[ロスモチス(メキシコ) 28日 ロイター] - マンキ・ルゴさん(68)はこの7年間、息子のフアンさんの捜索をメキシコ北部で続けている。これまでに何人の遺体を見つけたか、もう覚えきれない。
だが、自分の願いが打ち砕かれる瞬間のことは忘れようがない。「今度もフアンではなかった」
ある遺骨の指には、結婚を記念する刻印のある指輪がはめられていた。腐敗が進む腕の皮膚に、月の形のタトゥーがわずかに消え残っていたこともある。
木造の自宅でテラスに座る白髪のルゴさんは、「遺体やその一部を見つけるたびに、フアンであってくれと祈る」と語る。「そうすれば、ようやく平安が訪れるから」
当時33歳だったフアンさんが行方不明になったのは2015年7月。その後ルゴさんは「エルフエルテの捜索者たち」と称する地元の失踪者捜索グループに参加した。名称に用いられたメキシコ北部シナロア州の街エルフエルテは、この団体が最初に集団墓地の1つを発見した場所だ。
主に女性で構成される同グループは、焼けつくような陽射しの下で何時間も過ごし、失踪者の遺体を隠す秘密の埋葬場所を探して密生した草木の中を調べ、あるいは下水に流され打ち上げられた遺体を求めて川岸を捜索する。
複数の異なる犠牲者の四肢だけが同じ場所に埋められている場合もあり、身元の特定はいっそう困難になっている。頭部や胴体は別の場所に隠されている。
捜索を進めるなかで、期待を抱かせる腐敗臭を求めて沼地や森林に分け入っても、死んだ動物がごみに埋もれているだけということもある。
5月、メキシコにおける失踪者の数は10万人を超えた。その多くは、この国で切りもなく続く麻薬関連の暴力犯罪による犠牲者だ。
失踪者の増加は今も続いており、現在は10万5879人。専門家やメキシコ当局者の多くは、実際の数字はもっと大きいと考えている。
「エルフエルテの捜索者たち」などのグループによる懸命の捜索から浮かび上がってくるのは、暴力犯罪がもたらした苦悩だけでなく、当局の犯罪対応能力に対する不信感だ。
ロイターでは4年間にわたり、メキシコの10州でこうしたグループの取り組みを取材してきた。メキシコでは失踪者捜索グループが180団体ほど結成されており、中にはメンバーが2人だけ、あるいは1家族だけというところもある。
多くの家族は人々の同情が薄れることを恐れて、失踪が麻薬や犯罪に関連していたかどうか話題にしないようにしている。メキシコ北部の太平洋岸に位置するシナロア州は、世界有数の麻薬密輸組織であるシナロア・カルテルの本拠地だ。
メキシコ当局者は、本記事で取り上げた個別の事例について、捜査が進行中であるためコメントを控えるとしている。
メキシコにおける失踪事件の大半は2006年以降に発生している。フェリペ・カルデロン大統領(当時)が「麻薬戦争」を宣言し、勢力を拡大しつつあった麻薬カルテルとの闘いに軍を動員し、今も国内で続く暴力の連鎖が始まった年である。
それ以来、40万人近い人々が命を落とした。
記録によれば、「エルフエンテの捜索者たち」に参加する女性たちは、これまでに423人の遺体を発見した。だが、身元が確認され遺族のもとに戻ったのは、そのうち218人にとどまる。
グループに参加する女性のうち、自身が探し求める相手を発見できた人はごくわずかだ。
そのうちの1人がミルナ・メディナさんだ。2014年7月、当時21歳だった息子のロベルトさんが失踪した後、蒸し暑いシナロア州の街ロスモチスで、このグループを創設した。
メディナさんは、ハイライトを入れたショートヘアの52歳。 グループのメンバーからは、身元不詳の遺体を掘り出すにはいかにも不似合いな派手なマニキュアをからかわれることが多い。
