会後、84年海外調査部でソ連・東欧調査を担当。以来、ロシア・CIS(独立国家共同体)の経済調査・貿易振興に従事。88─89年、ウィーン比較経済研究所・客員研究員(ソ連経済)。91─98年、モスクワ出張所首席代表としてジェトロのロシア・CIS活動を現場で立ち上げ。2000─01年、本部海外調査部ロシア・CISチーム・リーダー。01年から08年1月までモスクワ・センター所長として再度モスクワに赴任。08年2月から現職。現地では、通関問題や知的財産権問題などロシアに進出した日系企業が現地で直面する問題の円滑な解決を側面的に支援するとともに、自動車裾野産業を中心とした日系企業の進出支援と日露産業協力の可能性を模索。
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