自宅のリビングルームは、グループの活動のためのにぎやかなミーティングにも使われる。メディナさんは、3年に及ぶ捜索の後、自宅から約100キロ離れたエルフエルテの人里離れた場所で、脊椎の破片と腕の一部を掘り出したときのことを話してくれた。DNA検査でロベルトさんの遺骨と判明した。
その後同じ年には、近くで足の一部も見つかった。さらに3年後、3回めの捜索で、もう片方の足とズボンの一部が見つかった。
ロベルトさんの遺骨が見つかった後も、メディナさんは捜索を続けている。
「当時、ロベルトに約束していた。見つかるまで探し続ける、と」と彼女は言う。「今は、それが(グループの)メンバー同士の約束になっている。子どもたち全員が見つかるまでは手を休めない」
<麻薬カルテルの本拠地>
ジェシカ・イゲラさん(43)は、地元のガソリンスタンドでの仕事を休める日に「エルフエルテの捜索者たち」の活動に参加する。
長男のハビエルさん(当時19)は、4年前に失踪した。
失踪した日、イゲラさんは息子が気に入っているシャツのアイロン掛けを終え、頬に見送りのキスをして、「紳士らしく振る舞うよう」に伝えた。息子は近所の女の子の誕生日パーティに向かうところだった。
後にイゲラさんは、パーティーの後でハビエルさんと友人の1人がバイクを盗んだと知った。ハビエルさんの友人からは、2人は拉致され、その後姿を見ていないと伝えられた。
台所のテーブルに座ったイゲラさんは、「もちろん、いつかこの玄関を通って息子が戻ってくるのではないかと願っている。でも、そうなるとは思えない」と話す。足元では2匹の犬がじゃれ合っている。イゲラさんが通りで保護した野良犬だ。
人によっては、遺体が見つかっても捜索は終わりにならない。
マイラ・ゴンサレスさん(48)は、別の捜索グループで2年以上にわたり、3つの州で妹を探し続けてきた。
ある日、自宅から遠く離れた田舎町で人探しのポスターを貼っていたところ、複数の女性たちが近くの森で発見された遺体について話してくれた。
イダルゴ州の地元当局はその遺体の身元を確認できずにいたが、ゴンサレスさんは、2016年に隣接するメキシコ中部のプエブラ州を旅行中に失踪した妹のグロリアさん(38)ではないかと考えた。
遺体が安置所から引き渡されると、ゴンサレスさんは当局にDNA検査を要請した。「誰の遺体でもいいから引き渡して一件落着にするつもりではないかと心配した」とゴンサレスさん。検査では、妹のグロリアさんであることが確認された。
だが、ふに落ちない点がまだ残っていた。
事件書類をじっくり調べてみて、遺体には含まれていない骨があることに気づいた、とゴンサレスさんは言う。当局は発見場所の森林からグロリアさんの遺体の一部だけを回収し、残りの部分は後に残されていることが分かった。ゴンサレスさんは、遺体の残りも回収するよう食い下がった。
またゴンサレスさんが外部の専門家による検死を求めたところ、銃弾による負傷1カ所のみを指摘していた公式報告にも不十分な点が発見された。外部の検死報告では3カ所の弾痕が確認された。
メキシコ州の自宅に近い路傍のカフェで、ゴンサレスさんは 「当局は信用できなかった」と語る。
ゴンサレスさんは州人権委員会に、妹の事件に関する当局による対応の不備について申し立てを行った。調査は開始され、今も続いている。
グロリアさんの失踪・殺害に関連して、男が1人逮捕されている。捜査が進行中であることを理由に、詳細はまだ公表されていない。
ゴンサレスさんは2019年、法律の学位を目指して大学に再入学した。卒業まであと数カ月だ。
「これほどの不正を目の当たりにして、私は法律の勉強を始めた。グロリアのために正義を求めるのではない。将来のすべての世代のためだ」
(Stefanie Eschenbacher記者、Mahe Elipe記者、翻訳:エァクレーレン)
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